ガーナトップ青年海外協力隊ブログ>その10見えている・・・?

ガーナより一言
「まだまだ始まりません」

さてあれから一週間たった9月27日。
実質今日から学校が始まったことになっています。しかし生徒の出席はそろそろ半分を超えたころでしょうか。まだ時間割が決まっていませんからきてもしっかりオーガナイズされていませんから大半の時間が自習になります。生徒もそれを知っているので帰ってこないのでしょう。
先生たちは生徒たちに早く来い。と毎回言うようですが、そういうことを言うなら早めに時間割表を作っておき、学校が始まるといった日から授業がしっかり始まるようにしておくべきであるとオブロニ(黒くない人のこと)は思うのですが、ここはガーナ。しょうがない。と自分はあきらめていますね。

いつになったら時間割表が出来るのでしょうか?

自分は何をやっているかといえば部屋の掃除をしたりいろいろな食料の買出しをしたり、本を読んだり、近所の子供と遊んだりとまあそんなことをしています。
学校でも暇な時間に行って何か質問はないか?と聞いてそれに答える。そんな授業を繰り返しています。
他の先生も熱心な先生だけは学校に行ってあいてるクラスで授業しています。

これがガーナの当たり前。
以上


ガーナより一言
「なぜ夏は暑い?」

ただいまガーナに住んでおります。ガーナは北半球です。赤道が非常に近いとはいえ、北半球です。今、約10ヶ月近くすんでおりまして、日の揚がり下がりも時間差があることを確認しております。言うまでもなく来た当事の12月、1月に比べて今の方がだいぶ日が長いです。
ガーナはしかし1月の方が今より暑いです。日本の季節感覚で言えばガーナは、夏の方が涼しく、冬から春の方が暑いです。その理由は、雨季、乾季です。2月ごろが乾季で6月ころが雨季の代表の月って所でしょうか?そういうわけでガーナでは日本とは感覚が違うわけです。
そこで気になる。
どうして夏は暑いんだろう?
日本の夏が暑いのは、日照時間(ここでは日が出てからしずむまでってことで)が長いからだよね?地軸が傾いているからだよね?
でも日照時間が長いガーナはその時期、雲がいっぱいあるから暑くない。
日本の冬だって日照時間が短いから寒いんでしょう?
緯度が大きくなればなるほど寒いのは日照時間が短いから???
うーん、まあ日照時間という問題もあるでしょう。あとは寒流、暖流と風ですよね。でもそもそも風ってのは自転から起こっているから。でも大陸とかの関係でまたちがうか。
寒流、暖流はどうやって決まっているんだろう?海底火山かな?
なんて考えていくとただ夏が暑いって事に関しても本当に正確に説明できない。場所によって条件が全然ちがうから。
なんてことを考えてしまうガーナ生活でした。


今日の一言
「いい気はしないな」

さて新たな仲間が加わることはいいことも悪いこともあります。その中で今日はあまりいい気はしないことを書きたいと思います。
えー、うまく書けないのでありのままを書きます。

「あの人の行ってた学校って結構頭のいい学校だったんだよ。」
「あの大学ってあの人みたいなまじめの感じのする人ばっかりだったよ。」

どっちも嫌な感じ。それを捨てたからこんなところにいるっていうのに。
それを捨てたからこんなことしてるっちゅうのに。

それでまた周りが変わったような気がするのもまた嫌な感じ。

他人のことを見ないでうわさで判断するのはやめましょう。と思った自分でありました。特にわけありの人はね。


ガーナから一言
「初の38度超え」

いやー、ビックリしました。ガーナに来て10ヶ月弱。初めて体温が38度を超えました。正確には38度4分。おかげで任地で初めてマラリアキットをやってしまいました。正直言って原因が全くわからなかった。別に特別風を引くようなことは何もしていませんでした。熱の原因考えられる第一要因マラリア。みたいなそんな感じな状態でした。結局は違ったので問題なし。良かったんですがじゃあ、原因はなんだった?というと・・・
たぶん「筋肉痛」です。
そんなことってあるのかな?でも考えられるのはこれだけなのでたぶんそうなんでしょう。

前日、えー、ずーっと運動不足だったのでそろそろ運動をしようと思って体を動かしました。縄跳び、バットの素振り、スクワット、腕立て、腹筋、背筋。とりあえずトレーニングです。そしたら見事に次の日、筋肉痛が襲ってきまして、腕、腹筋、背筋、ハムストリング君が悲鳴をあげました。んで体がだるくてだるくてしょうがない。筋肉痛でふらふらするな。と思っていたらなんか熱い。というわけで熱を測ったら38度4分だったんですね。でも症状はふらふらする。熱いボーっとした感じ。だけだったんですけどね。

マラリアキット(ある所に血を数滴たらして染み込ませある液をその上からたらすとクロマトグラフィみたいにその液があがっていって線を示す。その線が一本だとマラリア陰性、2本だと陽性)が陰性で一安心。そのあと体中にシップを貼って、あとは熱サマシートをおでこに貼ってパブロンを飲んで寝ました。昼寝と夜寝で次の日からは何事もなかったかのように全快。

うーん、書いてみても原因はどう考えても筋肉痛だな。そんなこともあるのかなー?人間の体って不思議。

ちなみに協力隊員は派遣される前に大量の薬が配られます。日本で一人暮らししてたときの3倍から4倍くらいの薬を持ってます。(まあ、買えなかったりするからね)それでも熱サマシートは先輩隊員が残していってくれたものです。たぶん、家から送ってもらってたんでしょう。感謝です。
以上


