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ガーナより一言
視察の旅8「野口英世が残した言葉」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。今回「視察の旅」というので家族(自分の場合は母)が来ましてそれについて書いていきます。

視察の旅をしまして、1年と10ヶ月たった隊員として感動を覚えることがありました。今回はそれについて書きたいと思います。
現在、千円札の人、野口英世。この人が死んだのはどこの国だかご存知ですか?それは実は私が派遣されている国ガーナなのです。ガーナの首都アクラで黄熱病の研究をしている最中に発病し、死んでしまったのです。ガーナに来たときの野口英世はすでに世界的に有名な人でありましたので彼がここで研究していた、暮らしていたという証拠がガーナのある病院に残っているわけです。その彼が研究していたという証拠の部屋にその感動はありました。野口英世が残した書がその部屋にはありました。そこにあった言葉
忍耐
これには非常に感動を覚えました。これほど隊員に向けて送る言葉として適した言葉があるでしょうか?これは隊員をやった人間しかわかりませんが、隊員をやるに当たって1番重要な言葉、それは「忍耐」であるかもしれません。
野口英世は決して自分たちと同じ意味でこの言葉を残したわけではないかも知れません。それでもこの言葉がガーナという国に残り、自分たちの前にある。そのことがすごいことだと思います。この感動伝わったかな???元隊員の方々は納得していただけるのではと思います。

追記
野口英世について自分なりに知っていることを書きますと本名野口精作(漢字が間違っているかも)赤ん坊のころ左手をやけどし不自由になる。貧乏な家に生まれながら学校に通い、好成績を残す。(長いので略)。渡米し梅毒スピロヘータの純粋培養に成功し、世界的に有名になる。そのあと細菌学者として黄熱病の研究に当たる。どうやら黄熱病はアフリカではやったものと西アジアではやったものは違ったものらしい。彼が結果を残した研究は西アジアではやったものに関してであったらしい。西アジアではやったものとはどうも違うというので彼はアフリカガーナに渡る。そこで黄熱病の研究をするがその当時の顕微鏡のレベルではその最近を発見することは不可能であったらしい。そして発病、死亡。ということになったわけです。


ガーナより一言
「JICAもやるじゃないですか」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。
活動もすでに1年10ヶ月を経過いたしまして残りの任期は2ヶ月となりました。12月5日にはガーナを出国いたします。そして日本に着くのは、12月の18日。
え、その間の13日何をしているかって?それはガーナから帰るにはそれくらいの日数がかかるのですよ。なんてたって船ですから・・・という冗談はやめましてその13日の間、帰路変更という制度を活用し、ちょっと旅行をしてから帰るのです。言ってしまえば2年間がんばった隊員に対するご褒美と言ってもいいかもしれません。ご褒美といっても遊びのお金はもちろん自分もちです。何がJICAから出るかといったら飛行機代です。素直に最短距離で帰ると1900ドルです。しかしその制度があるから4100ドルまで出ることになっています。もちろん申請をして許可が下りなくては出ませんが2年間問題を起こさずそれなりにやった人間が拒絶されるということはほとんどありません。というわけで旅行をしてから帰るのです。
しかしこれ冷静に考えれば無駄なお金であることは言うまでもありません。もちろん青年海外協力隊事業はODA予算の中から出ていますからこのお金もODAの中から出ることになります。無駄を省く。という小泉さんの改革。まだまだここまで手が伸びないってことはたいして進んでないのかな?なんて日本から遠く離れたガーナから思っていたわけですよ。ところがです。そのときは突然やってきました。突如、値段が1900ドルしか出ないことになりました。問題は15年度2次隊、私たちの隊次です。しかしすでに「帰国の手引き」と言う説明の必要がない、そのまんまの書類で4100ドル出る。と書いてあったので何とかうちの隊次までは出ることになりました。危ない、危ない。しかし次の隊次から出ないことはほぼ確実となりました。もちろん実費で旅行に行くことはできます。しかし飛行機代から遊び代などすべて自分で負担になりますので自分たちのように長い旅行は無理だと思います。
いやー、JICAもいきなりの大英断、なかなかやりますな。

追伸 自分たちだって質素に暮らしてきてそれなりにお金がたまっているから旅行ができるのです。そんなとんでもないお金が出ているわけではないので誤解のなきよう・・・でもカットになったのは1人2200ドル決して安い値段ではありませんね。


