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今日のガーナから
「新隊員ではなくなる」

さて続々で先輩隊員が帰っていきました。
人間は死んだときの葬式に知人が何人きてくれるかでその人の真価がわかる。という話を聞いたことがありますがそれに近いものがあるような気がします。
見送りに何人来て何人が泣いてくれるか?それはその人の人格などをあらわしているような気がしました。

去る人あれば繰る人あり新隊員がやってきました。自分は15年度2次隊ですので15年3次隊がやってきました。今回男6人女性一人、自分たちの隊時も男5人でしたので男がだいぶ増えました。
・・・やっぱり男に囲まれる運命を変わらないみたいですね。
やはり初々しさを新隊員から感じ、自分が少しはガーナになれたことを感じます。
特攻、いじられキャラもできる反面、親分肌の顔もできますのでこれもまた難しいところです。さすがに新隊員からいじられるということはないでしょうからだんだんと移行していかなくてはいけないのかな?ひょっとして・・・
これは男3兄弟の次男に生まれたから両方できるのかな?と思います。隊員の中でも3兄弟の真ん中だと両方できる人もいるからね。

いずれにせよ、新隊員の初々しさを見るといずれ何か責任ある仕事をしなくてはいけないのか、めんどくさいな。なんて思ってしまいました。
ここで一句

新隊員 呼ばれる命は3ヶ月 ふと気がつくと古株の域

それが協力隊らしいですよ・・・
以上


今日のガーナから
「新たなる顔」

学校が休みになり、任地にいてもしょうがないのでアクラというガーナの首都に帰ってきました。ここではドミトリーと呼ばれる日本人宿舎に協力隊員は寝泊りするのが普通です。自分もここに寝泊りしているのですが、ここでは任地とは異なり、本人社会です。みんなここでは気楽な顔を見せているのが普通です。
というわけでみんな任地とは違った顔で過ごしているわけですが、言うまでもなく自分もそうです。
ここでの自分の顔というのは今までしたことのないものになっています。今までツッコミだったりムードメーカーだったり柱であったり多くの顔をしてきましたが、ここではいじられキャラという新たな顔で過ごすことになりました。
ここに来たときにした顔がそういう顔だったのでそれで定着ということになりました。
周りのみんなは今までどんな顔をしてきたかなどということはもちろん知らないのでこれが素だと思っている人間も多いことでしょう。しかしこのいじられキャラ、やってみると意外と難しい。
というのもまずどのようにいじるのか?人によって大きく違うことです。ドミトリーは40人近くいる協力隊員の宿舎ですが、しょっちゅう、いろいろな人が帰ってきていろいろな人が任地に帰っていく。なので人によって扱いが違うので難しい。誰からでも何かが飛んでくる反面、それの返しがまさにその人数分あるわけで、時に突っ込み、時にボケ、さらっと流すなど非常に多くの選択肢があるので難しい。また人によって切れ味も違うし、きり方も違う。それにあわせて無限の返しをしなくてはいけないのでこれは難しいです。また気分が悪かろうがなんだろうが飛んでくるものは同じですから話したくないときでも返さなくてはいけない。結構大変です。

そしてまだある。言うまでもなくいじられキャラは強い立場ではありません。言ってしまえば一番弱いキャラです。だから時にひどいな。と客観的に思われる切り込みが来ることもあります。しかし自分はプライドなんて言葉はありませんし、頭の切り替えが非常に早いので気にはならないのですが、普通の人間なら食って掛かっているでしょう。
このことは自分の奥にあるものを周りがどう見ているか?に関係すると思います。これもまた人によって判断が大きくちがいます。こういうとき、やはり女の方が男より観察眼に優れていることを実感します。奥に隠しているものはその人間の真価であり、いざというときどのようにこの人間が動くのか決めるものです。ここにいる鈍感な男たちは自分がいじられる本当に弱いキャラだと思っていじっている人もいます。(男はただ興味がないから表面しか見てないのかもしれない)しかし女性の中では何か隠しているな。と感じている人間もいます。と思うと弱い人間には全く興味ないという態度の人もいましてこれがまた面白いですね。

まあ、このいじられキャラは特攻キャラ(やるだけやって倒れてしまう責任を持たないキャラ)の延長ですね。今まではちょっと一目置かれるキャラをやっているのが普通だったのでこれもまた面白く、人間の幅を広げるのにもってこいです。
そんな感じで

