ガーナトップ青年海外協力隊ブログ>その23任地はなれる

ガーナより一言
「最後の最後まで、電・・・」

ガーナで青年海外協力隊員をしています。もう終わりです。終わりにあたっていろいろしなくてはいけません。まあ、挨拶もそこそこに1番めんどくさいのは家の片付けです。基本的に物がなくても生きていける人間なので片付けは簡単だな。と思ってはみたもののいざやってみると思ったより時間がかかるものです。
さてそんな中1番片付けるのに苦労したものを書きたいと思います。それは「無線」です。ガーナの協力隊員は毎週定時更新を2回しているわけですがそれに使っていた無線です。基本的に線をはずして箱に詰めれば終わりです。ではなぜそれほど苦労したのか?なぜならば漏電していたからです。なんとなくここ1ヶ月くらい漏電気味だな。と思っていたのですがアースをきっちりつけて普段使うところは大丈夫にしていました。しかし解体となるとこれがまた・・・
ありとあらゆるところで漏電している。バッテリーとつないでいる部分、その線、アンテナとつながっている部分などなど・・・痛くて痛くてしょうがない。ガーナではホントによく漏電を食らった。帯電したといったらいいのでしょうか?普通の人の一生分くらい間違いなく帯電した。コンセント壊れて帯電。扇風機壊れて帯電。間違いなく普通の人より電気の拷問に強い自信がありますね。もしネンが使えたら俺も電気の変化形になること間違いなしだ。
昔は静電気の実験などで1番痛い部分をやっていましたがもういや。電気嫌い。

追伸 しょうがないので30分以上かけてアースで電気を逃がし、解体しました。大変だった。


ガーナより一言
「任地の最終日」

現在11月19日。午後7時。
現地での生活は今日で最後である。明日の朝、この地を去ります。2年という間、この場所で暮らしてきました。
昔からそうなんですが、「別れ」というものにどんな顔をしていいのか?それがわからない。特に自分はポーカーフェイスの人間なのでなおさらこういうときは顔の筋肉が動かない。悲しい顔と言うものを自分はしていないと思う。現にあまり悲しくないのかもしれない。ガーナの生活と日本の生活、思い浮かべればどちらがいいのかは明白な事実で、帰れることがうれしくないと言ったらうそになる。
しかし結構悲しい別れがあった。それは生徒でもなければ同僚の先生でもなかった。近所の子供とである。自分が来たときには2歳の弟と10歳の姉であった。通称イマとアマである。イマは来たときはまったくしゃべれなかった。アマも小さかった。彼らは毎日のように学校の終わりに遊びに来た。ちょっと近くに引越しがあって帰りには寄れなくなって最近は遊びには来ていなかった。しかし自分が帰ると知って遊びに来た。アマは重くなった。この前持ち上げて驚いた。イマは本当に自分によくなついた。そしてよくしゃべるようになった。正直言って自分は彼の父親だったのではないか?と思う。(理由があって彼は父親とは同居していない。)彼は俺の顔を見れば抱っこをねだった。それはいつからか覚えていないが、当然のことだった。彼は俺といつまでも一緒にいたいという。
家に帰るときでさえ、本当に悲しそうな顔をして帰っていく。

自分の顔が初めてさびしい顔に変わったのではないかと思った。


ガーナより一言
「学校での最後のあいさつ」

ガーナで青年海外協力隊をしております。もう終わりです。自分が所属した学校での最後のあいさつを今日は載せたいと思います。もちろん日本語で。

次の日曜日、あさって、私はここから離れます。そして12月の第1週ガーナを去ります。知ってのとおり、自分はここで2年間過ごしました。そこでわかったことは、決してガーナ人だろうと日本人だろうと本質の能力は変わらない。ということです。しかし日本とガーナでは大きな差がある。それはどうしてか?その差とは小さなことです。

日本は時間を守る。
約束を守る。
予定を守る。
そして時間を無駄にしない。

ただこれだけが守られるだけでガーナは10年後には発展しているでしょう。これらは些細なことです。その些細なことができる人間になってください。

最後にありがとうガーナ。ありがとうこの町。ありがとう学校。

せっかくだから英語も載せようかな。間違っている部分は勘弁です。

Next Sunday, day after tomorrow, I will leave here. And first week of December, I will leave for Ghana. As you know, I stayed Ghana for two years. And I know one thins. It is that we do not have differences regarding essential ability even if you are Ghanaian or Japanese. But there are a lot of differences between Ghana and Japanese. Why does it happen? The differences are little things.
In Japan, we are always punctual.
We always keep a promise.
We always keep to a schedule.
And we do not waste time.
If you keep all things, Ghana will become developed country ten years later. These are very little things. Please, please become those who keep all things.
Thank you, Ghana. Thank you, D-Nkwanta. Thank you, BOSTECH.