今日の一言
「映画を見るとき話すのやめて」

最近、映画を見ました。1人で見たのではなく、みんなそろってTVでDVDを見たわけです。そこは映画館ではありませんからそれなりのわがままが許されるとは思いますが、それでも許せない行為というのは存在します。それは「話す」こと。特にひどいのは先をいう奴。もう最悪です。びっくりしてワォとかいうくらいならかわいいもんですが、話し出す奴もう最悪。同じように見ているのに質問する奴も最悪とまではいきませんが勘弁してほしい。
どうしてもうちょっと周りを気遣って見られないもんかね。何よりたち悪いのはそういうことやる奴はずっとやり続けることですね。何回も同じことやり続ける。もういい大人なんだから注意するのは憚られます。しかしああ何度もやられたらたまったもんじゃない。はっきりいったら彼氏が注意したらいいねん。自分の彼女だったら絶対許しません。
ここまでは一般的なことなので、是非心当たりのある方、やめてください。ここからは賛否両論分かれるかもしれませんが、自分としての意見です。映画が終わった後余韻を楽しみませんか?映画が終わった後、テロップを見ながらふーっと余韻を楽しむのが好きなんです、私。だからどっちかといえばテロップをずっと流しっぱなしにしてほしい人間なんです。その余韻が終わってから感想言い合うならいえばいいと思う。だからテロップをすぐ消すのやめて。メイキング映像とかついているときもあるじゃん。じっくり見ようや。最後の音楽を楽しもうや。だめっすかねー。あまりそういう人間にあったことがないので、これは自分のわがままかな???


今日の一言
「ふと気がつくともう10年」

私、この10月で25歳になります。まだまだ若い。といい続けてもう何年たつんでしょうか?いったい今まで何をしていたんだろう?なんて思うわけですよ。しかし1つやり続け、形として残っているものがあります。それはこの日記です。自分が日記を書き始めたのは14か、15歳の時(1995年)、ということはめでたく10年になりました。10年1昔といいますからわれながらよく書き続けたもんだ。と感慨深くなってしまいますね。
時は15歳、確か書き始めたきっかけは仲のよかった女性(そのころは女子かな?)とうまくいかなくなったことが原因であった思います。その時書いた文は
うまくかみ合っていた歯車が狂ってしまった。
みたいな内容であったと思います。それから地味に地味に書き続けました。昔は別にブログに公開していたわけではありませんからひどいときは3ヶ月もあいたこともあったと思います。ずっと大学ノートに書き続けたわけですが、ノートを保存するのがうざくなって2000年3月からはパソコンで書き始めました。そして2002年3月、ついにホームページを書き始めました。最近、ブログブログ騒がれていますが、そんな昔からHTML言語を使いながら現在やっているブログと同じことをやっていました。2003年8月に楽天に移動。現在に至るわけです。
さすがに10年やったら初心者卒業、中堅を名乗ってもいいでしょうか?10年やってきて思うのはやっぱり自分のその時の精神状態が文章に出るということです。特に自分のブログは自分の心を掘り出すことによって自分の分析、最終的に人間の分析をするってことでやっていますから精神状態に大きく左右されます。やっぱりいい文章を書いているときは全体的に充実しているときだと思います。
今までの中で自分の中で傑作と思っている3つを紹介しましょう。
1位「クリスマス3部作」2002年
同1位「気になる。。」最近2005年
3位「シアトル伝説記」2003年
クリスマス3部作、あれは自分の中では傑作だと思っています。あまり評価は高くありませんがあれほどのことは2度と起こるまい。神が与えし傑作だと思います。気になる。。これは自分の中での文章の集大成といってもいいかもしれません。あれだけで本が出せるんじゃねえの。なんてうぬぼれているくらいです。シアトル伝説記、あれももう2度とあんなことはないでしょう。自分の中では気に入っているものです。
もう10年やり続ければもう趣味ですね。これからもずっとやり続けるでしょう。皆さんよろしくです。


ガーナから一言
「協力隊員って1人でいる時間ってのが大事なんじゃないかな。」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。活動もすでに1年と10ヶ月が経過。残り2ヶ月であります。
この1年と10ヶ月。いろいろなことがありました。青年海外協力隊の親組織JICA(国際協力機構)も独立行政法人化したのが約2年前ですからいろいろ変わったと思います。協力隊員も変わったと思います。もちろんガーナの隊員も。
1番変わったと思うのは「1人」でいる時間だと思います。自分が来たころは携帯電話が貸与されているのは非常にまれな例であって、持っている人はごくごくちょっとでした。今は持っていない隊員の方が少なくなっています。それにパソコンの方も非常に発展しました。自分が来たころはDVDがまだメジャーになりたてのころでしたので持ってくるのも結構大変で、DVDが見られないパソコンというのもありました。今は間違いなくみんなDVDが見られますし、いろいろな映画のビデオデータも隊員の中で出回っています。それにパソコンゲームや漫画までがパソコンで見られるようになったので、娯楽がほとんどなかった時代とは雲泥の差があるような気がします。
昔は隊員同士だって連絡がとれず日本人として孤独だった。することがないから自分を見た。日本語がしゃべれない孤独の中でのた打ち回った。その中でガーナ人と本当に心を通い合った人。自分と向き合った人なんかがいた。そういうことが隊員は大事なんじゃないかな。って思うんですけどそれは古い隊員のエゴでしょうか?そんな中からハングリーパワーが出ていたような気がするんですけど・・・
せっかくこんな偏狭の異国の地にまで来てDVD見ていてどうする。ゲームやっていてどうする。と思うわけです。自分はそう思って半年でゲームを消去、1年でビデオを消去しました。特に自分はこの文章を書いているからなお思うのですがこんなに落ち着いて、孤独の中で自分と向き合って考えることができるのって協力隊の時だけだと思う。日本に帰ったらそんな余裕なんかないと思う。
せっかくこんなところまできて日本と同じ生活をしてどうするんだろう。と思う。ただ自分が孤独を愛するからそう思うだけかな。