追伸 髪の毛とか足の大きさとか、まさかこれほど自分にいじるところがあるなんて知りませんでした。(自分の髪は上に伸びていくし足や手などは非常に小さいのです)
以上


今日のガーナより
「ホームページ承認に当たって」

ホームページをやるにあたっては協力隊員は許可を取らなくてはいけません。変なことを書いたり誹謗中傷を書いたりすると後々訴えられたりするからです。
自分のようにあほな文章を書き続けているものにとってあまり関係ない。と思って黙って更新を続けていましたが、タームが終わって長い休みがあるということでこれを期に許可を取ることにしました。
自分の中ではいくつか書いた文と一枚の申請書と書いた紙を出せば一週間、事務所でいろいろ話してもらってすぐ通る。と思っていたのですが、どうやらそんな簡単には許可は下りませんでした。
本当に昨年の12月国際協力事業団は独立行政法人、国際協力機構となりました。その影響は少しづつですがでているようです。
具体例を挙げると今までガーナでは、1次隊(7月の頭に派遣)の教師隊員の方々は任期を1ヶ月半延長するのが当たり前でした。(任期は2年ですので2年とちょっとになる)というのもその延長をするとちょうど学校の学期が終わるからです。しかし今回はその延長をした先輩隊員がみんな希望どうりの延長をえることができませんでした。去年まではみんなできたのにどうして今年はできないんだ。という雰囲気が漂いましたが独立行政法人化の影響なのでしょう。
新しく来た調整員(協力隊員の面倒を見てくれるなどの仕事をしている人)の話によると日本では独立行政法人化でピリピリしているが、現場とはだいぶ温度差がある。と語っていました。(ちなみに調整員の役は協力隊員OBがほとんどだったのですが、民間からも来るようになりました。新調整員は民間の人です)
またガーナ事務所の所長(ガーナ協力隊関係のトップ)が変わったりもしていますのでこれから先、多くのことが変わることは間違いないでしょう。
そういうことで簡単には申請は取れないようです。
調整員の話を聞くと
「あほな文を書くのはかまわないが、これでは協力隊員は何をしているんだ。という書き込みがいっぱい来るだろう。書くのなら報告書形式のきっちりしたものも作ってもらったほうがいい。」
ということでした。
たしかにあほな文を書き続けるのも悪くはないけどもそのような文を書く段階に移行する時期であるような気もします。またそれがこれからの自分にとってプラスになることは言うまでもない事実です。そういうわけでそのような文を作っていこうと思います。

追伸
独立行政法人化にあたって本当に多くのことが方針として変わりました。その内容を具体的に知るには、JICAホームページを見てください。


今日のガーナより
「なぜガーナは発展ができないのか?」

アクラに帰ってきていろいろ多くのことを話す機会があります。英語で話すと時間と集中が必要な意思疎通も日本語ならさも当たり前に行うことができます。そうすると簡単にいろいろなことを知ることができるわけでして・・・

ガーナがどうして発展できないか?それについて。
産業革命のようなことは時代の最先端でなくてはできませんから発展を考えるなら幕末の日本のように外国の技術を盗んでくるとか、中国のように外国資本をいっぱい入れる。などの手しかありません。
この中ではやはり外国資本を入れる。という手が普通だと考えられます。外国資本が入るには、それなりに儲かる市場がなくてはなりません。しかしガーナでは儲けることができません。
その理由はインフラです。ガーナでは断水、停電当たり前。最近は携帯電話が普及していますがそれも必ずつながるということはなく何度もかけなおさなくてはいけない。
そういうことが当たり前という意識がガーナ人にありますから改善していくことはありません。
道路も良くないし、鉄道もあるけど非常に遅い。
そのような条件が条件がそろうことが発展への道ではないかと思われます。