生徒は本当によくきいていた。校長は話を追って説明しなおしてくれた。
ガーナ人はわかってはいるんだよね。これがまた。しかしなぜか実行しない。まあ、生徒にはこれからを期待しよう。


ガーナより一言
「期待する。期待しない。」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。もう終わりです。
さて終わりにあたって行われるものと言えば「送別会」ですね。隊員同士で隊員が帰るたびに行われるわけでいったい自分の時は何が行われるのだろう?とちょっとばっかり期待していたわけですが・・・特に何もありませんでした。ただ食事をして夜みんなで集まっただけ。いつもの普通の集まりと一緒じゃん。その前にTシャツをプレゼントしてくれた人もいたけど、個人的なものだったし全体では特に何もなく・・・
ちょっとがっくり。
なんて思ったのを反省。こういうものをやってもらえるだけでありがたいことなのであって、それに対して何かしら期待する。と言うことは間違ってるわけです。ただ集まってくれただけでもありがたいと思わねば・・・

なんて思ってたわけです。そしたら学校の方はきっちり自分の挨拶の時間はとってくれるし、PTAミーティングがちょうど同時に行われたのですが、その中で紹介してくれてプレゼントもガーナの民族服、学校ポロシャツをくれました。サイズもぴったり。
こっちはまったく期待していなかっただけに非常にうれしかったです。

やっぱり何でもかんでも期待してはいけませんな。何もないと思っていればちょっと行われただけでもうれしいもんね。人間常にそういう心境でいたいもんだね。ただ人間よく深い生き物だからそうはいかないんだけどね。


ガーナより一言
「ひきあげ」

ガーナで青年海外協力隊をしております。もう終わりです。
隊員活動も2年を終えてもう終わりです。というわけでいろいろなものをひきあげねばなりません。自分の場合、後任は来ませんのですべてのアイテムをひきあげねばならないと言うことになります。
自分は別に何も物がなくても生きていける人間だから平気平気。荷物なんてないや。なんて思っていたらとんでもない。すごい量になりました。実際には5回荷物を運び出すことになりました。まず家族が来たときにまず1回。これはトランク3分の1くらいでしょうか?近くの隊員に要らないものをあげて2回。これはランクルのうしろいっぱい。次に近くにいる専門家に荷物を運んでもらって3回。ランクルのうしろ半分。次に新隊員に向けての救援物資(実際はあまりもの)を調整員に運んでもらって4回。これはランクルのうしろいっぱい。そして最後に自分が帰るときにひきあげて5回。これはトランク3分の1くらいかな。
すごい量がありました。いったいどうしてこんなにあるんだろう?なんて考えてみると当たり前。前任が大きな荷物を大量に残していったし、帰った近くの隊員からは救援物資という名目でいろいろもらったしこれくらいにはなるか・・・。
しかし5回に分けて、いろいろな人に頼む。人脈をこれほど使ってひきあげた人間はいないのではないかと思います。ガーナでの自分の人脈は正しかった。と実感した出来事でありました。


ガーナより一言
「何事もなく」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。もう終わりです。
青年海外協力隊員の終わりに当たっての心境を書きたいと思います。だいたい2通りに分かれますな。1つは帰る間際まで活動のまとまりがつかず、バタバタバタバタと終わるタイプ。このような人の心境は
「終わらねー。」
であります。2年間やってきて初めて任地で寝不足になるタイプ。ただ最後まで突っ走るのでまあ悪くないでしょう。
もう1つは、やりたいことをブワーッと早く終わらせて最後は余裕タイプ。このタイプの人間の心境は
「何事もなく終わってくれー」
であります。とにかくリスクをとりません。そんでどうでもいいことにはあまり関与しない。まあ、その地点でほとんどのことがどうでもいいことになっているんだけどね。こっちの方は周りから見るとちょっと汚く見えますな。最後までがんばれよーとか、無理はしなくなるのであまり良い印象はとれません。

さてあなたが隊員ならどっちのタイプの人間になりますか????