今日の一言
「集団が嫌い。マンツーマンが好き。」

今までも集団が嫌い。集団が嫌い。集団が嫌いと書き続けました。さっき調べたら5回くらいそのネタを更新しています。しかしながらマンツーマン、1対1が好き。という話はまだしていないようなのでそれについて書きたいと思います。
何か目的があって集団でいるときは別にいいと思います。話すことが決まっているんだから(それでも嫌いだけど)。話す内容が決まっていずにただなんとなく集まったときの集団、何にも話すことなくない???っていうか話すこと決まっているでしょう?くだらないことしか話さないに決まってるんだから。そんでみんなができるだけ当たり障りないこというでしょう。他人の噂話とか。所詮、噂は噂、ホントではありません。だから嫌いなんです。
それに比べてマンツーマン、これはお互い自分をさらけ出して話すしかありませんからね。向こうも自分のことがわかるし自分も向こうのことがわかる。本人から聞いているんだから決してうそではない。その話は自分にとってプラスになると思うのです。だからマンツーマンが好きなのであります。
今まで残っている友達はほぼ個人づきあいがある人間しか残っていません。集団づきあいがあるのは大学のあるグループだけ。そのグループだって基本的に自分は個人づきあいだと思っているんだけど。
っつうわけで友達の友達で芋づる式についてくる友達など仲良くなれるわけがないわけですわ。


今日の一言
「孤独のすすめ」

よーわかりませんが、孤独って決して悪いものではないと思う。もちろんその孤独になる個人にとって決していいものではない。いうまでもなく人は孤独でないほうが良い。それでも自分は孤独をすすめる。なぜかは良くわからないけどその思い当たる理由を並べてみる。

孤独を知っている人間は知らない人間よりもふところが深い。
孤独でしかわからないことは間違いなくある。
知っていればほかの孤独の人間を救うことができる。
孤独を知っている人間は強い。
人間どんな理屈をこめようと最後の決断は自分でしなければならない。それは孤独である。

よーわかりませんが孤独の時はつらい。のた打ち回らなければいけないと思う。でもその底を知っているからこそ、底の人間のこともわかるし、底でないつらいときには耐えることができると思う。
人間そういう機会があるのなら是非一度孤独になってみるべきではないか?と思う。

追伸 孤独っていじめられてて友達がいないとか、そういうことではなく、背水の陣といったらいいのでしょうか?誰も頼ることのできないそんな状態のことを私は言っております。


今日の一言
「所詮、そんなもんだ。」

うーん、あとちょっとで自分、社会に出なくてはいけません。いろいろやってきたし、文章もいろいろ書いてきましたが、やっぱり所詮自分はまじめな人間なのだな。と思わざるをえませんな。(自分25歳にそろそろなります)
まじめって「面白みのない奴」って言う意味を含むような気がします。その意味を含めて自分はまじめな奴だと思います。いろいろな自分のコメントとかを客観的に見て1つ1つが重いな。と思います。軽くスラーっと流したということがほとんどないような気がします。1つ1つに「がっぷりよつ」って感じで生きてきているのがなんとなくわかります。
懸命に抵抗したと思います。まじめといわれるのが嫌だったから。でもその反面、まじめほど強いものはない。とも心の中で思っていたような気がします。
結局、3つ子の魂百まで。まじめな人間はまじめな人間ですな。


ガーナより一言
「どちらが甘いか?」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。
ここに来ている隊員でここに来るまでに至った経緯の話を聞いてどっちが甘いのであろう?どっちが人生間違っているのだろう?と思い、ここにペンを執ることにしました。

隊員1
1980年生まれ。それなりにみんなが知っている国立大学(旧帝大)卒業。そのまま周りの9割がそうするように大学院に行くと見せかけて大学院試験合格。合格後、そのままその分野で生きていくことに疑問を感じ、ほかの進路を探した結果、青年海外協力隊を受験。理数科教師として合格(教員免許なし)。それを機に大学での専門を捨て違うことで生きていくことに決める。
要するに隊員1は人生もう1度スタートという気分で協力隊に来ています。それなりの過去を捨てて。