ガーナから一言
「カレーは高級品です!!!!」

ガーナに来てもう10ヶ月になりました。今週の土曜日、初めて任地でカレーを作りました。
自分は、実は結構なカレー好きです。大学時代のメインのバイトはカレーハウスココイチバンヤでした。このバイト先のまかないはもちろんカレー。月に25日働いてもひたすらカレー。それでも自分は全く嫌になったことはありませんでした。毎回、具をかえ、500グラムを食べていました。平均しても月に15回はカレーを食べていました。自分の体はカレーで出来ている。といってもいいくらいカレーを食ってきました。それほどのカレー好きです。
そんなカレーをしばらく食べていなかったです。その理由は肉。ガーナの地方都市でポークを手に入れるというのは至難の業です。日本からカレーのルーを送ってもらってはいたものの今まで作らずにいたのはそういうわけでした。しかしそんなことを言っていてはせっかく送ってもらったカレールーが無駄になってしまう。というわけでゴート(ヤギ)の肉でカレーにチャレンジしました。
しかしいざカレーを作るといっても日本から送ってもらったカレーのルーは限られています。貴重品です。あれほど気を使って料理したことがあっただろうかくらいの気を使ってのカレー。まずくなったらなんか洞窟で宝箱を見つけて開けてみたら中は泥だった。みたいなそんな感じになってしまいます。それほど自分の中ではカレーは楽しみ。小学校の給食のカレーよりも楽しみでした。
お米ももうちょっとしか残っていない韓国米を丁寧に研いで、炊いて、ふかしの時間もいつもより余計にとる徹底振り。カレーも多く作る方がおいしいから一気に10皿分を作りました。煮込み時間も多めにとります。
腹が減ってグーっと鳴ってもしばし待つ。
・・・
いよいよ試食。
とってもうまいですーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
ゴーツ肉でもカレーですから、においは気にならないし、内の近所のゴーツ屋さんはうまく処理しているのかなんだかしらないけどやわらかい。久しぶりの至福の時・・・文句を言えばちょっと肉が足りなった。でもうまーーーーーーーい。
というわけで土曜日の夜から日曜3食。冷凍させて月曜の夜までカレーを食べてしまった自分でありました。
戦後の日本はカレーは高級品だったと聞きます。ココイチのカレーは牛丼がどんなに安くなっても値下げしませんでした。理由は「カレーは高級品」だからでした。当時は
「何言ってんだ。バカヤロー。売り上げ下がってるぞ。」
と思っていましたがその理由がわかった出来事でした。


今日の一言
「信用するのは器用な人?不器用な人?」

世の中にはやっぱり器用な人と、不器用な人が存在します。人付き合いに関してです。誰とでも仲良く出来る人もいれば、全然だめな人もいる。ただ広く浅い人もいれば深く狭い人もいる。どういうのを器用と呼んでどういうのを不器用と呼ぶのかはよくわかりませんが・・・
自分は人付き合いに器用な人より不器用な人の方が好きです。自分も「つかず離れず」は出来ますが、それをやっているとだいたい向こうから離れていきます。自分は不器用な方です。自分の事話すことが好きじゃないしね。
実際どうか、わからないけど、人間には容量ってもんがあるような気がします。
自分は友達関係は狭く深い人間だと思います。今、周りに残っているのは小中学校時代から数人、高校1人、大学数人。全員が親友レベルだと自分では思っています。全部で10人くらいかな。一人の一人のことはそれなりに良く知っているし、彼らの誕生日なら忘れることはほとんどありません。非常に少ないけど一人一人を大事にしています。
それが40人、50人になるとたぶん、無理だと思います。一人、一人大事に出来ない。
不器用な人の方がまだ容量が残っているような気がするからかな?というわけで不器用な人のほうが好きです。

追伸 この文はずっとネタとしてたまっていたことです。しかしなんとなく書きづらい文でした。うまく表現できないと言うか、なんて表現したらいいか、わからなかった文です。実際に書いてみて、思っていることの半分もかけていないような気がします。しかしそこから先は書けません。さてどうしてでしょう?


ガーナより一言
「ひょっとして癒しがないんじゃない?」

先週誕生日を迎えました。ガーナにいて携帯電話とかもありませんから、連絡はEメールだけ。それも州都スンヤニまで行かないと見れません。ということで誕生日祝いメールを見に行きました。
ガーナにいるからしょうがないとはいえ、それなりにメールがくるんじゃないかな。と思っていた人、数人からは来ていませんでした。5人ほどありませんでしたね。それでも期待していなかった人3人から来ていたので帳消しといったところでしょうか。
まあ、そんなメールを読んでいてだいぶ癒されている自分を発見しました。とここで思ったのです。ガーナでは癒しがない。
今まで真剣勝負がない。食べ物(日本食)、女、娯楽、洋服がないといろいろ書いてきましたが「癒し」がない。ほっと休まる何かがないんですね。これを人は寂しいと呼ぶんでしょうかね???
しかしほっとするとどうなるんでしょうね。ほっとしないとどうなるんでしょうね。ほっとするとたしかにいい感じです。精神的に落ち着くんですかね?でもほっとせんでも落ち着いている人は落ち着いているよね。ほっとすると心が満たされる気がするのかな?心が満たされるって何?
人間別にほっとしなくても生きてはいけると思います。でもストレスがたまるのかな?別にストレスを感じて自分は生きてないな。
よくわかりませんね。これを寂しいと呼ぶのかどうかもわかりませんね?ほっとはしたいけど誰かに会いたいわけではないからな。なんか読みなれて本をもう一回読むとほっとしたりしますよね。ってことは寂しいではないんだね。
まあ、癒しはあるに越したことはないな。
癒しの言葉募集中。掲示板か、私書箱まで。