さてその様な条件を満たすには、優れた人間とお金が必要であります。
優れた人間を育てるには教育が必要ですし、お金を集めるには税金が必要です。
教育は今、ガーナは力を入れていますが、問題は先生。レベルの高い先生は授業料の高い学校に行ってしまい高給を取る。すると自然とお金のない家は授業料の安い学校に行きますがそこでは先生は自分がやっていることを本当に理解しないでやっている先生が存在し、生徒のレベルは上がらない。頭のいい生徒もレベルを上げることができない。ということが起こる。
貧乏家に生まれた頭のいい少年はチャンスを逃すこととなる。
お金があるうちに生まれ頭のいい少年はどうなるか?
外国に行ってしまいます。次の話にもつながるが、ガーナでは独自の産業がない。実はガーナといえばチョコレートというイメージですが実際にガーナにおけるチョコレート工場というのは自分の知っている限り、首都に一つしかない。大部分はカカオを作って輸出しているわけです。
産業がないガーナでは優れた人間は外国(主にヨーロッパ)に行ってしまってそこで働いてしまってガーナには残らない。
当然、産業がありませんから所得税を取ることができません。税金を取るには消費税しかない。ガーナでは12.5%の消費税がありますが、所得税がほとんどなくて消費税が12.5%では国の予算はたまっていかないでしょう。その12.5%も地方の村に行ってしまえばありませんしね。
というのがガーナの発展できない理由ではないでしょうか。


ガーナより一言
「いろいろやっているね」

さて休みに入ってアクラに帰り、数日間過ごしているといろいろなことが見えてきます。
前回ドミトリー(隊員宿舎)にいたときは来たばかりで全くといっていいほど余裕がなかったし、時間もたいして過ごしていなかったのでわからなかったけれどガーナでの協力隊員は本当にいろいろなことをやっています。(もちろんガーナだけではないと思うけど)
ガーナ協力隊について記す。
ガーナ協力隊の活動を説明するに当たってまずその組織から述べる。
ガーナ協力隊員の中に存在する大きな組織は
「隊員自治会」
「教育分科会」
この2つがある。
簡単に説明すると、隊員自治会は、すべての隊員が関係する事柄について管理している会。教育分科会は、教室型隊員が所属し、その発展のために活動する会。

詳細をいかに記す。
○隊員自治会について
ガーナの協力隊員全員が自動的に参加している会。主に全員が関係する事柄について管理、運営を行っている。もちろんJICAからもお金はおりている。(注 協力隊員(JOCV)は独立行政法人国際協力機構(JICA)の一つの部門として存在する)
ガーナでは全員がとる休みとしては、年度末7~8月と新年12月~1月が存在する。その間に定例会を行ったりもしている。
主な活動内容として
隊員総会の開催
新隊員歓迎会
各種イベント
ドミトリー管理
機関紙トロトロの発行

○教育分科会について
ガーナ協力隊員は、非常に教室型隊員が多い。(教室型隊員とは、学校の教室を使って活動をしている隊員である。自分は理数科教師隊員で
あるので数学を教室で教えている。ほかにも家政隊員や婦人子供服隊員がこれに当たる)
そのような隊員が参加し、一人でやるには難しいことをこの会を通じて行っている。またこの会を通じてJICAに申請するとJICAも許可を出しやすい。(お金を下ろしやすい)と思う。
教室型隊員は学校に所属しているため、格タームが終わるごとに結構長い休みがある。(ガーナは日本と同じ3学期制なので3回ある。上記の2回の休みと3月)その間にだいたいいろいろなイベントが動く。
主な活動内容
アコソンボ訓練、教育実習
実験ツアー
問題集作成
奨学金の管理
計算力向上委員会
機関紙アップルマンゴーの発行

ほかにも「エレクトロニクス分科会」があるがそれについては後述する。

隊員総会について
隊員総会は年2回ドミトリー(隊員連絡所)で行われている。基本的に1月と8月。
内容は、自治会の運営報告。
具体的に格レクリエーションの会計報告、ドミトリー管理費会計報告、トロトロ編集委員会、図書委員会、パソコン管理委員会、安全対策委員会の活動・会計報告など
しかし8月には今まで不幸にも協力隊活動でガーナに来て、亡くなってしまった方のお墓参りが行われる。

隊員総会のあとにはドミトリーの大掃除が行われる。

新隊員歓迎会について
基本的に隊員は、7月(1次隊)、12月(2次隊)、4月(3次隊)の年3回派遣されてきている。そのたびに新隊員歓迎会は行われている。しかし組織するのは、自治会ではなく新隊員の前の隊次が行うのが伝統となっている。自治会はというと、費用の貸し出しを行っている。そのお金は、歓迎会のあとに行われているオークションによって返還される。
場所は、そのときそのときによって変わる。自分たちが歓迎されたときは、ある中華料理屋を貸しきって行われたが、自分たちはドミトリーにて行った。
内容は新隊員、および新シニアボランティアの歓迎のための顔合わせ会みたいなもの。そこにはガーナ日本大使館やガーナ財務省のお客なども呼んでいる。