隊員2
1980年生まれ。それなりにみんなが知っている国立大学(旧帝大)卒業。そのまま大学院進学。大学院が約1年終わった段階で青年海外協力隊を受験。理数科教師として合格(教員免許を持つ)。大学を停学し、2年間の協力隊生活に入る。終わったあとは大学院に戻り、もとの専門に戻ろうと思っている。
要するに隊員2はあまり専門とは関係ないけれども、見聞を広めるためという目的で協力隊にきてもとの分野に戻ります。

なんかすべて捨ててこんなところに来る人間も甘いような気がするし、かといってその分野で生きていくのにあまり関係ないことに2年もつぎ込む。それも甘いような気がする。
さてどっちが甘いのでしょう?変なのでしょう?皆様の意見求めます。


ガーナより一言
「生徒を使うということ」

ガーナで青年海外協力隊員として理数科教師をしております。もう1年と10ヶ月が経過しました。
ガーナでは先生は絶対的なものです。先生が個人的に何かするというとき、生徒に命令してやらせることは普通であります。たとえば「ご飯を買って来い」だったり、「だれかを呼んで来い」だったり。それがいかに個人的なことであってもそれは認められることです。生徒のほうもそれが当たり前だと思っています。ほかにも自分が荷物を持っているときは女生徒であっても持ってくれます。ちょっと日本の常識とは違いますね。
最近、客が来ましてあるものが足りないことが判明しました。そこでその客は言いました。「生徒に買いに行かせよう。」
しかし自分はそこで言いました。
「今まで生徒に何かを買いに行かせたことはない。」
客は驚いていましたが、自分にとっては普通のことです。

これはどうなんでしょうね?こっちの習慣、文化に浸っていない自分がおかしいのか?それとも生徒を使うという日本では考えられない習慣に浸っている客がおかしいのか?

異国に住むということは難しいことです。どれほど向こうの文化、習慣を受け入れるのか?どこまで自分の文化、習慣を維持するのか?
少なくとも日本でおかしいと思う文化、習慣は受け入れたくない自分でありました。


今日の一言
「まだなーんも成し遂げてない。」

私、そろそろ25歳になります。しかしながら大学を出て、青年海外協力隊に参加したもんだからまだ何も成し遂げてはおりません。
「何ができるのか?」
と聞かれても
「さあ、何ができるんでしょう?」
そう答えるだけでありましょう。
大学では化学を専攻しておりました。しかし化学といっても詳細に分かれましてもっと詳しく言うと物理化学が専攻であります。物理なの?化学なの?ときかれたら言うまでもなく化学です。分子原子がこう飛ぶああ飛ぶ。みたいなのことをしていました。自分の学部では大学院に行くのがほぼ普通のコースです。大学院を出ていないと通用しない分野といってもいいかもしれません。
そして協力隊。理数科教師として参加。教師です。数学を教えていました。国際協力についてと教育学を学んだといえるかもしれません。
・・・んで、何ができるの?
全部中途半端で何もできません。まだまだこれからの人間です。
あと手持ちの武器は大学時代のバイトの商売魂でしょうか?

協力隊にきて思ったけど自分普通の人間です。
確かにかっこ悪い生き方はしてきていない。筋は通して生きてきているとは思う。後悔はあってもそれは自分に対してであって対外的に後悔していることは特にない。
頭の回転は悪くない。とは思う。
何かに対する力。それは文を書き続けている分、普通の人よりは何かあるかも・・・
志は高い。
しかし自分には厳しくなりきれない。自分との勝負にはいつも負けている。

さてこんな私どうなることか????これからですね。


ガーナより一言
「自分より古い隊次、新しい隊次」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。もう1年と10ヶ月終了いたしました。
活動もあと2ヶ月です。あと2ヶ月となるといろいろ帰ることを考えます。
そこで思ったのですが日本に帰ってから誰と連絡をとるか?ということです。
なんかね、よくわからないんだけど協力隊って自分より古い隊次は慕うもの。新しい隊次は慕われるもの。そんな感じがします。
・・・え!?そんなこといっているから人間が古いって言われるんだって?そのとおりだと思います。
しかしですね、古い隊次の人間はいろいろお世話になっていろいろ教えてもらったというのは当たり前です。そうすると慕いやすいんですよ。それに比べて下の新しい隊次にはそれなりにこうだこうだと言わなければいけない立場にありました。そうすると慕うという感じではないのですね。それに対等な友人っていう感じになれるのは前後1つの隊次くらいでそれからもっと古くなるとやっぱり慕う立場。それより新しくなるとやっぱり差が出るので対等?という感じではない気がするわけです。そうすると普通の友人関係という状態で連絡をとるのは難しいですね。
職種が違えばいいんだよ、別に。しかし職種一緒で1年以上はなれた下の隊次はきつい。どのような顔して付き合っていけばいいのか正直、よくわからないような気がします。違うのは経験だけで能力的にはもう変わりはないんですけどね。これまた難しいですなー。

