ガーナトップ青年海外協力隊ブログ>その3ガーナにて怒る

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2月7日
今日は自分が着たのでその新歓をやってくれるというので、朝の10時にベレクムと呼ばれる町まで行きました。しかしですね、バスの時刻表もない。ただいっぱいになったら発車するタクシーと小型バスにのって時間通りにその場所に着く。というのは至難の業です。それに携帯がないから遅れてもどうしようもない。携帯というものを手に入れてまだ数年ですが、それほど自分たちに染み付いていようとは、ガーナに、携帯の使えない国に来て初めてわかることですな。(ガーナでは、使える地域と使えない地域がありまして、隊員の中では結構持っている人がいます。自分の住んでいる地域は使えません)
さて結局、みんな集まったのは10時半。まあ、いいほうなんじゃないでしょうか、それでカシューナッツ工場へみんなで見学です。
それがすごいんだ。工場が大きさが。これがガーナか。と信じられませんでした。・・・普通の民家なんだな、小さくてビックリ。なんか外についているちょびっとしたものの中でカシューナッツを作っている。というか、やいているらしいです。(注:カシューナッツは木に実がなります。それの種ではなくてなんか種なんでしょうか、上についているナッツを食べるんですが、それを食べるにはまず硬いからを壊して、焼かないと食べれない。ちなみに殻を壊す工場?は別にあるそうで見れませんでした)しかしその規模の小さいこと、小さいこと、それででもだいぶ大もうけしているみたいです。
ガーナの物価が安いわけがわかりました。あれで大もうけなんですから、外国資本が入ってきたらホントにあっという間に大もうけできる。物価が安いから外国企業は入ってこないんですね。そんなことまでわかってしまう工場見学でした。

さて遅くなりましたが、自分が住んでいる州はBRONG・AHAFO(ブロング・アファフォ、通称BA)というところです。ガーナの中心より南西に位置するところです。ここはわりかし、すみやすいところなんではないでしょうか。この州に今いるJOCV(青年海外協力隊員)は自分を含めて6人。女性が4人で男が2人です。
協力隊の訓練所に入ってから男ばっかに囲まれてきた自分にとって驚異的な女性数と喜んでいたのもつかの間、ここはすごい土地でした。10ある州で一番元気な州です。というか、うるさい州です。女性が全員強い。年末に教育された話は書いたかな、たぶん書いてないな。きっちりその女性たちに教育されました。そのあまりの激しさに同期のほかの4人の隊員は
「タケじゃなければBAでやっていけないよ。」
とまで言わしめるそれほどの土地です。しかし自分はプライドというものをいつでも捨てられる人間ですので
「そこに正座しなさい。」
といわれたら仲良くなるために座れる人間ですので(酒の席で)問題なくやっています。
あと1年もするとその女性たちは全員日本に帰ります。たぶん新しく入ってくるのは男ばっかりのような気がします( ̄□ ̄;)!!

そんなメンバーで工場見学のあとは飲み会。ベレクムというところに一人、薬剤師さんがいましてそこでしばらく飲んでしゃべって。そのあとは州都であるスンヤニに移動。そこでうまい店でご飯を食べて、結局みんなで泊まりました。6人で寝れる家って広いよね。

そんな感じで明日に続く


2月8日
結局、いろいろ昨日騒いで、泊まる予定ではなかったのですが、泊まりましてみんな朝から帰宅です。別に大人数で泊まるわけですから何があるわけでもなく。
本当に思ったのはこの州は中がいい。なんかみんなでラブラブって感じ。自分も人懐っこいほうだとは思いますがあまりの仲の良さにちょっとひいた。そのくらいの州でした。ほかの州は絶対こんなことはないぞ。と思いました。というのももっとほかの州は「大人」がいるからこんな雰囲気にはならないでしょう。(注:大人に年は関係ありません)
でもその仲のよさは決して悪いほうには進むことはないでしょう。誰かと誰かが付き合ったりすればまた話は別ですが、そんな雰囲気でもないので・・・
もう20代後半から上はいくつまでか、わからない集団なのにそんな集団があるんだな。と思うと驚きですな。

帰ってからは特に何も書くことはなく、おしまい。
来週からは普通授業も始めるので、大変です。


2月9日
今日から普通授業が始まりました。
しかし今日は正負の数を教えました。結果、失敗。

ホントね、ガーナ人、高校生ではありません。もう基礎学力がない。というか、人のせいにしてはいけませんね。自分の教える能力がまだ足りないというか、レッスンプランが練られていなかったということですね。
わかっている生徒とわかっていない生徒が間違いなくいるんですが、質問してもわかる生徒が答えてしまって、わかっていない人をカバーできない。そこがまず一点目の問題。
次にレッスンプラン、どうしても授業をやってみてここがだめだな。というのがある。そこが大きな問題です。しかもどのくらいできるのか、ということもわからない。とにかく手探り状態です。

そんな感じで悪戦苦闘しながらがんばります。


2月10日
昨日はレッスンプランの練りが足りず授業失敗。あれでは生徒はわからないわ。と思い反省。今日はきっちりレッスンプランを立てて望んだのですが、そのとおりに進まないのが自分の授業?なのかな。ただの力不足かな。
結局、プランどおりにいかないと時間が足りなくなったり、うまくいかないですな。とにかく無理がある。基礎計算をすべて計算機に頼っている彼らにとってもう無理がありすぎだよ。分数と小数できないもん。通分できなきゃ、そう誤変換もできない。
計算機の問題は隊員間でも認識は違い、使うことを認めている人いない人。両方いるんですが、自分の意見としては、使うことに賛成しかねる。たしかに高校が終わった最後のSSCEと呼ばれるテストでは使うことは許されるが、実際、九九のレベル、割り算の筆算ができないレベルの彼らに多くの問題を解く数学的センスが身につくわけがないと思う。
数学の基礎は数字ですからそれがわからないから、暗記数学になるではと新参者の自分は思います。ここのところは皆さんの意見求む。