ガーナより一言
「最近の授業は自分色がでてるな。」

ガーナで数学教師をしてもう10ヶ月になりました。ガーナは9月から新しい年度が始まり、自分も新しい生徒をみることになりました。
正直なところ、今までの授業はガーナのことはわからないというのもあったし、英語に自信がないというのもあったので無難な授業をしていました。しかし最近というか今年度になって自分色が出ているような気がします。
今までは数学を教えるということに重点を置いてきました。今でもそれは変わりませんが、それ以外にも勉強するに当たって何を注意しなくてはいけないのか?自分はこういう風に考えているからこういう授業をしているんだなどそういう話もするようになりました。先生というものになれ、ガーナ高校数学全体が見えたのも関係あると思います。
具体的に書いていきますと、ガーナではとりあえず今解ければいい。今を切り抜ければいいというところがあります。(それは別にガーナだけではないかもしれません)今、先生のチェックが欲しい。といってサー、サーとよく呼ばれます。他人のノートを見て答えを写したりもしています。
答えを出すときの過程を説明します。しかし何でそんなものが必要なんだろう?と生徒はわかっていません。特にガーナの数学教育は暗記です。ただ問題を見てただ答えを覚える生徒までいます。そういうときに
「重要なのは今ではなく、クラステスト、学期末テスト、そしてSSCE(日本のセンター試験みたいなもの)で解けるのが重要なんだ。今は答えが間違ってもいいんだ。理解しているかしていないかが、重要なんだ。つまり過程をわかっているかが重要なんだ。」
とか
「いいか、ここは公式を覚えるのではだめだ。というのも今はいいが未来は絶対に似たような式と混同する。混同しないためにはこの部分を覚えるのが重要なんだ。」
とか。自分の授業の中に計算タイムというを作っています。
「なぜこの時間が必要なのか?それはSSCEでは90分で50問を解かなくてはいけない。1問あたり1分48秒、2分弱で解かなくてはいけない。そうするためには掛け算で計算機を使っていたのでは絶対だめだ。」
など。なんか自分の中ではだいぶ先生らしくなったかも。なんてうぬぼれちゃったりして・・・。
怒る方でもよく怒るようになりました。特にガーナでは(別にガーナだけではないと思いますが)言い訳がすごいのです。遅刻すると「家が遠い。」必ず言います。そんなもん時間がかかるのがわかっているのだから早く出ろよ。と当然思うわけですから本気で怒ります。中途半端だと他の生徒が笑って腹がたつのでマジで怒ります。近距離でおでこがあたるくらいの近距離で怒ります。最近あったのが遅刻してきた生徒に「この時間が何時に始まるか知っているか?」と聞いたら「知らない。」と答えたので「1年生に行け」って怒りました。(自分は2年生担当)
宿題をやってこなかった生徒は「ノートを貸していて」とか、全部明らかにおわってないのに「俺はやってある」とか言う生徒には怒鳴ります。これも近距離で。
あとは寝てる生徒はあっという間に外に出します。一度、外に出しても平気で窓から他の生徒とはなしていた生徒がいたので胸倉とっつかまえて校長の所に連れて行きました。そのときは校長がいなくてベテラン先生に渡しました。その生徒は結局ケインでたたかれてました。しかも手や尻ではなく背中。自分はたたかないと決めているのでしようがありません。
他にも2回連続で寝た生徒に、校長のサイン持ってこないと2度と授業受けさせない。と行って授業を追い出したりしました。その生徒は親父がいなくて家族2人でとか他の生徒が言い訳に来ましたがいっさい関係ありません。ちなみにその生徒は根性があって持って来ました。校長がいなかったので教頭でしたけど。
怒ることに関してはいいのか、悪いのか、知りませんが話をする。ということは良いことだと思います。やっぱちょっと進歩したかな?
以上