そのあとにはオークションがひらかれる。これも前隊次が組織する。帰国してしまった隊員、調整員、専門家などが置いていってくださったありがたい品の数々をオークションにて売る。電化製品や日本食などが多い。

各種イベント
野球やサッカーなどのスポーツからアノマボ(ガーナの地名)ツアーなど基本的に協力隊員の慰安を目的としたイベントの組織を自治会はしている。簡単に会社の慰安旅行などを企画しているのと同じだと思う。

ドミトリー管理
ドミトリー(隊員宿舎)は、隊員がガーナの首都アクラに上京した際に泊まることのできる合宿所みたいなものである。特に隊員総会の時期は多くの隊員が上京するため、本当に共同生活をしている合宿のようになる。そこは毎日の掃除などはガーナ人の方がやってくださるが基本的に管理は協力隊員が行わなくてはならない。その管理を自治会が行っている。自治会の中にドミトリー番頭という役職があり、この人間が一番の管理者である。
ドミトリーには今までの先輩隊員がガーナで買って持って帰らなかったCD、DVDや日本から取り寄せたが持って帰らなかった本や雑誌、漫画などがあるのでそれらを管理している。新しい本を毎年買ったりもしている。
ドミトリーは一人一泊2000セディ(1ドル=約9000セディ)で格安。そのお金も管理している。

機関紙トロトロの発行
年2回発行している隊員が作っている機関紙。新隊員の挨拶や帰国隊員の言葉、お世話になった人の言葉などが載る。2004年5月現在で98号を発行している伝統ある機関紙。(ガーナ協力隊員は49年も派遣されていないので、たぶん昔はもっと年に発行していたと思われる)
しかし編集委員が毎回違うため毎回違ったものができている。どうやら2004年の5月号は隊員一人1ページ担当らしい・・・


アコソンボ訓練、教育実習
アコソンボ訓練は、8月にアコソンボと呼ばれる土地で1次隊が来たときにその教育実習のために行われる訓練である。しかし目的はそれだけではなく、先輩隊員は学校から生徒を連れてきていろいろな隊員の授業を受けさせる。それによって生徒のレベルの向上をはかる。先輩隊員もそこでは授業を行い、相互の反省点を言い合い、授業の質の向上をはかる。などの多くの目的がある伝統あるイベントである。
2次隊、3次隊のためには、教育実習として先輩隊員の任地に訪問し授業を見てもらう。そこでガーナの生徒のレベルやどのような授業が行われているのかを知ると同時にどのような生活をしているのかを体験できる。

実験ツアー
13年度1次隊が作ったイベント。2004年4月に第3回目がおこなわれた。各州ごとに隊員が派遣されている学校に赴き、身近にあるものを使い実験を行い、理科や数学の楽しさを知ってもらおうというイベント。だいたい一週間かけて各学校をまわる。
具体例としては浮沈子、熱気球、大気圧などがある。
今回のツアーでは60分を3コマおこなった。

問題集作成
ガーナでは高校が終わる際にSSCEと呼ばれる日本のセンター試験のようなものがある。これによって大学にいけるか、良いところに就職できるかが決まる。
ガーナでは年度別ごとにまとめた問題集は存在するが、分野別にまとめた問題集は存在しない。それを作ってしまおう。という活動。
基礎数学、選択数学、総合理科、総合物理を作っている。毎年これから付け足していかれると思われる。

奨学金の管理
ガーナでは授業料を払えずに学校に来られない。という生徒が存在する。そんな生徒のために授業料をJICAが払ってあげるというシステム。もらうためには良い成績をおさめている必要があるのは当然で審査も厳しい。
そのシステムの管理をおこなっている。

計算力向上委員会
ガーナでは数学の授業では計算機を使うのが当たり前でそれによって簡単な計算(13×10、3.1+4など)でもそれを使ってやってしまうため、計算力が非常に低い。掛け算九九もすべて覚えている生徒はまれである。(隊員はレベルが低い学校に派遣されるのが普通なため)そのため、その計算力をあげよう。という会。
しかし始まったばかりであるのでまだなんともいえない。