ちなみに自分は後者であります。しかも結構早くから守りに入ったタイプ。その分、その前にいろいろやったからいいんだよー。ってのが自分の言い分です。


今日の一言
「トランプのコツ」

最近、トランプをやったのでそれについての考察を。
勝つコツはほんのちょっとです。

一、勝負どころを見極めること。

以上です。ホントに勝つにはこれだけです。これが実践されれば負け続けるなんてことはありません。必ず最終成績では上位に残れます。
あとは当たり前のことをできるかどうかですよ。たとえば他人に見えるようにカードを持つ人間なんてのは話になりませんし、あとは余計なことをしゃべってしまう人間。これも例外なく負けます。

なんでもそうですがシンリなんてのは単純極まりないことなのですよ。


今日の一言
「レベルが上がった」

タケ・Sはレベルが上がった。
からみどめを覚えた。
もやい結びを覚えた。
てぐす結びを覚えた。
てこ結びを覚えた。
平結びを覚えた。
ねじり結びを覚えた。
左右結びを覚えた。
タッチング結びを覚えた。

さて問題です。私は何をしているでしょう?
正解は(Ctrl+A)

上の3つはサバイバル読本からサバイバルでのロープの結び方。
残りは結び方ついでにマクラメの結び方を覚えた自分でした。
ちなみに全部マスターです。


ガーナより一言
「昔に比べて隊員は弱くなった。」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。もう終わりです。というわけでいろいろなことについてまとめの文を書いています。

今日書くのは隊員が弱くなった。ということについてです。これは間違いのないことだと思います。理由は簡単なことです。自分よりも2、3年前の隊員はそれこそパソコンなんて持ってこられる状況ではありませんでした。自分のときの隊員はパソコンを持って来れてもDVDは高根の花でした。それに携帯電話貸与なんてのは贅沢でした。
自分より昔の隊員のことはわかりません。パソコンなしでどのように時間をつぶしていたのか、正直言って理解できないくらいです。でもパソコンに向かい合っていない分、任地で何かやっただろうし、人とも話したと思います。自分のときは日本語で話す。と言うことは3ヶ月に数度あればいい方でだからこそ、首都であったときには馬車馬のようにしゃべったものです。
現在の隊員は時間があれば日本から持ってきたDVDを見る。寂しくなれば携帯電話で日本人と話す。メールを打つ。人によっては毎日メールする。電話する。お前はいったい何しにここに来たんだ?ほかに日本人がいなければ生きていけないならこんなところに来るな!と突っ込みたくなる奴までいるんだもん。

・・・文明の利器もいいけどさ、なんか協力隊員として間違った方にいっているような気もするのは自分だけでしょうか???


ガーナより一言
「突如いなくなる。」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。もう終わりです。

終わりと言うことはその学校からいなくなる。ということなんですが、自分がいなくなる前に1番仲の良かった先生がいなくなりました。突如、大学への入学が許されたらしく、あっという間に大学にいく。と言うことでぱっといなくなってしまいました。それでいいんですか、ガーナ?

こういうこともガーナおかしいところですよねー。最後の最後までこれかい!って感じですね。


ガーナより一言
「ガーナ人と親友になれるか?」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。もう終わりです。ということで今、まとめの文を書いております。
2年間の活動をしてきての自分としての結論です。
「ガーナ人とは親友になれない」
協力隊員は確かに地方に住み、ガーナ人と同じものを食べ、同じように暮らすわけですが、それでも親友と言うものには、なれないと思います。やはりバックボーンが違いすぎる。離婚夫婦ではありませんが価値観が違いすぎる。お金に関しても違う。恋愛とかそういうものだってやっぱり違うし、何に対しても考え方の根本がどうしても同じにはなれない。人によってはなったと言う人ももちろんいます。そういう人の気持ちは私にはわかりません。本当にガーナ人とわかりあうことは少なくとも自分はできなかった。

それができた人がいい活動をできた人なのかも・・・

しかしながら言えることは価値観が違っても本質的に人間と言う面では変わらないということです。もし自分が小さいころからここに住んでいたら彼らとはわかりあい、日本人とは分かり合えなかったと思います。何が言いたいかと言うと決して彼らと親友になることが不可能ではない。と言うことです。同じ人間なんだから当たり前なんですけどね。

追伸 そもそも日本でも1人で生きている人間がガーナまで来て親友を作るなんてことはまあ、まずありえないことですね。


ガーナより一言
「協力隊2年で英語ができるようになるか?」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。もう終わりです。ということで今、まとめの文を書いております。
今日は情けない話を。協力隊に2年間参加しました。公用語は英語です。
・・・しかし私、英語できません。

絶対にアメリカやイギリスに2年間いっていた人とは勝負にならないくらい英語できません。なぜって確かに公用語は英語だけど基本的に周りが普段使っているのは現地語だから。それでいて地方に入った貧乏隊員、テレビ持ってないしラジオは現地語ばっかりだし、教えていたと言ってもだいたいは決まった事柄ですからね、応用性はたいしてない。英語に接していた時間などたいしたことないのです。
というわけで情けない話ですが英語できませーん。