ガーナより
「最近、格闘中の・・・」

最近、ずっと格闘している奴がいます。もうその格闘回数も5回を超えたと思います。今日も格闘しました。しかし今日、もう敗北宣言、ついに負けました。
格闘の相手は扇風機。
ガーナも雨季から乾季になろうとしています。雨季はやっぱり曇っているので日が照っていません。だからそれほど暑くありませんでした。しかし乾季が近づいてくるにつれて日が出るようになり、暑くなってきました。というわけで扇風機の登場です。この扇風機、先輩隊員からもらったものですが、だいぶ伝統ある品らしく、もらったとき、ガムテープが貼ったり部品が外れたりするものでした。それをもらったのはこの前の乾季が終わろうとしているとき、もうそのころから調子が悪くなっていました。まあ、そんなころ乾季が終わったのでほって起きました。しかしそのころから原因は良くわかっていませんでした。その扇風機、一日回すと回転が止まるのです。なんかが抵抗になってる感じで回らない。自分の手で回そうとしてもまわらないのですから電気の力で回るわけがなく、そういうわけで一日回して止まった後は分解して組み立てるとまた回るのでそれでだましだまし使っていました。
そして一週間くらい前、ついに原因を発見。ある部分にさびが詰まっていたのです。それを油を使って取り除いたあとは満足感に包まれ、もう扇風機で困ることはないな。なんて思っていました。しかしやっぱり一日回した次の日には止まりました。たぶん、原因はかみ合わせ。簡単にいうと扇風機は磁力中で電気が流れることによって力が起こり、それを使って回しています。それが微妙な位置関係で成り立っているのでしょう。それが何回も解体しているうちに微妙にずれてしまったらしいのです。特にさびを取るときに無理にはずした部分があってそこが原因だと思われます。ということでその微妙な位置の調整をここ一週間していました。しかしこの前あたりから漏電するようになりまして、いよいよあかんな。と思いながら痛い痛い言いながら何とか直していたんですが、今日、もういつも触っても大丈夫なところを触って感電しました。
自分、昔から日本のコンセントで感電したり、静電気の実験やって感電したりしていたし、たぶんMだから、普通の人より感電は大丈夫なのです。現に隊員宿舎のパソコンが漏電してたとき、周りは触るのを嫌がるほど痛がる感電、あんまり痛くありませんでしたからね。
しかしガーナは電圧は250ボルト。日本では100ボルト。単純に痛さ、2.5倍。さすがに痛いです。正直言ってしゃれになりません。今日の感電は左手の薬指がメインで左手全体にきたんですけど、薬指は2時間くらい痺れが取れませんでした。
ということでもう直すのはあきらめました。新しいのを買いたいと思います。しばらくはお金をおろしに行く予定がないのでバケツに水入れて足突っ込んで涼みます。
昔の日本は、壊れたら直す。だめならバケツで涼む。なんてそんな生活を送っていたんだろうな。なんて思いました。大量消費、壊れたら捨てるもいいけどこんな生活も悪くないな。なんて思ったガーナの日々でした。


ガーナより一言
「言われてみれば・・・」

ガーナで協力隊員をしておる自分であります。
周りの先生や生徒は日本に憧れを抱いているものです。というわけでそういう話をするものです。そこであった会話の中から一つのシンリがあったのでそれを書こうと思います。
その話は数学の先生との話でした。(注、ガーナでは現地語があります。しかし学校では英語を話すことになっています。性格にはわかりませんが、小学校では現地語を習います。高校ではすでに現地語という教化はありません)

日本では英語使って数学教えんの?
いや、日本語。
常日頃から日本語?
うん、日本語。
英語は使わないの?
ガーナといっしょで英語の時間はあるけど、基本的に日本語。
日本人って英語しゃべれないの。
うん。だから日本に行きたいんだったら日本語覚えなければだめだよ。
えいっ(ガーナの驚いたセリフ)

という会話が行われました。しかし思ったんです。彼らに言わせばそれが不思議なんだな。って。彼らにとって現地語は小さいころまでそこからは英語を話すのが当たり前。だから日本でもそうだと思ったんです。でも違う。世界では同じマイナーな地方言語なのにもかかわらず。少なくてもガーナの現地語はガーナだけじゃなく、マリとかでも使えます。でも日本語は日本でしか使えない。それでも日本人は他の言語を日常的に使わない。
そこには歴史があり、その国の強さが出ているところにシンリがありますね。