正直にかきます。自分の人間付き合いが下手だってことが良くわかる文章になってしまいましたね。特に下との付き合いが下手である。って言うのがばればれな文章でござるな。


今日の一言
「ちょっと人間付き合い変わってきたかもしれない。」

自分は少数精鋭派の人間です。小中学校の仲間で連絡をとるのは3人、高校1人、大学は1グループ(5人)とあと2人、そんなもんです。全員が全員親友レベルであると自分では思っています。というわけで親友レベルと連絡を取り合うだけでそれ以外はいない。という池で言えば狭いけれども非常に深い。という人間付き合いをしております。
さてここで最近のグループの話。現在ですでに連絡をとっている人間が結構な数います。正直なところ、自分の中ではおなかいっぱいであります。しかしまだ増えそうな雰囲気がしている。
・・・人間付き合いが変わってきたのかも。大人になるとそういう付き合いになっていくのでしょうか?なんとなく人とのつながりを大事に思うようになるのでしょうか?
しかし冷静に分析すると傾向としては変わっている。上記の精鋭君たちは大半が男。それに比べて今回のグループは女が大半。ってことはひょっとしたら下心か???ちゃくちゃくと私も周りの皆さんも結婚適齢期に向かってますからなー。しかしグループ内にそういう雰囲気はまったくないですからなー。あるかもしれないし、ないかもしれない。
ここは自分の心をほじくるとこですな。自分のことを書きますと下心がまったくないとは言い切れない。しかしそんなにあるわけでもない。みんな遠くに離れて住んでますからね。下心出すならもっと近くのほうがってのがホントのところか?ただ異性関係の友人が少ないからバランスとしてはちょうどいいってところでしょうか・・・


今日の一言
「リーダーイコール」

なーんとなくなんですが、
「リーダーってのをやりたくない。」
って感じでここ最近は生きています。ただなんとなく
「やりたくないからやらないんだよ。」
と生きてきたのでそれではまずいと思い、どうしてそう思うんだろう?ってことを考えてみました。
答えは簡単でした。ただ単に
「責任取るのがいやだから。」
でした。ただの責任回避ですな。リーダーをやるってことはイコールそのことに対する責任を負うってことです。当たり前のことです。
しかし時に当たり前のことがわかっていないから失敗することもあるのです。
このことに対して責任を取ります。ってことがリーダーである。だからリーダーは周りに指示とかを出せるのか。納得。


今日の一言
「題名をつける」

もうずっと文章を書いてます。考えたら10年になってました。ながっ!(一人突っ込み)
しかし今の方式にしたのはいつでしょうか?よく覚えてませんが最近のような気がします。
自分がどのように文章を書くかといったら、まず
「あ、これについて書こう。」
と思って書き始めます。まずそれについての「題名」から書きます。この「題名」は今日の一言の次に来る言葉です。これが更新の時の「題名」として表に出るわけで楽天広場の皆さんが見るか見ないかはこれで決まる。だから1番大事。・・・なのかも知れませんが自分は最初に書いて直すということはまずありません。文章がどう展開するかはだいたい頭の中でできているとはいえ実際は書いてみないとわからない。でも変えません。これは最初の書こうと思ったテーマくらいの方が1番言いたいことを端的に伝えていると思うからかな。あとは書いた文章は変えない。ってのが基本方針の中にあるのもある。
次に書き終わってみて保存するとき、ここにもう1つ「題名」をつけるときがあります。コンピューターに残る保存名ですね。これは楽天の更新時の「題名」とは同じではありません。これはあとで自分が読むときに使ったり編集とかに使われるかもしれないものなので題名で内容がわからないと困るわけです。というわけで面白くもないちょっと説明チックな題名になるわけです。
最近で言えば更新名「所詮、そんなもんだ」保存名「まじめな人間」といったい同じ文章なのかわからないみたいなときもあります。それだけでも振り返ったとき楽しかったりして・・・

あー、きれいに終わらない。こんな時もあるのね。ごめんなさい。以上です。

追記 この文章の保存名は「題名は2つ」でありました。


ガーナより一言
「帰る間際になると怖いものがなくなる」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。任期もあと残すところあと50日くらいです。
最近、MC(Medical Coordinator現在はHealth Administrator)と話す機会がありまして、そこで言われました。
「最近スギタさん、地でやってるねー。」
ん?どういうこっちゃい?と思って詳細を聞いてみると最近は好き放題やっている。とのことでした。昔は調整員の人も言っていたのですが、とにかく気を使いすぎである。若いんだからもうちょっとやりたいようにやったらいいのに。と思っていたらしいのです。
そう言われるとうーんって感じですね。別に気を使うことは昔からなので別に苦にならないし、これからも気を使って生きていくとは思うのですが、最近は確かにあまり使っていないかもしれない。というのも協力隊任期は2年。2年終わってしまえばだいたいにおいてリセットされてしまいます。大げさな表現をすればゲームのリセットボタンを押すようなもんです。日本に帰れば新たな仕事、新たな友人、新たな環境、すべてにおいて変わります。ま、昔に戻る人もいるから正確には新たなではないかもしれませんが少なくともガーナでやっていることがそのまま日本で引き継がれるなんてことはありません。
ということはですねー、帰る直前の現在において怖いものなんてのはほとんどないに等しい。ということになります。もちろん、罪を犯すとかは問題外ですがここで周りに嫌われようが何しようが痛くも痒くもない。ってことです。もしここで隊員に総スカンを食らっても帰るまでもう2ヶ月を切っている身、別になんてことはありません。
ひょっとしたら今が人生において1番怖いものがないときかもしれない。周りに気を使わなくてもいいときかもしれない。人生で1番がこんなところにあるとは・・・
ヤッホッホーイ、ヤッホッホーイって感じですな。
だからって別に変わらない生活を送っているんですけどね。