取り合えず、でも何とかするしかないのでもっと教えたいので暇な時間あるか、といったらすごい事実が発覚。どうやら夜の7時半からいつも勉強しているらしい。実はすぐ近くに寮があるから行えるのですがこれにはだいぶ驚いた。そんなことをやっていながらうちの高校はそのSSCEと呼ばれるテスト、非常に下位です。(毎年、新聞に結果が出るらしい)今、自分が見ているのは高校2年なので彼らが卒業するときはちょっとは何とかなるといいですな。

ちょっとSSCEについて書きましょう。基本的に日本のセンター試験みたいなものです。しかし全員が受けるのですが。この結果で大学にいける、就職にも響く。成績はA~F。一つでもFがあるともういいところにはいけない(基本的に物売りか、農家行き)と言われています。自分の学校はちなみにこの試験をパスする生徒は一人もいないそうですが・・・もちろん自分が受け持っている基礎数学もほとんどの生徒がF。そんなところにというか、そんなところに送るのが協力隊員なんです。

次にほかの先生の授業を見ました。それはエレクティブ数学といって非常に難しい、本当に日本の高校生がやるような問題をやるんですが、これはとにかく先生が例題を書いて、解かせる時間もとるんですが、生徒はノートを取るのが精一杯。問題を解く時間にその問題を解いている生徒が一人もいないというそんな状態の授業でした。それは生徒はわからんわ。と思いました。あれじゃ、身についているわけがなく、どうなんでしょうか・・・

しかし学校についてボロクソいっているのですが、実はすごいところも発覚しました。夜、授業を行っているということが発覚しました。


2月13日
さて、今週一週間もやっと終わりをつげました。本当にいろいろなことがある一週間です。まだ生活が手探り状態であるのでしょうがないといえばしょうがないのですが、それでも今週は疲れました。今、思うと電気を消して寝た日が一日もなかったような気がするんだからそりゃ、疲れるわな。

今週は何が一番大変だったかというと、ノートのチェックです。ガーナ人の実力を知るために、訓練所時代に知り合ったガーナのOV(old volunteer)からその人が行ったという実力テストをもらったので、それを実施し、その採点をしたわけです。内容は基本的に日本であれば小学生がやる問題ばかり。しかし彼らは日常に計算機を使う習慣があるので、それを使わずにどれほどできるのかをチェックしました。また、彼らは解のプロセスを別に書いて答案には答えのみを書くという習慣があるのでプロセスを1点、解を1点として満点を56点の28問で行いました。結果は平均は半分に行かない大体20点くらいです。分数の掛け算、割り算、あたりはできる生徒はまれにいるのですが、面積、体積になるとほぼ全滅。一人だけできていたような気がしますが、そんな感じです。
しかし、先生って大変ですね、あんなに採点が大変なものだったなんてやってみないとわからないものです。1人5分としても90人いれば450分、7時間半だからね。そこに次のレッスンプランを考えなくてはいけない。またいろいろ生徒と会話したり、生徒の暇な時間を探したりしてたもんだから大変だ。
そしてその暇さがす成果がすぐ出まして、夜、勉強していることが発覚。というわけでおとといから夜7時半から昨日は6時から教えることとなったわけです。たぶん、月曜から金曜日まで毎日やるでしょうね。

しかし今日は金曜日、今日はなんか知らないけどダンスパーティがありました。エンターテイメントと呼んでましたね。
行ってみてわかりました。明日がバレンタインだからですね、バレンタインイベントでした。もちろん生徒でしょうが司会がいてDJがいて音楽をかけて踊るわけです。そんで途中でプレゼントタイム。だれだれへ。って書いた手紙なりプレゼントをたぶん、事前に預けるのでしょう。それで司会が配るわけですね。そのときの生徒の顔は最高です。どこの国でも青春してるときの顔は変わりませんね。自分もチョコがほしかったときはあんな顔をしてたんでしょう。そういうわけでみんなドッキドキでしたね。たぶん。
ちなみに来たばっかりの私も生徒から石鹸?をいただきました。隣の女子寮に住んでいる結構、いろいろ話したりする子なんですが・・・
そのダンスパーティにいっしょにいこうと言われ、途中で違う席に座ってほったらかして、仕事があるって言って帰って来たら不機嫌そうでした。冗談ではないのか?本気なのか?などと考えてしまいましたが、まあどっちでも女心は複雑なのはどこの国もいっしょですね。

そうそう、そのダンスパーティでちょっと踊ってしまいました。盛り上げてしましました。ほかの先生誰もいない。何だ、友達感覚で呼ばれたのか、とちょっと複雑な心境でいましたがガーナ音楽は踊りたくなってしまうね。まあ、そこで思い出したのが昔、織田信長が宴会の席で女装をして盛り上げて部下との距離を縮めた。という話です。だいぶ、生徒との距離は近くなったのではと思います。
しかしどこの国も同じで、やっぱりはずかしがって踊らない子もいるんですね。やー、どこもいっしょだね。

そんな感じで激動の一週間は終わりをつげました。水曜日にネットで悪戦苦闘したのもあったな。
やー、もっと勉強しなくてはいけませんね。
以上


2月14日
今日はバレンタイン。かといって日本のようにチョコレートをもらうという習慣はもちろん、ありません。昨日、生徒から石鹸をもらいましたが、もらい物使いまわしであることが判明しましたが、取り合えずなにかもらえたことはうれしいものです。
さて、昨日、パーティ(といっても生徒が行ったもの)に参加したんですが、今日もまたパーティに誘われてしまいました。生徒から。しかしそれは町で行われる大規模なもので、どうやらガーナではバレンタインは赤い服を着て過ごす習慣があるらしく、赤いいい服を着て待ってるよ。といわれましたが、いろいろ大変なので今日はやめておきました。