機関紙アップルマンゴーの発行
教室型隊員のための機関紙。正直なところ、まだしっかり読んだことがないのでなんともいえない。しかし実験道具を売っている店とかの紹介などをおこなっているのは見た。


4月25日
ガーナより
「ターム休みにやっていたこと」

さて長い間更新が滞りましたが、その間にやっていたことを記したいと思います。

やっていたことは
うまいもん食ってた。
いろいろ先輩隊員のお手伝いをしていた。
アクラの町をうろちょろしていた。
新隊員歓迎会の準備してた。
実験ツアーに参加していた。

というのがやっていたことです。それらについて書いていきます。


4月26日
ガーナより
「うまいもん食っていた」

ガーナにおいて初の長期休み。みんなが集まる首都アクラに行きます。首都においての楽しみといえばうまいものを食うことです。
任地だと全くといっていいほど高給なものを食べられません。いつも米と味噌汁で暮らしていたというのが本当のところで、全くといっていいほど動物性たんぱく質をとっていませんでした。そのおかげでガーナへ来てから約4ヶ月、10キロ減。太って任地に帰らないと体調を崩してしまいます。ということでおいしいものを食べにいきました。
ガーナの首都で食べれるおいしいものを紹介します。基本的に現地食は任地で食っていますのでガーナで食べれる日本人が好むものの紹介ですね。

韓国料理、中華料理、イタリア料理の3点を基本として食べていました。あとはここにピザ、ハンバーガーがつくくらいですね。
値段としてはホントに贅沢をして一人10万セディ(1ドル9000セディ)だいたい10ドルちょっとでおいしいものが食べられます。パスタや焼肉、チャーハンなど。
これらが任地でも食べられたらやせないのにな・・・
安いから毎日食べるのにな・・・
ちなみにガーナ協力隊員の生活費は月に380ドル。任地では1万セディ使わずにおいしいものが食べれる。

さてここまではくだらない文章。これだけならまず間違いなくボツですがこれから書くことがあるので採用です。
(明日に続く)


4月27日
ガーナより
「ガーナの協力隊員のお金」
ガーナ協力隊員は月380ドル。家は基本的にガーナ側から提供であと電気代、水道代はだいたいガーナ側が持っているということが多いみたいです。(自分は払っていない)ということは380ドルがご飯代、移動費そのくらいのものに使われることになります。しかしながらガーナの多くの隊員は地方暮らし。地方ではさっきも書いたとおり1万セディあれば一食十分なものが食べられます。(現地食とか)380ドルはセディ換算すると342万セディ。移動費とかを含めてもどう考えてもあまってしまいます。ではどうしてそれほどの値段が与えられているのか?
その答えは「首都」にあります。上記したように地方隊員は全くお金を使いませんが、首都隊員になると話は全然違います。ガーナというところは昭和30年代の日本と現在の携帯電話を持つような日本とがいっしょになったような土地であります。地方は物価が安いのですが首都では物価が高いです。
簡単な具体例を挙げると自分の任地から約30分離れた州都スンヤニまで5000セディです。首都アクラでは初乗り5000セディ。これだけでも物価の違いがわかると思います。ということで首都隊員は月380ドルでは足りなくなってしまい日本から持ってきたお金を使いながら生活するということになるわけです。
地方はお金は余るけど首都はお金が足りないというこの現実。協力隊員間で差をつけるというわけにはいきませんからここのところは難しいところですね。