今日の一言
「今年もやってきてしまいました。」

10月15日。今年もやってきてしまいました。この日は16歳のころから嫌いでした。正直言ってあまりいい思い出がない。どちらかと言えばホームページのおいしいネタになってしまう感じの日の方が多かった気がします。
去年の文を見てみました。・・・・去年は下痢しておかゆ食って幸せになってますね。メールも多分8通はかたいな。とか書いてありながら6通。ぜんぜんかたくねージャン。

今年はいったいどれくらいメールが来るんでしょうか?あまり期待をしないことにします。
今回は少なくとも飲み会があるとのことなので終わるあたりでみんなにばらして、祝ってもらおうっと。

え?何の日かって??
おいどんの誕生日でございます。私30歳になりました。(見た目)
実際の年齢はたしか25だったと思う・・・


ガーナより一言
「あまり書きたくないが書かねばなるまい。」

ボツにしようか、どうしようか迷いましたがこういうことも書かなくてはいけないような気がするので更新いたします。
2年間ガーナにおいて青年海外協力隊員をしてきました。
協力隊は1年の間に3回新しい隊員が来ます。任期は2年なのでそれと同じ数だけ古い隊員が帰ることになります。自分は15年度2次隊ですから13年度3次隊から17年度1次隊まで知っていることになります。全部で8隊次ということです。

少なくとも自分たちより古い隊員の中に汚い、暗い、胸糞悪く自分が感じるような隊員はいませんでした。しかし最近は・・・

隊員の裏話のような話を面白おかしく書きたてて便所に貼り付ける。しかもだれが書いたかは黙っている。
隊員の秘密を平気で調整員に告げ口してしまう。
公費で行く出張講義を自分たちの行きたいところだけにしてしまう。
前書きましたが、公に作ったものの儲けを自分の懐に入れてしまう。
自分のことで言えば、このブログのバックアップを隊員宿舎のパソコンにしておいたら勝手にスギタの日記が見られる。とショートカットがデスクトップに作られていたそうです。別に自分は見られても良い文を書いているからいいものの、それが自分の知らないところで秘密裏に行われていたというのはいい気持ちがしません。

どれもかしこも胸糞悪く思うようなことばかりです。

何で隊員生活最後になってこんな胸糞悪いこと書かなくてはいけないのか・・・やだやだ。でも事実だからしょうがない。

追伸 ひょっとしたら昔もあったのかも。ただ自分が知らなかっただけかもしれません。


今日の一言
「うーん(悩む)」

いままでブログを書いてきました。題名は「心真理裏」。心理、真理、心裏の3つをかけてあります。簡単に言えば自分というものの心を掘り下げていって上記の3つを知ろう。というのが基本理念であります。自分を掘り下げて書く。だから自分を偽ったり、隠したりしたら何の意味もない。ということで嫉妬とかそういうマイナス感情をも書いてきました。もちろん、恥かしくなるような文が出来上がってしまうこともありますがそれは更新のときに何とでもなるし、自分のことであるのならなるべく痛くても更新したほうが面白いってんで更新してきました。
自分の心を書いていく。それはいつの間にか自分の心の整理につながっていくようになりました。このブログが自分の精神衛生上どれほどの効果を持っているかは書ききれないほどあると思います。

しかし最近になって書こうかどうしようか迷う事態となりました。その文は明らかに他人を批判するものです。そういう文は書かないようにしていました。事実を事実として書くだけにとどめてきたつもりです。しかし事実を事実としてとどめるには自分の感情が入っていない状態で書かなくてはいけないと思います。
しかしその文を書くにあたってはどうしても個人的感情が入ります。はっきり言ってむかついているのです。そんなむかついた状態で文を書く。それはただの悪口文であるような気がします。文章を書いている人間として失格な気もします。
しかし書いて更新します。だって個人的な感情がちょっと入っているとは言え、それは事実だから。