協力隊に参加して英語ができるようになるには結局、日本にいるのと変わらない、勉強するしかないのです。日本語をしゃべれないと言う面で環境は日本よりちょっといいくらいなモンですな。


ガーナより一言
「数ヶ月住んでみないとわからんわ!」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。もう終わりです。ということで今、まとめの文を書いております。
たとえガーナにいてもビデオとかそういうものがありますから決して日本のテレビが見れないわけではありません。日本に帰った隊員が気を利かせてビデオを送ってきてくれたりするので最低限ですが日本のテレビの状況がわかります。

「ウルルン滞在記」。この番組を見たわけですよ。正直・・・うーん、という感じですね。あの番組。現地に住んでいる私たちからすればお遊び以外の何者でもないようにしか見えません。たった数週間住んだだけでいったい何がわかると言うのか?それも多分現地では考えられないような謝礼を払って雇ってもらってるわけでしょ。そんなの親切に特別に扱ってもらえるに決まってますよ。あれで「アフリカのどこどこに行ってきました。」と旅行ではないもので行ったみたいに言われても・・・

最低でも半年以上住んでみないとわからないと思います。それまでだったらお客様扱いされるし、向こうも猫をかぶってられるっちゅうの。

結論としましては
あんなんでいい気になるな!!!


ガーナより一言
「活動の本当のところ。」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。もう終わりです。と言うことでまとめの文を書いております。
協力隊に関しての話をしたものの抜粋を載せます。

「英語ができない。」という苦手意識から強引に突っ込むってことをしなかった。できなかった。それがなんとも言えないやな感じを自分にもたらしていたんだ。と思う。

ここが自分の協力隊活動の欠点だったかもしれません。ただそれで変にでしゃばらなかったから良かった。と言うこともあるかもしれない。
・・・世の中やっぱりやってみないとわからんね。


ガーナより一言
「青年海外協力隊と国際協力」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。もう終わりです。というわけでまとめの文を書いております。
自分たち青年海外協力隊員はJOCVと呼ばれます。その親組織はJICA、独立行政法人 国際協力機構であります。なんか結構世の中で勘違いされていますが、青年海外協力隊ってのは日本の国際協力のほんの1部でしかありません。決してメインではないのです。青年海外協力隊が有名で、また広告塔をしているので勘違いするのもしょうがないと思いますが・・・。予算でもODAの10%か5%かそんなものです。そして何より、国際協力という面で効果を挙げているのは協力隊ではありません。
やはり1番効果を挙げているのはプロジェクトを立ち上げて専門家を入れる。というところです。何が協力隊と違うかを列挙すると
予算が違う。
期間が違う。
バックアップも違う。
派遣されている人間のレベルが違う。
派遣されている人間の覚悟も違う。
わけです。自分の見解で言わせてもらえれば協力隊は仕事ではありません。確かに仕事ではなくボランティアなんですけどね。でも教師隊員とかはやっぱりやってることはプロと同じなんですよ。でも給料とかではなくて完全な固定給だし、首になることはないし、どう考えても仕事ではない。専門家はだいたい契約社員で2年とか。そこで結果を出さないと2年後には仕事がなくなる。という状況になります。何よりそれで飯を食っているのですからぜんぜん違います。協力隊員と専門家の差は、例えるなら子供と大人みたいなもんですな。わかりやすく書くと専門家はプロ、私たちは素人とも言えますね。

いいですか?国際協力の主人公は青年海外協力隊ではない。勘違いしてはいけません。


今日の一言
「人間が小さい」

自分でもわかるわけです。人間として小さいと言うことが。でもあえてそのことをやめることはしない。なぜって無理に大きく見せても無駄だから。
小さい人間には小さい人間なりの美学がある。

ただ夜遅くまでマージャンをやってこっちの安眠を妨害している人間のために朝起きて水汲みをする。そして彼らはそのことを知らない。自分としてはどうしても納得いかない。
でも何もしないと自分と同じ立場にいる人の好い友人がやってしまう。その人間一人にやらすわけにはいかないし、何より正直者が損をする世の中ではいいとは思わない。だから手伝わざるを得ない。

小さいよね。

その友人の言葉
「期待するからいけないんだ。やってくれたら儲けくらいの気持ちでいなきゃいけないよね。」

そんな大きい人間にはなれない。でも期待しないと言うことは、このブログでもよく書いていることでまだまだと反省しきりの自分でありました。


ガーナより一言
「若い奴はこれからだ。」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。もう終わりです。というわけでまとめの文を書いております。