注 ガーナでは地方言語といってもメインにチュイ語があってそこにエベ語だったりゴンジャ語だったりいろいろあります。そういうことも原因だと思われます。


あたりまえ 

○ガーナでは驚くと「えいっ」って言う。
○基本的に現地食は手で食べる。ご飯ものだけはスプーンを使うことも。そのためか知らないが手の皮は非常に厚い。
○人間はすごいフレンドリーで近所づきあいがある。生徒とか必ず自分の授業道具とか持ってくれるし、近所の人に頼めば対価がなくても洗濯してくれたりする。
○シャワーは水。ガーナ人はきれい好きなので朝、夕方2回が普通。
○自分は料理でガスを使っているが、隣のガールズホステル(女子寮)はじゃコールポッドと呼ばれる炭を使って料理する器具を使っている。その家のレベル次第であるとおもう。
○洗濯は手で洗う。ここではKEYSOAPと呼ばれる黄色い石鹸がメジャー。
○食べ物はもちろん自炊。買うときはマーケットと呼ばれる市場に行くのが普通。自分のところは金曜日がマーケットデイで多くのお店がでる。普通の日でもそれなりにかえる。ちなみに近くの大きな町スンヤニは水曜日。ここは本当に大きい。
○飲んでいる水は、隊員はガーナではろ過器が支給されているのでそれを使い沸かして冷やして飲んでいる。しかし一般のガーナ人は不明。たぶんそのまま飲んでいる。しかし素焼きのつぼに入れておくと水は冷えるのでそれを飲んでいるのではと思う。外では、アイスウォーターとピュアウォーターと呼ばれる二種類が売られている。アイスウォーターはたぶん汲んできて冷やした水。ピュアウォーターはたぶん何かを通して浄化してある水。値段は後者の方が高い。300セディ。
○冷蔵庫は洗濯機に比べて間違いなく普及はしている。同僚の先生のうちにはあった。これはよく市場に行くと色を塗り替えているのを見かける(塗り替えると新品に見える)
○1ドル=9000セディくらい。変動相場制で毎日変わっている。近年だんだんセディ安になっている。それと同時に当然インフレも進んでいると考えられる。
○ガーナでは基本的に隊員間の連絡は無線によって行われている。長距離無線。短距離無線があり、短距離無線は首都のアクラ近辺にいる人が使っている。平日は5時半あたりで定期更新がある。(最近水曜日なくなった)とりあえず無事であることの確認がメイン?だと思う。最近は携帯電話も普及してきた。先生どころか、たまに生徒が持っているのも見かける。事務所からそれを貸与している。事務所の方針としてはいずれ全員に貸与する予定らしい。アフリカの協力隊の中でも無線はだいぶレアらしい。
○寝ているときは、隊員は基本的に蚊帳で寝る。蚊帳は自分で持ってきたものだが、蚊取り線香、虫除けスプレーはただで供与される。もちろんマラリア対策のためである。ガーナではマラリアが近年まですごい人数がかっていた。しかしあるMC(メディカルコーディネーター)の出現により激減した。(本当に最近その人は任期を終えて帰った)どうやら簡単な風邪とかでも医者に行くとマラリアと診断されていたらしい。それをきっちりマラリアかどうか、チェックを行った結果激減したらしい。
○寝ているのはベッドです。たぶんガーナ人もベット。隣の女子寮もベッドです。
○電気、水道はあるにはあります。電気はほとんどのところにあります。ただよく停電します。水道のほうは隊員の家には基本的にあるみたいです。ただし蛇口があるだけという家が多いみたいで水のタンク。を使っていたり、ポンプで水汲みしたり生徒に持ってきてもらっている隊員もいるみたいです。北のほうに行くと水は深刻で給水車が出ているところもあるみたいです。もちろん断水も起こっていると思われます。首都でも実際によく起こっていました。しかし自分は恵まれている土地でほとんど両方とまりません。水なんか絶対首都よりもとまってません(ほかの隊員の方すいません)
○生徒は授業中には青いペンを使う。製図とかそういうときにしか鉛筆は使わない。シャーペンというものは見たいことない。
○授業中、よくほかの先生が生徒を呼びに来る。正直、やめてほしい。先生がそんな感じなので生徒のほうもトイレに行く。とかいってよく出ていこうとする。
○まだ3ヶ月しか過ごしていないからたしかではないが乾季は雨は夕方しか降らない。スコールのほうに降るが、日本よりも天気が悪くなってから振るまでが遅い。そのため避難が可能。
○ガーナ人にとって予定は変わるのが普通。
○生徒は学校に朝の7時までには生徒は学校に来なくては行けません。その時間から朝の掃除が始まります。格「ホーム」と呼ばれる塊になって学校の掃除をします。うちの学校は4つのホームがあります。しかし全員が来ているわけではなく、ホームに属していて来てはいるのですが箒の数が足りないため、ボーっと見ている生徒もいます。
○箒といっても日本の箒の先端部分しかないため腰を折って使うのが普通です。
○日本のように中と外の区別はありません。そのため掃除は全部掃き掃除。たまに机を拭いている。
○体育館などあるわけがなく、うちの学校にいたってはグランドもありません。
○授業は1日10時限。(9時間の学校もある)1時限40分。しかし日本のように毎回休み時間があるわけではなく、3時限目が終わってから(9時半から)30分6時限目が終わってから(12時から)20分あるだけ。だいたい続きの授業が多い。(基礎数学は2時限続きと3時限続きの週2回)
移動教室(技術とか)のあとは遅れてくる。というか、正確に時間を守るという習慣がそもそもない。だいたいで動いている。10時限目が終わるのは3時。
○うちの学校はイブニングクラスがあり、毎平日、夜7時半から9時半まで授業があることになっている。でも毎日ではないようである。9時半までもやっていない。きりのいいところでやめている。通常授業もたぶん、きりのいいところで時間を気にせず先生はやめている。
○先生はたぶん授業がなくなると帰る。うちの学校には28人の先生がいるはずだが、毎日見かける先生は10人くらい。週に一度しか見ない人もいる。
○生徒は計算機を使うのが当たり前。簡単な計算すら(3×0.2、24000+7000とか)使う。そのため数字の感覚が全くない。そのため押し間違えていて答えが不自然でも気づかない。