いくらなんでも毎日夜拘束されるのは勘弁です。(月から金はエキストラクラス、ひょっとしたら日曜もやるかも・・・)

以上


2月16日
今まで自分を苦しめ続けてきたテストの採点が終わりました。これのおかげでだいぶ苦しみました。レッスンプランに十分な時間が裂けず、授業は良くないことが多かったですが、これからはそんなことがないようにしっかり準備します。

さて、今日は何を書くか、やっぱりこのホームページの名前はシンリなのでシンリについて書きたいと思います。
今日もエキストラクラスに行ってきましたがどうやら、まだどこで何を教えるのか、そういうことが決定していないので今日は生徒が宿題があるとかで休暇になりました。それで明日、いったい何を教えるのかという話になりました。
自分はエキストラクラスは基本的に質問タイムにしたいのですが(授業準備してられません)どうやら生徒は新しいことを教えて欲しい様子。
はっきりいってしまえば、基本ができてないのに先に進もうというのはどういうこっちゃ。といいたいのですがまあ、とりあえず様子を見ています。
どうして生徒はそんなに先に進みたがるんでしょうね?

日本ではどうでしょうか?基本的にエキストラクラスというものがありませんが、補習とか塾とかはやっぱり復習メインでなんかちょっとそのトピックで新しいテクニックが出てくるくらいでしょ。自分の中でもそういうイメージなんですね、しかしガーナ人のイメージは違うらしい。
エキストラクラスといっても全員が来ているわけではありませんから新しいことをやることなど愚の骨頂です。しかしそれをやりたがるということは周りに対して優位性を保ちたいからではと思います。
それ以外なにかあるかな?勉強の全体像が見えて、急激に成績が伸びる(センター前の現役受験生のように)ということは考えられますが、そんなことを生徒が知っているわけがなく、しかも日本の教育形態と違いますから、全部やって伸びるとは限らない。やっぱり優位性を持ちたいんですね。

優位性を持つ。優越感を持つというのはどこの国でも同じ。人間の、いや、動物だって自分は他より優れているぞってところがありますからね。生き物全体の感情なんでしょうな。

うーん、出来が悪い。日本にいるときならお蔵入りだな。でもとりあえず更新のため、更新。

以上


2月17日
今日はぶちきれました。あまりにむかついたのでそいつをこれから締め出そうと思います。
何があったのか、具体的に示しましょう。
こっちでは先生が生徒を棒でたたく罰は当たり前なのですが、日本の教育を受けてきた日本の隊員にとって、そのことはまず最初にひっかかることです。自分もそのことについては教育実習の時に考えたのですが、日本式に、立たせる。あとは部屋から追い出す。その2つを基本にすることにし、あとはそのあとは校長先生の所に連れて行く。ということを最初に宣言して、お前たちをたたかないといったわけであります。
今回は練習問題をやっているときに、これは1人でやれ。と。他人に聞かずにやるように。あとでチェックするから。とまあ、半分テストのようなもんと言えばそうなのですが、彼らの実力が分からない以上、まあそうなってしまいます。というか、周りに聞くのはまあいいとしても、ただただ答えを写しているんだからそんなことは許されるわけがなく、それをしていた生徒をおいだしたわけです。しかしそいつ反省の色は見せないわ、しつこいは挙句の果てに窓から邪魔をする始末。もうぶちきれて校長の所に連れて行く。・・・となったわけですが、ここで日本では考えられないけど、ガーナではあたりまえ
・・・・逃げる。
逃げるんですね。日本では逃げたってすぐ問題になるから逃げないんですがガーナ人は逃げる。都合が悪くなると逃げる。このことは教育実習のときに先輩隊員から聞いていたので、知ってはいたのですが、実際を目の当たりにしたのは今回が初めてでした。
もうホント、逃げる前からむかついているのに逃げるもんだからなお、むかついて。今思い出しても腹立つは。
ということでそいつにはこれからいっさい何も何教えないことにしました。そいつがとりあえずクラスにいるか、どうかチェックしていたら追い出す。始まる前に。出て行かなかったら自分が出て行く。というまあ、簡単な策を取りたいと思います。どうなるかはこれからですね。しかし、もう容赦しません。前任の方も本気で怒らないとだめって言ってましたからね、オブロニになめるとどうなるか教えてやる。(オブロニはこっちの言葉で白人の意味。黄色人種も白人扱い。たまにチンチャンチョン、中国人と呼ばれる。響きがむかつくのでこっちには反応しない。)

しかし、今日は大変でした。もう勘弁してよ。という感じでした。こっちでは暗記の数学が基本ですからそれを打破するためにプロセス大事、プロセス大事。といい続けているのですが、どうも誤解している感じですね。式を解く途中を勘違いしているみたいなんですよね。違うんだな、とにかくこう、基本があってそれを応用して問題を解いて欲しいわけですよ。
自分の中学の数学の先生は、いってました。数学はめんどくさがり屋がやるものだ。最低限だけ覚えていれば、後は考えれば解ける。全くそのとおりなんですよね。覚えるって言っても1の次は2から始まって九九とか後は本のちょっとのことですよ。彼らはそれも覚えてないのだから、プロセス大事、覚えるな。って言いながらも基礎は覚えろ。といわなくてはいけないその矛盾。