青年海外協力隊というのは、年齢で言えば新卒から40歳までが存在します。これだけいればいろいろあるわけです。
「新卒」と「社会人経験」があるで大きな差があります。基本的な考え方と言うか、世の中の常識と言うか、そういうものがまったく違います。それで新卒だった自分はだいぶ勉強になったのですが・・
しかし社会経験があったりすると勢いがなくなります。新卒の若いのはやはりパワーが違います。たとえるなら新卒は現役受験生、社会経験ありは浪人生といったところでしょうか。
あとは良く言えば「伸びしろ。」悪く言えば「自分があるか?」これが違うと思います。新卒と社会経験ありでは年齢が違うから当たり前と言えば当たり前なのですがそれでもそれなりに社会経験のある人間は自分の生き方というか考え方と言うかが完全に定まってきています。それに比べて新卒は若いだけあってまだまだこれからと言う感じがします。

一緒に仕事をするとそれは顕著に現れます。絶対に社会人の人たちとやった方が正確だし早いし、気がきいている。でも若い方はパワーがあっておもしろいと言う部分もある。それにこれからを考えたらその人間のためになるのだから一緒にやった方がいい。何てことも思うわけです。
若い奴はまだまだこれからだー。
・・・って言うほど自分は年だったっけなあ???


ガーナより一言
「協力隊、終わりになって迷うこと」

ガーナで青年海外協力隊をしております。2年が終了し、もう終わりです。

終わりに当たって迷うことがあります。任地からひきあげてきて仲間の協力隊員と一緒に暮らすわけですよ。そこで彼らを見ていてこれから先も連絡をとり続けることに意味があるのか?と迷っています。
このページはそれ関連の人間も昔の人も読んでいますからこれは一種の宣戦布告のような気がしますがそれはそれで自分の思ったことなので容赦なく書きます。

とりあえず今の隊員の話と言えば・・・噂、噂、噂。自分が個人的に連絡をとっているから間違いなく間違っているというものまで平気でまかり通っています。
そして他人を馬鹿にして笑いをとる。これが一番気に入らない。隠れてそれをやっているからなお気に入らない。

特に協力隊ではなくても多分やっていると思う。日本に帰ればこんなことは当たり前かもしれない。そう思うとガーナ人の方がよっぽど高尚に見えてくる。

あとは帰ってからの話。なんかしょっちゅう集まっている様子。日本に帰ってしまえば共通の話題などない。そうすると何を話しているかと言えばやっぱり噂。あとは愚痴。その2点以外特に共通点はないと思う。そうするとなんか・・・
ここに来る前に聞いたことがある。「協力隊に来るとある独特の価値観が生まれる。なので隊員同士が結ばれることが多い」と。

なんかいや。それで日本社会に完全に適応していると言えるのか?

ここは自分にとって通過点に過ぎない。準備期間に過ぎない。そこでの世界は自分にとって1部を占めることがあっても大半を占めることはあってはならない。

というわけで終わりに当たって協力隊そのものを全否定してしまいたくなるような気分になっています。

更新してもいいかな?これ???


ガーナより一言
「帰る3日前の心境」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。もう2年間を終了し、もう終わりです。

今までずっと自分の心境を書き続けたわけです。というわけで帰る前の心境も書かなくてはこの2年間の完成とはいえないでしょう。
2年間終わってみてどう思うか?・・・正直書いてよくわかりません。ここで分析します。

ここは自分にとって通過点であり、その通過点は決して重要点ではない。だから別に何も思わない。いや、思わないようにしているのかもしれない。少なくとも英語以外は学ぶべきことは全部学んだ。これからの自分に必要だと思うことは。だからそれでいいじゃない?と思っているのかもしれない。
要するに自分はいまだスタート地点に立っていない。と思っている。ここはスタートする前の準備運動の期間であった。準備運動が終わったからといってそれに満足感を覚える人間はいないし、それをスタート前に反省する人間などいない。スタートに対する期待と不安。そういうものが同居している。日本に帰れば今まで経験したことのない厳しい世界が待っているのは明白だ。しかしそこは今まで味わったことのない充実感を与えてくれるのも間違いないと思う。

ただ突然、今日になってある不安に襲われた。「何かやり残したことはないか?」と。スタート前に万全のアップをここでできたのだろうか?「英語」に関する準備運動は間違いなく不足している。これはスタートしてから補っていくしかない。

おーし、いよいよスタートだ。