ガーナトップ青年海外協力隊ブログ>その24ガーナさよなら

ガーナより一言
「もうここはガーナではない。」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。というかもう終わりまして、正しくはしておりました。ですね。今は終わって「帰路変更」という制度に基づいてセイシェル諸島を旅行しております。終わった日のことを振り返ってみます。

12月5日。いよいよガーナを離れる日であります。・・・かといって特に変わったこともなくまず荷物を日本に送って、事務所で挨拶をしてお金を受け取って、ドミトリーに帰ってきたら飯を作る手伝いをして、子供と遊んで、そのまま出発。・・・本当に何も変わりのない日でした。知らない人が見たら本当に終わりの日であるのか、疑ったと思います。本当にスッと帰ってきました。
しかしながら周りはそうはいきません。はっきり言って自分は15年度2次隊でしたがこの隊次は男5人であり、1番地味であったと思います。それにほか隊次とのかかわりも1番薄かった隊次ではなかったかと思います。それにもかかわらず10人くらいは見送りに来てくれて、結構涙してくれる人もいました。
自分はいつもこういう時思うわけですよ。涙を流してもらうほど価値ある人間であるのかな?そしてどうして自分はもっと悲しい顔をできないものかと・・・。

そしてガーナ、ドバイ、ドーハ、セイシェルの順番に乗換えをして出発をしたのは5日であるのに移動と時差の関係でふと気がつくともう7日。ガーナの青年海外協力隊という日々は終わりました。どうであったか?

決して何もしない2年間ではなかった。自分がやったことはいくつも形として残った。しかしそれは決して十分ではなかった。こうするべきであると言うことは山ほどある。
何より将来に対しての準備と言う面に関してはまったく持って満足というには程遠い。
採点をすれば決して合格点には届かなかったと思う。



青年海外協力隊外伝
帰路変更の旅1

ガーナで青年海外協力隊員をしておりまして、それを12月5日にガーナを出国しました。協力隊員には帰路変更という制度がありまして、それは任国から日本へ帰る途中にどこかほかの国によっていい。という制度です。悪く言ってしまえば終わったあとのご褒美。帰る前に旅行してきていいよ。と言うものです。期限は2週間以内。渡航費用はある上限が決められていてそれをオーバーしない限りどこに言っても良い。(ただし安全な国だけ)ガーナの場合は日本に帰るまでに4000ドル強の費用が認められていました(ただし自分たちまで次の隊次からは半額以下の2000ドル弱になる)。要するに飛行機代は日本に帰るまでは4000ドルまでならJICAが出すよ。あとの費用は自分で出してね。という制度です。
自分ともう1人の同期隊員はとにかく地方で質素な生活を送っておりました。なので帰る前にはとんでもない額の貯金を持っていました。自分の場合は6000ドル弱(月380ドルの生活費が出ていてそれを貯めたのです)。というわけで日本に帰る前に優雅な生活を送ろうと言うのでセイシェル諸島に一緒に来ました。
セイシェル諸島はどこかと言うとマダガスカルの北東。ケニアの東。モルジブの南西。どんな場所かと言えばヨーロッパの人たちのリゾート地。日本人で行ったらグアム島みたいな感じかな。とにかく飛んでもないリゾート地なわけです。そんなところへ同期隊員と一緒に行った記録をここに残したいと思います。
明日に続く

1つ断っておきますが同期隊員は男です。・・・・・あーあ。



12月6日は丸1日移動の日となりました。ガーナから出国したわれわれ(同期隊員♂Hと共に)の目的地はセイシェル諸島。ヨーロッパ人に対するサイパン、グアムとでも言ったら言いのでしょうか。要するに南国の観光地であります。
任国からいきなり日本に帰る人もいますがいきなりだとたぶん日本のペースについていけないだろう。ということでリハビリを兼ねての旅行であります。
しかし不便な土地、ガーナからの出発ですから結構大変な移動となりました。まず目指すはドバイ。そんでカタール。セイシェル諸島というめんどくさい乗り換えでありました。

ドバイを抜けたあと次はカタール。それなりに順調に言ったのですが、なぜかカタール空港でチェックインしたあとゲートに入ったところでボーディングパスをもらえずちょっと待ってろ。ととめられます。別に何も悪いことはしてないし、不審な行動をとっていないにも関わらず、STOP。・・・・ガーナ帰りってやっぱり変なオーラが出ているのでしょうか?
あとはゲートからバスで飛行機へってところでなぜかHはファーストクラス、ビジネスクラスの乗るバスに乗せられて泣きそうになっているし大変でした。

そんなこんなでセイシェル諸島に到着してみると・・・
到着したは、到着したでやっぱり普通には行きません。どうやら泊まるところが確定していないと入国できないことが判明。空港の入国管理局の前にホテルの予約ができるところがあり、そこで入国管理の人に審査を受けます。Hのほうはわかっていたようですが、ガーナ仕込みの自分の英語力では何言ってるか、わかりません。あとで聞いたら自分は中国生まれで中国に両親がいることになっていたらしい。・・・英語難しいっス。
Hのおかげで何とかホテルも予約して、入ってみてもやっぱり安定しないこの旅行。なんと荷物が届いていないことが判明。ガーナの空港で直接セイシェルに行くとガーナの空港の人が言っていたにも関わらず、荷物はどうやらドバイで回っていたらしい。・・・というわけで荷物は手荷物だけしなくて旅行開始です。
セイシェルについて思ったことといえば
・英語がわからない。
・久しぶりの山がうれしい(ガーナには山らしい山はなかった。長野の出身なので山が当たり前なんです。)
この2つかな。その日はそのままホテル?(旅館みたいな感じだったな)に行って晩飯だけ食べに行きました。そこで夕焼けを見たのですが・・・
ありえないくらいきれいでした。正直、隣に女性がいたら結婚を申し込んでしまうかもしれないくらいきれいでした。
―――これはこれから先、何度も思う「男2人で来るところじゃねー!!」の最初であろうとはこの時、おれ達は知らないのであった・・・
飯は抜群です。特にガーナの飯しか食ってない自分たちにとってうまくないわけがない。
そんな感じで6日終了。