論理的思考ができないんだよね。今日、ぶつかった具体例をしめしましょう。簡単な奴。
12枚で60%になる。1枚で何%でしょう。
たまたまパーセンテージをやっていたのでパーセントなんですど、この数枚で何とか、では1枚では?って言うところに数学のというか、算数のセンスがあるわけですよ。それを分かって欲しいんだけどね。
それを説明したら生徒が分からん。先生の教え方はだめだ。といわれてしまいました。

もっと詳細を記しましょう。このまま1号報告書に載せる勢いで書きたいと思います。
まずパーセンテージ。これは次の教科書の単元ですが、ここで教科書に記されているのは単利、複利、収入税など基本のパーセントが分かっていることが前提で書かれています。それも当然でたぶん中学のときも習っているし、間違いなく高校1年生の教科書にものっていたので習っています。しかし生徒に始める前に聞いたら習ってない。忘れた。とそういうわけでパーセントの基本概念を教えることから始めなくてはいけません。
しかしですね、パーセントの基本概念。これは非常に教えるのが難しいです。小学生のときに習った分野で一番難しかったのはこのパーセント、割合であったことを今でも自分は覚えています。しかし、日本では割、分、厘などの割合とパーセントの概念はつながるんですが、ガーナでは割などの概念がないと思う(教科書にはない)そのため、10%が0.1である。それを教えることすら困難であります。
というわけで自分が行ったのは、いつも全部が100%であるよ。ってことを教えて、後は具体例から

1パーセント = 特定の数/全部 × 100

と教えたわけです。次に

2特定の数 = 全部 × パーセント/100

3全部 = 特定の数 ÷ パーセント/100

と教えたわけです。しかしこれをみて分かると思うのですが、①は定義みたいなもの②は概念的に分かりやすい、全体の何%は何とか。
しかし③だけは非常に分かりづらい。これは普段、全部を求めるなんてことはありえないからだと思うのですが、それによって非常に分かりづらい。これを説明するのですが、彼らにとって①も②も③も変わりないわけです。ただ覚えるだけのもの。やっぱり授業は万人向けでなくてはならないということを最近思ってある程度わからない人には暗記もしょうがない。と思ってこの授業をして、しかし頭いい人のために。という時間も作ったわけです。その時間で③は違うんだ。難しいんだ。と説明したのですが、プライドの高いガーナ人みんな聞いているわけです。そうすると何いっているか、分からない。ということになるわけです。頭のいい子も分かったかどうかは怪しいものですが、不満は言いませんでしたね。なにか違うんだってことを分かってくれたのではと思います。

ホントね、なんで基礎概念からやらなくてはいけないんだ。ここに来る前に弟(高3)の数学を教えながら高校の数学の全復習をしてきたあの努力は何だったんだ。と思います。
それにガーナ人、先に進みたがってしょうがない。お前ら基礎できないのに先になんか進めないだろう。いろんな分野忘れているだろうといいたいのですが、それをいってはいけないでしょう。何とか復習時間をとりたいんですがそんな時間はありません。

まだまだ悪戦苦闘は続く毎日でした。

ちなみに今日のクラスが男ばっかりで一番不平不満を言うクラスの話でした。

以上


2月20日
ただいま書いているいる時間は午後の1時10分です。基本的に自分は朝の7時に学校に行って、遅くても1時までが勤務になっているのでいつものことながら早く終わります。
ここでガーナの学校についてと自分の仕事について書きたいと思います。ガーナの学校は大体いっしょなのですが、うちの学校の話をすると、朝の7時に学校に行って掃除、そのあと朝の集会があって7時半より授業が始まります。1時限は40分。しかし間に休みは日本のようにありません。あるのは3次元目が終わった9時半から30分間と12時からの20分間しかありません。基本的に最初の休み時間の間に朝ごはん兼昼ごはんを食べるのが生徒も先生も同じです。
しかしもちろん移動クラスがありますから(コンピューターや技術)うまく時間通りに始まるわけがなく、朝の集会も延びて7時半から始まらないときもあるし、休み時間も日本のように予鈴があるわけではないので時間になったら集まり始めるというのがこっちのスタイルです。

自分のほうは全部で15時限、週に持っています。基本数学といったらいいのか(数学はコアとエレクティブがある)それを教えています。時間的にはJOCV隊員平均からすると少ないほうですが、始まったばかりではこんなものではないでしょうか。(だんだん増えていくのが普通)
月曜は朝から2時限。火曜は昼前から3時限。水曜はなし。木曜日は朝に3時間間に休憩と1時限挟んで2時限。金曜は朝から3時間、3時限と休憩挟んで2時限ということになっています。
仕事にすると月曜日は朝の8時50分に仕事が終わるし、水曜は休みだしと結構楽に感じますが、こっちはなんか知らないけどいるだけで疲れるのでこんな感じが派遣されたばかりの隊員の普通です。しかし自分の場合は夜にエキストラクラスがあるので楽とは言えないのですが、まあ、まだどのくらいやるのか、決まってないのでこれについてはまた今度記すことにしましょう。

そんな感じで特に木曜日、金曜日が疲れるのですが、今日は金曜日が終わったのですがそんなに疲れていない。珍しいですね。
正直なところ、今日の授業はそれなりに良くできた部類に入るでしょう。予定通りに終わったし、生徒の集中もそれなりに65点はつけていいんではないでしょうか。(まだそんなもんでいい点です。平均は45点くらい)やっぱりそれなりにいい授業をすると疲れないもので、それに生徒をうまく扱うと怒らないし楽ですね。
しかしですね、どういうときにうまくいってどういうときにうまくいかないか、イマイチよくわからないんですね。特別、準備をしっかりしているわけではないし(準備はいつもしている)なんか変わったことをしたわけではないんだけど、うまくいくときはこうなんだよね。まだまだ勉強が必要ということではないでしょうか。