以上


4月28日
ガーナより
「問題集を作る」

学校がない休みの間こそできる仕事があるもので・・・
オブロニ(黒くない人の意味)が結集するターム休みの間、いろいろなことがおこなわれます。その中の一つをかきたいと思います。それは「問題集作り」です。この問題集つくり、ガーナという土地だからこそある仕事です。日本なら書店を回れば何かしらいい問題集をさがすことができますからね。
さてどんな問題集を作ったかというと、ガーナの理数科教師は基本的にSenior Secondary Schoolです。(高校の意味、ガーナでは日本と同じ6・3・3)その終わりには日本のセンター試験のような試験SSCEがあります。その成果によって大学にいけるか、または良いところに就職できるかが決まります。
それを年毎にまとめた問題集というのは存在するのですが、トピックごとにまとめた問題集というのは存在しません。それを作ったわけです。今までのSSCE試験を年毎にまとまる。簡単にいうとただの編集ですよね。でもそのあと製本するまでが仕事です。ガーナにも製本会社は存在するのですが、作ったものを生徒に販売するのでコストを下げなくてはいけません。そのため自分たちで印刷し、製本です。
しかし180ページを300部。しかもコピー機と呼ばれるものはJICA事務所に2つ、ドミトリーに一つ。しかも始めたころは故障中。JICA事務所で事務所員が仕事をしている中、邪魔にならないように印刷です。結局、何日間いったか、4日か5日。夕方と土曜日、印刷しました。そのあとはドミトリーで表紙の印刷。紙が厚いので一枚一枚印刷。
あほな作業ですね、ホンマ。日本だったらあっという間だろうと思う作業を長い間やりました。
しかもそれら全部お手伝いですからね。別にホントにボランティア(最後は日当を責任者が出しました)でしたからね。それをほとんど手伝った。俺もお人好しだ。
そんで一日かけて製本。

日本ってすごいな。ってことを言いたい自分でありました。
あと自分お人好しだなって・・・


4月29日。
ガーナから一言
「アクラの町をちょろちょろ」

さて自分はまだ12月に来たばかりなのであまりアクラの町を知りません。ガーナの首都であるアクラにはやっぱりいろいろなものがあるもので先輩隊員といっしょにいったり同期隊員といっしょに探索したりとまだまだ楽しめる段階です。
その中で隊員間で有名なのが「カンタマント」です。ここは古着屋として隊員が利用します。
しかし一言だけいわしてもらうとたぶん、中古であろう下着を売るのはやめて欲しい。
御後がよろしいようでこれでおしまい。


4月30日。
ガーナから一言
「新隊員歓迎会・・・の準備」

ガーナに来てそろそろ5ヶ月、ということで自分たちのあとの15年度3次隊の隊員がやってきております。ガーナ協力隊員の伝統で新隊員歓迎会があるのですが、その準備は前の隊次がやることになってまして、ということで15年度2次隊の自分たちが準備をしていました。
今まで伝統的にどういうものであったかというとだいたい首都のアクラの中華料理屋とかそういう結構いいところを貸しきってお酒を飲みながらちょっとイベントをやりつつ、話す。みたいなそんな感じなんですが、自分たちからちょっと趣向を変えて、ドミトリー(隊員宿舎)でやってみようということにしました。
外の店を貸しきってやるのも実は問題がありまして、それは、夜が危険なので昼間にやっている。ということです。昼間からお酒をたしなむことになるのでみんなあまり乗れないというか・・・そんなこともあってドミトリーでやることにしました。

いろいろ問題が起こったのですが・・・・面白くないのでカット。続きは本番のときにということで・・・

しかしこのままではこの文自体も面白くないので一言
いろいろイベントありすぎだよ。
以上


5月1日。
ガーナから一言
「今週の文はだめですな・・・」

今週の文をいざ、読み返してみると非常に出来が悪いですな。そんな文を更新してしまっている自分、申し訳ありません。ほんとイベントごとにこの時期おわれてまして、書いているのがだいぶ遅い。(20日後)、しかもたまっている(20日分)ということで勘弁願いたいと思います。
そもそもこれらの文の何がいけなかったか、それはガーナの紹介をしているのか、自分がやった日記を書いているのか、それがはっきりしなくなっている。そこが一番だと思います。
最近、オフィシャルなページを作っていたので、その影響も文にでていて、報告書なのか、日記なのか、イマイチ自分の中でもはっきりしないので余計いけないんですね。来週からがんばります。すんません。