ちょっと内部告発をしているような気分になりますな・・・


今日の一言
「なんか最近、凹むことの方が多いな。」

最近1つ歳をとりました。25になったとか30になったとか言われますが別にこの際、歳は関係ありまへん。
歳をとってからバイオリズムが下がったような気がします。なんとなく嫌なことが多く起こっている気がします。凹むこと、胸糞悪くなること、空回りしているような気がすること、うざいこと、・・・全部が全部マイナスばっかりだ。

おかしいなー、毎年恒例5月病がやっと終わったと思ったらまたか・・・
この歳もいいことなさそうだ。いつになったら楽しい歳がやってくるのかな???いい加減気力も失せてくるよね。


今日の一言
「いい加減に癒しを求めることやめたら」

自分へ。
いい加減、癒しを求めることやめたら。
ありもしない癒しを求めてまた疲れている。
求めなければ疲れないのに。

と書いてみて思った。ここで書いてる「癒し」って「愛」と一緒だ。

自分へ。
いい加減、愛を求めることやめたら。
ありもしない愛を求めてまた疲れている。
求めなければ疲れないのに。

・・・俺、またダメになってる・・・


ガーナより一言
「女性は大変だ。」

ガーナで青年海外協力隊をしております。
こういう発展途上国に来てそれも地方で住んでいると多くの問題にあたるのは当然のことであります。しかし話を聞いてみる限り、男性に比べて女性の方が何倍も大変である。と思います。・・・当たり前だけど。
この前、聞いて驚いたのは
「だれかがいると良く眠れる。」
との発言です。この発言、よく考えるとほかの女性隊員からも聞いたことがある。ということはですね、少なからずガーナの地方で1人暮らしをしている女性隊員は1人で眠っているということに関して何かしら心配を感じているってことです。別に実際は何もないわけですし、ガーナ人が何かするとは思えませんがそれでも彼女たちは安眠できていないということです。男の自分なんてそんな安眠ができないというのはガーナ人がうるさいときだけであってそんな心配をしたことがない。
ほかにも長距離移動するときにガーナにはトイレがないから水を飲まないようにして目的地に着くころには脱水症状になったりとか、そういう苦労を考えると女性は大変だ。と思います。
2年間の安眠や体の健康、そういうものを犠牲にしてまでここに来たかったのかなあ?価値があったのかなあ?と感じてしまいます。確かに女性隊員はみんなタフになってかえって行きますけどね。
女心のわからない男性隊員の感想でありました。


ガーナより一言
「協力隊における天才の行い」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。
ガーナにおいて隊員は多くが地方に住んでいます。治安が安全だから。その一言に尽きるわけですが地方に飛ばされるということはそれなりに大変であるのは言うまでもありません。そこで行われた「天才的行為」について今回は書きます。
その天才的行為を行った人の住んでいるところの1番の問題は水です。とにかく水がない。その人は雨水を集めるために屋根に雨どいを作りました。近くにある水源はその雨水よりも汚い水です。というわけで大変水に苦労しています。というわけでなるべく水を節約して生きなくてはいけません。水浴びに使った水をためてそれをトイレに流すのに使う。そんなことは当たり前です。
その人の行った「天才的行為」はそんなところから生まれました。彼が考えたのは皿などを洗う水がもったいない。ということでした。毎日、毎日、それを洗うのがどれほどの水の無駄になるか。そこで彼が行ったのは・・・
使った皿をそのまま冷蔵庫に入れる
おおおおおおおおおおおお、ワンダホー。これぞコロンブスの卵。それによって水は多く節約されました。この天才的行為は水で困っている隊員全部に広まっているとさ。めでたし、めでたし。

追伸 日本に住んでいてこのすごさがわかるかな?現場にいないとわかんねーかな?すごいことなんですよ、これ。


今日の一言
「偉くなるということ」

別に自分は偉くないのですが、偉くなったらどうなるのか?みたいな話を聞いたり、本を読んだりしたのでそこを書こうかと思います。
偉くなる。ということは責任が増えるということです。また難しい仕事をもこなさなくてはならなくてはいけません。それに部下との関係も良好でなくてはならないし、かといって周りになめられるようではだめですから大変です。
基本的に間違いだと思うのは、偉くなったからってえばってしまう奴。なめられないように突っ張ってしまう奴。そのへんが大きな間違いであると思います。基本的に仕事をしっかりこなしてさえいれば部下からは信用されます。要するにやることさえやっていればそんなことをしなくていいのです。それをやってしまうってことはその人の器が小さいってことだと思います。
あとは偉くなれば偉くなるほど自分のことが正しいと思ってしまいがちです。確かに偉くなったわけですから大半のことは正しいのかもしれませんが、時に間違うこともあるでしょう。そういうときのために耳が痛くなることを言ってくれる人間がいるか、いないかも大きな問題だと思います。偉くなれば苦言を呈する人間をうざく感じるようになると思います。そういう人を退けてしまうか、そういう人間を重宝できるか?それもまたその人の器だと思います。
次に守りに入ってしまうこと。これも偉くなるにあたって難しい問題です。自分に責任が増えてしまい失敗を恐れるようになってしまう。そうするとやることなすこと守りに入ってしまう。世の中は動いていますから守り続けるなんてことができるわけはなく、そうなると会社は傾いてしまいます。リスクを犯してでも攻めなくてはならない。それを守りに入って無理しない。という形になるのは大きな問題ですね。
あとは仕事の内容の取捨選択。偉くなってまでお茶くみをしているようでは問題です。その人の地位にあった仕事をしなくてはいけません。でもそういうときに部下をあごで使うようになったらそれも間違っています。かといって自分でやるのも間違っている。そのバランスが難しいみたいですね。