追伸 本当に生徒たちは子供のようです。(まあ、高校生で子供なんだけど・・・) 問題をやっているときまわっていくととにかくチェックをしてくれ。GOODと書いてくれ。など日本の高校生ではありえない子供っぽさを持っています。そんなところがかわいかったりして・・・


2月21日
今日は土曜日。昨日は食事会があったため朝はホテルで目が覚めます。ここでガーナのホテルについて書こうかな。
基本的にガーナではそれなりのホテルでも日本の中級の下くらいのホテルといっしょかな。あまり日本のホテルに泊まったことがないのでわかりませんが、とりあえず泊まった部屋の話をするとオートロックなんてものは存在せず、もちろん個人部屋でベット、机、ソファーがある。トイレ、バスは部屋ごとについているがユニットバス。トイレットペーパー、バスタオル、石鹸はあるが歯ブラシ、歯磨き粉、シャンプーなどはない。シャワーは自分の部屋がお湯が出なかった。あとは固定式のシャワーと移動式のシャワーが2つあって自分の部屋は移動式は使えなかった。(使える部屋もあった)
朝ごはんを食べるところはなく、サービスはたぶん何もない。モーニングコールとかそういう言葉があったかどうかも不明。そうそう仲間の部屋は鍵が不調で閉じ込められてました。
こんなホテルがガーナでは上の下くらいかな。値段的に。もっと同じ値段でもいいところはあるのではと思います。

さて本来の予定ではこのままクマシでインターネット、買い物をして任地に帰るはずだったのですが、実は来週を持ちまして2年の任期を終えて、調整員の方とMCと呼んでいる(たしかメディカルコーディネーター)方が帰ります。自分はまだ短いですが今までそうとうみんなお世話になっているので、その送別会、また新しい調整員、MCの歓迎会が今日行われるため多くの隊員がアクラに上京ということになっていまして、そんなこんなで先輩隊員といっしょにアクラに上がってしまいました。
実は派遣された隊員は3ヶ月ルールと呼ばれるものが存在し、3ヶ月間はできるだけ任地を離れないこと。またアクラに上京してはいけないことになっているのですがそれを破って上京してしまいました。
先輩隊員が上がってしまえ。って言ったし、自分のあまりのウエストの減り具合にちょっと体重を量りたかった。ということ、おいしいものが腹いっぱい食えるということ、またいろいろしたいな。と思っていたことがあったのでちょうどいいのであがりました。

しかしですね、BA(ブロングアファフォ州、自分の任地がある州)でいじめられるじゃなくて、いじってもらえるいじめられキャラである自分が(ここでいじられるということは全隊員にいじられる可能性を持つことを意味します)、いじめられるネタを持ってあがるのは致命的であったことにあとで気づいてももう遅い。とにかく何でここにいるの?の大合唱。
いっしょにあがってしまえといった先輩隊員がフォローしてくれるわけがなく、大変いじられる結果となりました。あまりのいじられっぷりに全くいじってくれなかった普通の先輩隊員の反応におどろいてしまいました。

何はともあれ、わけわからない仕事とかもやらされながら、送別会は焼肉を食べにテマというところへ。ここはガーナで一番の食料品が多いところでここでは焼肉が食べられます。自分は初めてでしたがとにかく肉はうれしい。体重を量ったところ57キロと2ヶ月強で8キロの減量に成功していたわけですが、このままでは体力が危ういので・・・
送別会、歓迎会でありましたが、やはり送別会の意味合いが非常に強く、周りの仲間がその調整員、MCにどれだけ感謝しているかがわかった会になりました。あれほど感謝されて自分はガーナをされるであろうか。と考えるとちょっと
・・・

そのあとはボーリングへ。(ガーナで一箇所だけできるところがある)こっちはただの隊員の気分転換。せっかくだから参加してきました。しかしそのレベルの低いこと低いこと。というか、やっぱりしっかり手入れされてないのか、なんか変でした。それでもやるとなると賭けが始まってしまうらしく、自分はチーム戦でレーンごと勝負と個人勝負の両方勝負になりました。結果はチーム戦は2位(3チームで行われた)個人勝負は勝利という結果になり、見事自分の懐は10000セディの痛みですんでラッキーでした。自分に負けた人は110000セディでした。
あとで気づいたことですがこの地点ですでに金がなく、もし賭けで負けていたらそのまま借金生活でした。

そのあとはクラブへ。これは帰るといったのに半ば強制的につれていかれました。それでも調整員、MCと踊ったので良かったです。

そんな感じでその日は終了。
よく考えるとこれでもう2度と会うことはない。ということがなんとなくみんな分かったいたんですね。だからあんなに人が来たんだ。調整員の方はモザンビークに旦那がいるので最終的にはそっちに住むだろうし、MCも旦那が異国の人なので会えるかどうか、わからない。
これだけもう2度とあえなそうな別れというのも珍しい。日本にいるならどっかでばったりという可能性があるけど・・・
とにかくきてよかった。と思うそんな日でした。

本当に2年間お疲れ様でした。2人がされた感謝の半分でもされるようにがんばりたいと思います。

2年が終わるってのはどんな感じなんだろうね。心配も残るだろうけど、やっぱり充実感なのかな。しばらくある自由に心を躍らせるのかな。それともガーナが恋しくなる自分を想像するのかな。
協力隊員が任期を終えると充実感と共にある種の自信を手に入れるそうです。でもその自信は、日本で叩き潰されるのが普通らしいけどね・・・