○うちの任地は比較的野菜が手に入る。スンヤニ(州都)までいけばだいたいある。トマト、たまねぎ、ジャガイモ、にんじん、きゅうり(ただしでかい)、なす、えんどう豆、青菜。果物はパイナップルが非常に安い。ほかにもりんご、オレンジ(食べるというよりは果汁を飲むもの)がある。
こっちにしかないものとしてヤム芋(でかい、みためはイメージは自然薯がでかくなった感じ)、キャッサバ、プランテーン(見た目はバナナ、生では食べられない。揚げるかゆでる。ゆでるとホクホク。栗というか、焼き芋みたいな感じ。ただしそんなに甘くない)などある。
○マーガリンを除いて乳製品がない。日本のように牛乳などは日常にはない。スンヤニにある高級スーパーマーケットにあるが、自分は買ったことはない。その代わり粉ミルクがあり溶かして飲む。(NIDOという)そのスーパーマーケットにはチーズもある。これはよく買って食べる。バターなどは見たことない。
○食べ物で書き忘れました。とうもろこし。しかしそのものをみたことはまだない。基本的に粉にして使う。自分がいつも食べるケンケはこれから作る。
○現地食はケンケ、フライドライスしか自分は食べませんが(きらいというわけではなく、機会がないだけ)バンクー、フーフーなどあります。説明しづらいのですが、ケンケはすっぱい出来損ないのソーセージ。シチューをつけて食べる。(シチューといっても日本の白いシチューではなく、トマトベースの煮込んだもの)、フライドライスはいっぱい野菜が入ったピラフ。あとはまた今度。
○ガーナでは扇風機よりも天井についているファンがメジャー。イメージわかるかな?日本ではあまり見かけない、高級イメージがある天井についてて回っている奴。(それなりの家に限る)
○ガーナ人は物を運ぶとき頭にのせる。バックとかそういうものでない限りだいたいのせる。この前、学校の机を頭にのせて運んでいた。重いときは10キロ以上を平気でのせている。
○食べ物屋はこっちではチョップバーと呼ばれる。基本的に現地食が食べれる。あとは屋台のようなものが多い。(屋台といっても動かない。備え付けの木の屋台)そこでは日常品から食べ物まで売っている。(わかるかな?)
○肉というとマトン(ラム)が多い。チキンもそれなりにある。ポークやビーフはあまり一般的には見ない。でも豚はともかく牛は歩いている。(もちろん羊や鶏も普通に歩いている)
○ナッツがメジャーというか、日本よりある。グランナッツスープというのはおいしい。
○基本的にみんなクリスチャン。日曜日は教会にみんないっている。自分も誘われるがいかない。自分は日本のローカル宗教化だと言っている。

学校編
○普通に黒板、チョークで行う。しかし黒板はごつごつで使いづらい。
○生徒はあまりノートをとらない。自分は強制していないのでなおさらである。それでも書いている奴は書いている。強制してもとらない奴はとらないらしい。大事にノートを使っているというか、とにかく終わらせないように使っている。
○間違えるとペンを使っているので基本的に上から書く。読みづらい。なかには消しゴムで消す(削る)奴もいる。
○授業中は現地語チュイ語を使っていけないことになっているが、というか、学校では英語を使え。と校長はいつも言うが、有名無実。先生もチュイ語をしゃべっているんだからそれも仕方ない。
○日本では正解に○、間違いを×またはチェック(ナイキのマークみたいな奴)とするがガーナではというか、基本的に海外では正解はチェック。間違いは×である。自分はこっちを使っているが、前任の人は日本式を使っていた。
○食べ物で書き忘れました。とうもろこし。しかしそのものをみたことはまだない。基本的に粉にして使う。自分がいつも食べるケンケはこれから作る。
○現地食はケンケ、フライドライスしか自分は食べませんが(きらいというわけではなく、機会がないだけ)バンクー、フーフーなどあります。説明しづらいのですが、ケンケはすっぱい出来損ないのソーセージ。シチューをつけて食べる。(シチューといっても日本の白いシチューではなく、トマトベースの煮込んだもの)、フライドライスはいっぱい野菜が入ったピラフ。あとはまた今度。
○食べ物屋はこっちではチョップバーと呼ばれる。基本的に現地食が食べれる。あとは屋台のようなものが多い。(屋台といっても動かない。備え付けの木の屋台)そこでは日常品から食べ物まで売っている。(わかるかな?)
○肉というとマトン(ラム)が多い。チキンもそれなりにある。ポークやビーフはあまり一般的には見ない。でも豚はともかく牛は歩いている。(もちろん羊や鶏も普通に歩いている)
○ナッツがメジャーというか、日本よりある。グランナッツスープというのはおいしい。
○基本的にみんなクリスチャン。日曜日は教会にみんないっている。自分も誘われるがいかない。自分は日本のローカル宗教化だと言っている。

○ガーナの小学生、中学生、高校生はみんな坊主です。女子もみんな坊主。
○言うまでもなく自分たちにとって男女を見分けるのは難しい。特に子供はわからない。そんな時判断する基準はピアス。女子はみんなピアスしてます。赤ん坊でも。しかしピアスとって服装をわからなくすればたぶん自分は男女の区別がつかない。
○ガーナでは体罰は当然に行われる。しかし直接手でたたいてはいけない。基本的には細い木の枝でたたいている。女性は手のひら、男はおしりというのが普通。ほかにもニーダウン(ひざを床に着く)などがある。
○スクールフィーズ(授業料)についてはよくもめている。払っていない生徒が多いらしい。自分の学校では払っていない生徒にはテストを受けさせなかった。