とまあ、最近話したり、本で読んだりしたことをまとめてみました。とりあえずこんなことはどうでもいいから、偉くなれるように仕事しないとね。ではでは。


ガーナより一言
「元生徒」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。理数科教師として高校教師をしています。1年と11ヶ月が終了しまして残すところあと1ヶ月であります。
1年と11ヶ月も隊員をやっていると自分が来たときは高校生だった生徒たちが卒業して町で働いているんですよね。自分は高校2年生をずっと教えているんです。自分が来たときは2004年1月でガーナでは1学期が終わったところ、そこから2年ですから教えていた生徒がちょうど卒業してこの9月から働いているんです。ガーナでは日本で言うセンター試験の結果が卒業したあと数ヶ月してから出るのです。具体的に言うと8月に卒業して、結果が出るのが11月。だからスムーズに行っても1年間開いてしまうわけです。そんなところがガーナなわけなんですが・・・
だから町で歩いているとしょっちゅう話しかけられてうざい。知らない人なら手を振って終わりとか言葉がわからない振りして通り過ぎてしまうのですが、元生徒相手にそういうわけには行きません。それも自分のところは田舎の学校、頭も決して良くないのでもう結果をあきらめて町でずっと働くことを決めている生徒も多々います。州都スンヤニに行っても生徒がいるし、もううざい。もうなかなか目的地に着かない。外に出ると暑い中、生徒とずっと挨拶、きついです。
ただね、面白いのは女子生徒。ガーナでは高校生は髪の毛を伸ばすことは校則違反になります。高校生は、男でも女でもみんな坊主。そうすると卒業した女子生徒はみんな髪の毛を伸ばし始めているのです。今まで坊主しか見たことがない生徒の髪の毛が伸びてくるのは見るのはなんとなく楽しい。お前も卒業したんだな。となんとなく先生の心境になってしまうときでありました。みんなクリクリの天然パーマですけどね。

追伸 ちなみにみんなストレートの髪をうらやましがります。


ガーナより一言
「引き上げまで1ヶ月きる。」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。もうちょっとで終わりです。2年間長かったよー。
基本的に協力隊員は地方に飛んで個人個人で活動をしています。というわけで来た最初と終わりだいたい1週間前は首都で暮らすことになります。もうガーナ滞在は1ヶ月と1週間くらい。というわけでもう1ヵ月後の今日は首都に上がっていることになります。首都に上がるということは地方での活動をすべて終えて上がるわけですから実質的に終わったようなものです。首都では銀行の口座を閉じたりとか最終報告会があったりとかその程度なものです。実のところすでに最終報告会の準備は9割終わっているし、最終報告書ももう7割以上完成しているのでもうあとは終えるだけ、なんてそんな雰囲気が自分の中では流れています。もちろん、やらなくてはいけないことはありますが、もうほとんど慣れてしまっていることなので別に問題ありません。
正直言ってもう嬉しくてしょうがない。早く日本に帰りたい。というかまずとりあえずこの物のない、娯楽のない、真剣勝負のない、無い無いずくめのガーナを出国したい。というのが本当のところです。別に普通に暮らしている分には別に対して問題ではありません。確かに日本に比べたら無い無いずくめであるけれども、ここがガーナである。と思っていれば決して耐えられないわけではありません。現に2年間耐えてきた?耐えてきたというか、暮らしてきたわけですから。しかしながら日本を想像してしまうとだめですね。こんなところでは一生は暮らしていけない。2年という枠があるから暮らしていけたと今ではそう思います。もう1年ここで暮らしてください。といわれてももう絶対にお断りします。
Time is free.の国はもういいです。Time is money.の国に帰ります。たとえそこが厳しくてもそこがいい。生まれ育った国がいい。日本の空気まであと2ヶ月・・・(旅行して帰るから)


今日の一言
「人材勝負、情報戦プラスお金」

世の中、とりあえず自分の武器が必要だ。何かの専門家ということだ。自分としてはお金の専門家になりたいな。
それでいて人材勝負、情報戦で負けないような人間になりたいものだ。


今日の一言
「資本主義」

資本主義で金持ちがもっと金持ちになるになるのは当然だ。
下はどうやって金持ちに追いつくの?頭で勝つしかないな。