以上


2月22日
今日は日曜日。ただひたすら任地に帰ってきただけなんですが、昨日かけなかったことを今日書こうかと思います。
それは自分に対する評価です。やはり教育実習はどうであったのか、そのことについて先輩隊員間で話になるらしく、それについて聞くことになりました。といっても本人に
「まだまだカスやで。」
といわれているので何を言われても別に驚くことはないし、別にそれだけいわれていれば、陰口もクソもないですからね、そんな中、聞くことになりました。まだまだという評価はやはりだったようですが、褒め評価もありました。
あれほど凹みから立ち直りが早い奴は珍しい。
それがあったのには驚きました。基本的に自分は気持ちの切り替えも早いほうであるし、プライドと呼ばれるものを全く持っていないとは言いませんが、いつでも捨てられるくらいの価値しかないものだと思っているので、そういう風になるのももっともだ。と思いました。
しかしですね、この評価は非常に危険です。まだ来たばかりで体力も残っているし、元気ですがこれから先、それが維持できるかどうかは怪しいもので。しかもそういう人間に対しては怒って伸ばすという育て方をすることが普通だと思われます。
鈍感そうで結構敏感だったり、気にしていないようで実は結構気にするタイプなので、これから先、いじられながら、怒られながらいったい自分の評価はいつになったら上がるんだろう。と思いながら生活していくのかと思うと、ちょっと憂鬱でもありますね。

追伸 ちなみにアクラから任地には6時間から7時間半くらいかかりますが、(こっちでは車がいっぱいになったら出発なので差がある)とにかくケツが痛い。あんまり上京ばっかりしていると痔になるのではと心配です。

以上


2月23日
本日は、昨日の残りのわかめの味噌汁を朝、食べようと思ったら、なんとでかいアリが数十匹中で溺れ死んでまして、味噌アリスープという新しい料理が誕生し、やったー!!!なんて思うわけなく、今週が平和に終わることを望むだけですな。
さすがにそのありスープを飲む気にはなれませんでした・・・

さて本日は上記で終わりにするつもりだったのですが、昨日、アクラにいってついでに持ってきた本を今日、読んだので、それについて書きたいと思います。読んだ本は「青年海外協力隊の虚像」石橋慶子著である。

青年海外協力隊で来ていながらこんな本を読む。というのも乙なものだ。と思って読み始めた本であるが、この本はひどい。
というと語弊があるな、この本の作者の派遣はひどい。ホンジュラスというところにコンピューター関連で行って仕事がない。周りの協力隊員はどうしようもない。調整員も所長もだめ。と救いようがない。
これが協力隊員の数年前か、それともホンジュラスだけ特別なのか、どっちかはわからないが、少なくとも今、自分が来ているガーナはこの本に書いてあることに比べれば非常に良い。といえる。
仕事はあるし、周りの先輩隊員は働いているし、いろいろな手続きはみんな正当に行っているし、仲も悪くない。
もちろん、ガーナでも女を買っている人もいるがそれはごく少数の人間である。ガーナではマックンバーと呼ばれるクラブがあり、そこではもちろん踊るのだが娼婦の方々が相手を探す場所でもあり、何人かはそのままどこかに消えていく。自分は最初、何も知らないまま、クラブに行くからといわれ、何でもやってみようと思っていたのでいってみたらあまりの風俗女性の数にビックリ。昨日は半分拉致られて連れて行かれましたが踊っておしまいです。
正直、日本でも女性を買った事がないのにガーナで買えるかっちゅうの。
そんなところに行ったことがあるの?といわれるとそっちのグループか。という目で見られ、決してこの本にあるように武勇伝として語ることなどできる雰囲気ではない。

この本を読んで思ったのはやはり協力隊員のというか協力隊員そのものの変化である。やはりここ数年で少しは変わっているのではと思う。この本に書いてあるようなことは(例えば協力隊員の数人かはエイズになって帰ってくるはタブーになっているなど)訓練所にはなく、伝えられているし、このような派遣は無駄というものを削減している。といったレポートも見た気がする。後任を要請するか否かはその隊員の報告次第なので必要のないところにはいかないようになっていると思う。

しかしこの協力隊を自分は絶賛する気はない。というのもガーナの問題点を先輩隊員たちが語るのをすでに何回も聞いたが、そのことは(例えば高校からの派遣ではもう教育は遅いとか、計算機を使わせるのは問題など)ずっと前の隊員から言っていたような気がする。しかしそれが改善されずずっと同じことが言われているのは問題だ。
ただし、教育の問題はそんなにすぐ変えられるものではなく、やはり外国人から干渉されたくないプライドも存在し、また変えたくても人間が不足していたり費用がなかったりとそういう問題を抱えていることをつけ加えておく。

最後に協力隊は自分が訓練所にいるとき、つまり2003年の10月より独立行政法人となり、トップも緒方貞子さんに変わったので変わらなくてはいけないのは言うまでもない。それが末端である各国まで行き届くまでどのくらい時間がかかるのか。という疑問もあるが、変わっていくことに関しては誰もが求めることであろう。

その一つとして書きたい放題書いているこのホームページが認められるとうれしいものだ。

以上


2月24日
今日の一言
「のどもと過ぎれば熱さ忘れる。時がたてば怒り忘れる。」

さて本日も普通の授業ですが、火曜日ですので例の追い出した生徒のクラスで授業があります。このクラスは先週金曜日にも授業があったのですが、そのときに学級委員が
「先生入れてもいいですか?」
とたずねたのですが自分は
「No」
とどんなに頼まれても認めませんでした。追い出す前に初めからいないというのはやけにいうこと聞くではないかと思ったのですがしばらくは許してやらないで思っていたわけですが・・・今日、許してやりました。
というのも授業が終わること、練習問題をしているごたごたな時にこそこそっと入ってきて友達からノートを見せてもらって写しているのを見ると人間、許してやりたくなってしまうもので・・・