○交通手段には車がメジャー。トロトロと呼ばれる小型バス(ワゴン車)、タクシーが普通。トロトロは値段が決まっているしどこでもいける。しかし日本のように時間で動いているのではなく、車がいっぱいになったら出発する。ひどいと出発するまで結構な時間待つことになる。タクシーは値段交渉をしてから乗る。それをしないで乗ると着いたときにぼったくられる。ほかにルートタクシーと呼ばれる大きな町で決まった道しか通らないものがありそれは安い。
○電車があるが遅い。車のほうがメジャー。自分はまだ走っているのを見たことがない。線路は見たことある。
○飛行機もあり国内便がある。大都市間同士は通っている。しかし安全管理が怪しいのか、JOCVは乗ることを禁じられている。
○大都市では路上で物売りがいる。信号で止まっているなど買わないかという顔でまわっている。頭にのせて運んでいるのが普通。もちろん物売りだけでなく、物請いもいる。
○ガーナの車は整備状態はひどい。地方で走っている車は日本の車検には一台も通らないと思う。特にタクシー、トロトロはひどい。(例えばドアがなかなか閉まらないとか、ドアが中から開かない)
○ガーナ人は男同士でも手をつなぐ。よく引っ張られる。
○信号は大都市にしかない。サークルによって交差点を解決している。

○ガーナ人は洗濯機を買う前に携帯電話を買う。
住宅は平屋で2階建てはない。


今日の一言
「心の具現化」

ガーナにいるわけですが、それでも日本にいる友達とは連絡をとっております。それなりに・・・。基本的にEメール。携帯電話を持っていませんからね。そのEメールも大きい町まで行ってインターネットカフェ(カフェといってもカフェはないけど)につながないと出来ません。
基本的にEメールですがもう一つあります。それはメッセンジャーです。HotmailもしくはYahooにてメッセンジャーを行うとリアルタイムでチャットが出来ます。それでも自分がつないでいる時間は土曜の昼間だけ、日本時間で言うと土曜の夜だけであるのでなかなか人は現れません。
しかしこの前、今までほとんどつながったことがない友人とメッセンジャーがつながりまして、久しぶりに会話をしました。いろいろ最近の近況とかそういう話をしたわけです。自分の近況は基本的にホームページで行っているのでホームページの話に自然になりました。
タケのホームページは論文みたい。と言われました。それが褒められているのか、けなされているのかはこの際、どうでもいいんです。
彼が言ったのは
「自分はこうやっていろいろ考えて生きているだろうか?」
といいました。自分はこう答えました。
「誰でも何か必ず思っているはず。自分はそれを具現化しているだけ。」
と。このことは今まで余り意識したことがありませんでした。要するにここにしているのは心の具現化なのです。誰もが一日に思う回数はほぼ同じだと思います。それを言葉という形にするか、そのままほっておくか。ただそれだけの違いです。
前になぜ文を書くのか?という文章で
「文を書くというか、要するにただ日記をつけているだけなのであるけれど、この主な目的は、自分の頭の中の整頓。それにあの時、こう思っていたという記録を残す。その2つである。」
と書いたがこれは3つ目の理由になるのではないかと思った。結局頭の中の整理につながっているんだろうけど、心の具現化。これがいったい自分に何をもたらしているのか?わからないけど何かしら、自分にプラスになっているのがわかる。
何でもそうだけどとりあえず何もしないよりはやった方がいいみたい。
以上


今日の一言
「一言になってないな。」
最近のホームページのネタを見ていて思いました。自分はいつも書き始めるときに協力隊に関係したネタは「ガーナから一言」それ以外は「今日の一言」で始めるんですが、最近、ただの題名になっているだけ「一言」になっていませんでした。すんません。
これから注意したいと思います。
慣れって怖いですね。慣れて間違った道に行ってしまうことには注意しましょう。

短い・・・


今日の一言
「感謝」

今日は10月27日です。母の誕生日です。
ネット環境が存在しないために今年は今日という日にメールが送れませんが、ネットにつないだらまず母にメールを送りたいと思います。
ガーナなどという土地に来て、心配をかけています。
これから先もたぶん、しばらく自分の人生安定しないと思います。
まだ心配をおかけします。
その心配に感謝です。


ガーナより一言
「ボランティアって・・・」

―ねえねえ、ボランティアって無償って意味だよね?
―そうだと思うよ。
―別にさー、やってることに責任ってないんだよね?
―いや、あるんじゃない?
―でもさー、給料もらってたらいきなりやめられないけどさー、ボランティアだったらいきなり「やーめた」って言ってやめていいんじゃない?
―いやー、まずいと思うよ。やっぱりそれなりに責任ってあんじゃない。
―でもさ、サラリーマンは親の死に目にも会えないって言うじゃん。これはいきなりやめれないって事でしょ。でも別にボランティアは親の死に目に会いに行っていいんじゃないの?
―最近はサラリーマンでも親の死に目には行くんじゃないの?
―実際の話はどうでもいいけど、これはたとえ話。少なくともサラリーマンよりは責任少ないよね。
―まあ、そうじゃない・・・
―ボランティアって無償って意味もあるけど、自主的にやってるって気がしない?なんか進んでやってるって。
―うん、するね。
―自主的に、しかも無償でしょ。じゃあ、突然やれなくなったらやめるよね。
―まあ、そうだね。
―じゃあ、突然やりたくなくなったらどうしたらいいの?
―それは別にボランティアじゃなくたって会社員だっていっしょじゃない。突然やりたくなくなったってそれなりの順序を踏んでやめるべきじゃない。
―そっか、そういうもんか。
―そういうもんでしょ。いきなりやめちゃまずいよ。