追伸 明日から陸上競技大会があります。これは校内の代表決定戦なんですが、その練習をするというので参加してきました。正直なところ、いっしょに走った感想は黒人だからといって特に速いわけではなかったような気がします。自分はジーパン、サンダル、眼鏡装備で走ったのですが普通に走れる奴と同じくらいだったかな。万全であれば間違いなく抜けました。スピードという面に関しては日本の平均とあまり変わらないような気がします。(自分は高校ではやいほうであった)
ただ大きく異なったのは走り高跳び。彼らは背面とびなどという言葉は全く知りませんが、普通にひざを曲げて飛ぶだけで170を飛び越えます。彼らに背面とびを教えたらいったいどれほど飛ぶのか、わからないくらいです。170を飛んだのはそれでも飛べるほうの人間であったのですが、それでも5人くらいは。地方の一学校で170を立ち飛びできる学校は日本はないですよね。

以上


2月25日
今日の一言
「イベントがあるといろいろわかるもんですな。」

さて今日は陸上競技大会でした。自分はタイムキーパーという仕事を与えられまして、この学校でこういう仕事を与えられたのは初めてでして、なんかちょっと認められているのかな。なんて思いつつただ下っ端だからやらされたのか、どっちだかわかりませんが・・・(たぶん後者)
しかし今までは基本的に授業をやる。ということがメインでガーナ人と共同で何かをするということがなかったので、今回のことはまあ、いい勉強になりました。
まず最初にこのことは先輩隊員から聞いてはいましたが、その現場にあったのは初めてです。ガーナ人は間違いを認めない。とにかく認めない。タイムキーパーですから用意スタートでボタンを押さなくてはいけませんが、彼らは間違いなく遅れて押してんのに
「お前がはやい」
って言うんですよ。しかもそのタイムは間違っているのがわかっているからごまかして言う。間違いがわかってんのに、お前が間違っているという。この精神はホントむかつきますね。あと一度だけ自分もスタートに気がつかなくて遅れたのですが、ここぞとばかりに遅れただろ。とつっこまれました。そのときは200メートルの最初でスターターの場所に気がつかなかったのですが、ガーナ人は大喜び。(ガーナ人といっても1人です。名前を出してもかまわないな。たぶんホワイトという名前です。黒人なのにって言う突っ込みは禁止)
このあとわかっていくんですが、こいつはホント使えねえ。
彼は何度もタイム計っているのに失敗するんですよ。100メートルが5レースくらいあって3レースくらいに失敗するんですよ。
「何でやねん。こいつ」
と何度思ったことか。
ここはガーナですから組織運営などはそんなに優れているとはいえません。どこもかしこもそうなんですが、でもうちの学校は結構良くできてましたね。日本でもこのくらいのスピードで進むこともあるのではくらいで進んでました。それでも時間が余っていろいろ話す時間ができるわけです。そんでホワイトさんと話したわけです。どうやらマンチェスターの大学に3ヵ月後くらいに行ってそのあと日本とかの大学に行きたいと話していまして、結構すごい人なのかと思ったのですが・・・
ガーナですから、ストップウォッチの数もたいした数はなく、数個はデジタル時計のストップウォッチ機能を使って測っているわけです。カシオもあれだけ使ってもらえればストップウォッチ機能をつけた甲斐があるわ。くらい使ってましたからね、それを最初、ホワイトさんが使っていたわけです。しかしもうたびたびミスる。そんで自分はストップウォッチを使っていたので変えてくれ。と言い出すわけです。
んで変えてやったら
「使い方わかるか?」
とか、聞いてくる。最初に俺が使い方、お前におしえてやったんだろ。ってーの。ひどいもんです。

明日に続く

追伸 ガーナ人でも暑い中、5000メートルも走ると倒れるようです。一人倒れました。しかしなにがすごいかって心配しない。あー倒れちゃったくらいな感じでした。さすがに病院に連れて行ったらしいのですが・・・

追伸2 夜、かさこそと音がしていまして泥棒か、と思い普段よりもきっちり鍵をして(2重にって意味)をして部屋に戻ってもまだ音がする。何かと思って調べてみるとビニールのところに虫が。その虫。ビニールで滑って上に上がれなくなっていました。なんか筒状みたいな形になってて入り口は一つしかない。そこからあがれない、虫。ゴキブリではありませんでしたが、なんかあまりいい気がしなかったので殺虫剤です。いつもは殺虫剤をかけるとすぐ虫は逃げ出して数回当てないと死なないので逃げられることもしょっちゅうなんですが(最近はスプレー使わずたたきころす)今回は逃げられない。直撃だと3発で死亡という事がわかりました。

以上


2月26日
今日の一言
「使えねー奴はやっぱり使えねー」

さて昨日に引き続き今日も陸上競技大会です。実はこの陸上競技大会、ミッドタームホリデーという学期中の連休に行われているので実は昨日の午後から休みですが、これに参加です。
さて今日もタイムキーパー。例のホワイトさん。って言うかもうさん付けやめ。ホワイト。もうやりたくないと仕事拒否です。でもしばらくすると何もすることがないのか、しぶしぶきてやり始めてましたが、それでもまたミスるし。自分は昨日から言葉は達者ではありませんでしたが仕事はきっちりやっているので文句はいわれませんが、彼は・・・
彼もどうやらこの学期の頭から来たらしくほかとあまり親しくないのか、自分にばっかりよってくるのですが、とにかくあっちの日陰に行こう。とか休もうとか飯食いにいこうとか、もう1人で行けよ。お前はいったい何歳だ?と何度日本語で独り言をいったか。でもなんかまだ負けてないところを示したいらしくフランス語とかしゃべりだしましたが、あまりに何回もやってむかついたんで日本語で話しかけてやったらさすがにやめましたが、ホントこいつは使えねー。日本だったら絶対友達にならないタイプでしたね。
陸上競技大会が終わったら招待してないのに家まで来て日本の住所電話番号教えてくれ。とかいっしょに大使館に行って日本のビザとってくれ。とか図々しいこと極まりなし。(ガーナ人が日本のビザを取るのは相等難しいみたいです。それなりにしっかりした人でないと取れない。)彼が取れないって事はそういうことだと思います。ホントにマンチェスターに行くのか怪しいもんです。あれじゃ、通用しないよ。と思いましたね。日本なんか絶対無理だよ。

とまあ、悪口ばっかりかいているとガーナの印象が悪くなるので、良いところを。やっぱりガーナでは仕事がいい加減ということは多々ありますが、ほかの先生はしっかりやっていました。暑いのに。特にスポーツマスターであるアチュアヘン先生は1人で走り回って1人で組織してました。彼はすごい。彼は日本に行っても通用しますね。
ちょっと誤解のないようにいっておきますが、通用するしないは、現時点では
勤勉に働けるか、どうかを基準にしていますのであしからず。
そんな感じで競技会自体はうまくいったのではなかろうかと思います。

ほかの感想を言うと名前を意外と覚えられてないですね。親しい先生までたまにオブロニと呼ぶのはやめて欲しい。あとは前任の大久保さんと間違えるのもやめて欲しい。お前らたった一人の名前おぼえるだけやないか。と突っ込みかったですが、英語ではできません。

追伸 赴任当初に頼んでおいた本棚がやっとできました。よく考えると頼んで一ヶ月くらいたっていますが、大工のおじさんは母親がなくなって葬式とかにいっていたらしいのでまあこんなもんかとおもいます。
おかげで今までソファの上においてあった本や洋服などすべてそこにおきまして部屋が美しくなりました。家具がないうちに一つでもできると大きいですね。
以上


2月27日

今日のひとこと。
「最近の自分の文章はひどい。」

さて奇妙なことですが、ガーナという土地に来て、本を読むということが日本よりも多く行われています。日本にいるとテレビやインターネットをしている時間が多かったせいで、新聞やインターネットの記事を読むことはあっても本を読む。という習慣はほとんど皆無になっていました。しかしここガーナでは両方とも自分の家には存在しません。それに夜という時間が外に出ることは基本的にしませんから時間が多く存在します。というわけで本を読んでしまうんですね。
ガーナで本を読むといっても日本語です。毎年、誰かが気になる本を送ってもらったり協力隊員予算の一部をそこに回したりしているので、それなりに本を手に入れることができます。

そんな中、気になるのが日本語の文章について書かれている本です。そういうのを読んでいると自分が書いている文章がいかにひどいものであるか、それを感じずにはいられません。気になることといっても別に今日のように文語で書く。とかそんなことではなく、その構成や技術です。

細かいことですが、ちょっとづつチェックして行きましょう。

まず構成について。
ひどくなったのは協力隊の訓練所に入ってからである。あの時はどのようなことをしているのか、それを詳細に記すことが目的であったために一日何をしていたか、それを書くことに一番の重点を置き、また自分が思ったことを付け加えるというスタイルをとっていました。あったことを記してその後、感想を書いたこともあればやったこと、感想、やったこと、感想。という順番もばらばらであった。
しかもそれほど余裕を持って時間をとることができなかったため、全くといっていいほど練られていない。
内容のほうは、とりあえずその場で思ったことを思い出して書いていくのである。これの一番の問題点は主題がない。ということだ。文章がとにかく平坦で山があっても数が多いのでどうしても良くない。長野には高い山がいっぱいあるがいっぱいあり過ぎてありがたく感じないのと同じである。自分が満足している文章を書いているときは、それなりに何を書くか考え、それを示してきた。つまり山の高さも高かった。結局、訓練所時代は時間もなかったし多くの事柄があったので一つ一つも薄かった。山も低かった。そこが問題点であった。

ちなみに前の文章は書きたい主題があったために意識はしていないが起承転結になったりしている文章すら存在している。あったことをそのまま、おっていくというスタイルの文章も存在しているが、その文もそれなりにまとまっているので自分の中では満足している。
しかし基本的に自分は文章を推敲するということはいっさいしない。その場で勢いでタイピングし消すことはない。というスタイルをとって書いてきている。そのため失敗も多く存在している。このようなスタイルをとっているのでしょうがないといえば、しょうがないのでは。とも思う。

うーん、上の文章も何が言いたいのか、よくわからない。ちなみに今回は推敲してみたのにもかかわらずです。
つまり言いたいことは「訓練所に入ってから、時間にそってあったことを書いていく」という文章を書き続けたために今までの「それなりのスタイル」が崩れてしまったってことですね。

んで、これからどうするかって言うと最近書いているみたいに、今日の一言で書きたいことを書いて、内容を一点にしぼって全体がぼやけないようにしたいと思います。

次に技術について
これは本を読んでみなかったら、意識しなかったであろうことです。具体例をあげると段落変え、点の打ち方、修飾語の順番、などなど小学生でもそれなりにやっているけども正確にどうするんだ?といわれると困ってしまうようなことです。
今まで迷うことはあってもなんとなくで段落を変え、点を打ってきました。本当に厳密にここで段落を変えよう。ここは一まとまりだな。と思って変えたことなどあっただろうか。と反省したわけです。そればかりに意識がいって、本文がだめだと話にならないので少しづつ、気にしていきたいと思います。

さてここまで書いてみて、やっぱり常体(だ。である。)と敬体(です。ます。)がいっしょになってしまう自分の文章。小学生のころから直っていません。これも意識したいと思います。

今まではとにかく書きたいように書いてきてぶっちゃけ、読み手のことなどほとんど考えてきませんでしたが、これから人生長いですから読み手にわかりやすい文章を書きたいと思います。
しかし全部書き終わって読み直すではおもしろくないので書いているときに読み直していきたいと思います。

以上