自分は別にボランティアをやめたいわけではありません。ただ授業で怒って、そのあと思ったんです。ボランティアっていきなりやめてもいいのかな?って。

―知ってる?青年海外協力隊員ってボランティアってことになってるけどお金もらってんだよ。
―そりゃ、ボランティアでも暮らしていくには金がいるからね、いいんじゃない、別に。
―そりゃ、暮らしていくお金はもらうべきだと思うけど、それ以外にもお金もらってんだよ。ちなみにもちろん、日本からね。
―暮らす金以外になんかあんの?
―国内積み立て金とか言うやつがあるんだって。
―ふーん、それいくらぐらいなの?
―月に9万9千800円。
―また、微妙な数字やね。何で10万じゃないの?
―知らないけど、そういう話じゃなくて・・・
―え???そっか、それ何の金?目的は何?って話か。
―すごい平べったく言うと日本に帰ってきてから就職をさがすまでのお金。
―ふーん、まあ、この不況、いいんじゃない。
―でも月9万9千800円。めんどくさいから10万でいいや。それを任期の2年をやり通すと240万だよ。
―おー、すげー。
―そのお金って帰ってきてもらえるらしい。なんかだから2年終わって帰ってくると240万の貯金が出来ているらしい。
―あー、海外にいる間はもらえないんだ。
―目的が目的だからね。ちなみにピースコー、アメリカのボランティアやVSO、イギリスのボランティアはそういうのはまったくないらしいよ。何で日本ばっかそんなにあんの?この不景気でさ、国は金なくてODA減らそうとしてんでしょ。そこ減らせばいいやん。ボランティアは無償でしょ。
―協力隊員ってどのくらいいんの?
―2004年6月30日現在で2278人だって。今いるのがね。累計は24640人。
―常時、だいたいそれくらい、2300人として、月に10万、年に120万とすると・・・
―2300×1200000だから・・・
―2760000000円。毎年国からODAで出費。
―27億6000万!ぶへっ!・・・ODA予算ってどのくらいなの?
―2003年度のデータだと技術協力3228億円、無償資金協力2248億円、有償資金協力2003億円。国際機関への出資、拠出などに1099億円。
―でー。お金が大きすぎてよくわからんね。じゃあ、別に減らさんでもいいんちゃう???
―こういう細かいのを減らすのが大事なんじゃないの?
―そこは良くわからんね。代議士の人に任せましょう。
―それを人は思考の停止というんだよ。バカになる。バカになる。
―もうちょっと勉強しよう。そうしないとこんな話してもだめだ。
―国の国家予算がどれくらいでとかから始まってどこまで勉強するんだ?
―それは勉強していくうちにわかっていくでしょう。
―はーーーーーーーーーーーーい。
―本日以上


ガーナから一言
「見えている」

ガーナで高校生相手に数学教師をして10ヶ月を超えました。9月からはガーナで新年度が始まり、自分は新しい生徒に教えることとなりました。去年は高校2年生、今年も高校2年生を教える。ということになりました。去年来たときは正直言って、全く何もわかっていませんでした。日本で先生であったわけでもないし、ガーナのことを知っているわけでもない。それらのことでいっぱいいっぱいな生活を送っていたみたいです。今年になって楽なこと楽なこと。一番は変なことに気を使わなくていいことが一番です。
例えばガーナ人の生徒はどのくらい数学が出来るのか?そもそも数学の内容は?どういう授業をしたらいいのか?どのくらいのスピードで授業を進めたらいいのか?授業では出席をとらなくてはいけないのか?どうやってとるのか?それは成績に関係してくるのか?クラスの流れはどうで、生徒の反応はどうだ?中間テストはあるのか?どういうときに授業がつぶれるのか?成績をつけるときは何を考慮するのか?基準を超えていない生徒をズバッと落としてしまっていいのか?それとも救済をするべきなのか?などなど日本で先生をやるのなら気にしなくていいことまで気にしながら授業をする。ガーナの文化を肌で感じながらまさに手探り状態で暮らしていたみたいです。そのときはわかっていませんでしたが今年になって授業をやってみていかに変な気を使いながら暮らしていたかということがわかりました。
協力隊の2年という期間で、あとの1年はあっという間だそうです。ガーナのこと、赴任国のことがわかるまでというのは協力隊員にとって非常に疲れるものなのだということを実感している今日この頃でした。


ガーナから一言
「見えている2」

ガーナで高校生相手に数学教師をして10ヶ月を超えました。9月からはガーナで新年度が始まり、自分は新しい生徒に教えることとなりました。去年は高校2年生、今年も高校2年生を教える。ということになりました。去年来たときは正直言って、全く何もわかっていませんでした。日本で先生であったわけでもないし、ガーナのことを知っているわけでもない。それらのことでいっぱいいっぱいな生活を送っていたみたいです。今年になって楽なこと楽なこと。一番は変なことに気を使わなくていいことが一番です。
って「見えている」で書きました。
しかし自分が楽だと感じるのはそれだけではないことがわかりました。他の原因、それは内容です。教えている内容が2年の1学期までは基礎的なことなのです。文字式の変換や、2次方程式の解き方、指数、ルートなど数学の中で基礎的なことであり、応用ではないのです。というわけで、教えやすい。普通は基礎的なことを教える方が難しい。といいますが、基礎的なことわかっていない相手に応用を教えるよりは基礎を教える方がずっと楽です。基礎を教えながら応用を教えなくてはいけないからね。というわけでそういう理由でもずっと楽です。そして、この学期で基礎をある程度かためることが出来れば、次の学期からの希望もわいてきます。ということですべてがプラスの方に向かっていると感じる今日この頃でした。