今日のガーナから
「実際のところどうなっているんだ???」

さて今日はいったいどうなっているんだ?ということを書きたいと思います。まずこの国のガーナというところは資本主義社会なのか?それとも社会主義社会なのか?ってことです。アフリカは基本的に社会主義社会として独立しているはず・・・なんだけどなんかそんなことどうでもいいみたいな。そんな雰囲気がある。
とか政治のこととか考えているとですね、ここには議会があるのか?大統領はいるのは知っているけどどうなんだろう?公平に選挙で選ばれているのか?北朝鮮みたいではないのか?とか(それについてはガーナは前の大統領選挙は公平に暴動なく行われアフリカでは非常にそれは珍しく評価された。という話を聞いているので大統領は公平に選ばれている)しかし2大政党制でアメリカみたいなのか?とか、もっと考えていくとそもそも3件分立ができているのか?とか裁判とか行われている?とか考えてしまうわけです。(どうやら議会も裁判も行われているらしい)先進国のように三審制なのか?とかもうさっぱりわからん。なんかその地方に住んでいるチーフとかが裁判官になっているような・・・とかそんな風に思ってしまうわけです。
もっと考えるとそもそも犯罪が起こったときどうするんだ?と思います。先進国なら電話ありますけどここないからね。自分で呼びにいくのが普通なんでしょう。日本のように警察は110とかそういうものがここでは定着してない気があするし・・・

などなど何かあったときどうするかは起こってみないと分からないものです。そもそも何か起こしたらここの裁判で裁かれるのかどうなのかもわかってないからね。

いろいろどこかに、協力隊の資料に書いてあるんでしょうね。たぶん・・・


今日のガーナから
「当たり前シリーズ」

今日もガーナの当たり前をここにレポートしたいと思います。

○ガーナの小学生、中学生、高校生はみんな坊主です。女子もみんな坊主。
○言うまでもなく自分たちにとって男女を見分けるのは難しい。特に子供はわからない。そんな時判断する基準はピアス。女子はみんなピアスしてます。赤ん坊でも。しかしピアスとって服装をわからなくすればたぶん自分は男女の区別がつかない。
○ガーナでは体罰は当然に行われる。しかし直接手でたたいてはいけない。基本的には細い木の枝でたたいている。女性は手のひら、男はおしりというのが普通。ほかにもニーダウン(ひざを床に着く)などがある。
○スクールフィーズ(授業料)についてはよくもめている。払っていない生徒が多いらしい。自分の学校では払っていない生徒にはテストを受けさせなかった。

○交通手段には車がメジャー。トロトロと呼ばれる小型バス(ワゴン車)、タクシーが普通。トロトロは値段が決まっているしどこでもいける。しかし日本のように時間で動いているのではなく、車がいっぱいになったら出発する。ひどいと出発するまで結構な時間待つことになる。タクシーは値段交渉をしてから乗る。それをしないで乗ると着いたときにぼったくられる。ほかにルートタクシーと呼ばれる大きな町で決まった道しか通らないものがありそれは安い。
○電車があるが遅い。車のほうがメジャー。自分はまだ走っているのを見たことがない。線路は見たことある。
○飛行機もあり国内便がある。大都市間同士は通っている。しかし安全管理が怪しいのか、JOCVは乗ることを禁じられている。
○大都市では路上で物売りがいる。信号で止まっているなど買わないかという顔でまわっている。頭にのせて運んでいるのが普通。もちろん物売りだけでなく、物請いもいる。
ガーナの車は整備状態はひどい。地方で走っている車は日本の車検には一台も通らないと思う。特にタクシー、トロトロはひどい。(例えばドアがなかなか閉まらないとか、ドアが中から開かない)


今日のガーナより一言
「忘れられない一言について語る」

さてガーナに来てそろそろ4カ月がたとうとしています。そんななか、どうしても忘れられない一言があるのでそれを書きたいと思います。この話は別にガーナとは関係ないのですが、それでも書いておきたいので・・・そうそう一ついっておきます。自分、眼鏡をかけております。

自分がガーナに来たときに話はさかのぼります。
自分がガーナにきてしばらくは同期隊員といっしょに過ごしていますが、時期に先輩隊員と顔を合わすことになります。近くに住む隊員はやっぱりそれなりに気になるものです、先輩隊員にとっても新人隊員にとっても。
自分の住んでいるブロングアファフォ州は一番元気のいい州で(女性が)一番大変な州といわれていたのですが、全くそのとおりでして、年末のパーティでみんなで対面したときに名前を覚えているのか?といわれ、覚えていなかったら床の上に正座をさせられたりしたんですが(酒の席ですので冗談交じりで)それが第一印象だとどうしても頼りない奴になってしまいます。それを挽回したのが新年の野球大会でした。結構、活躍したりましてそれなりにやる奴なんだ。になったわけです。
後々そのときの話をしたときに言われた言葉

「○○ってのびた君じゃなかったんだ」(○○は自分の名字)

・・・そういえば中学に入ったときにも眼鏡をかけて入ったんですが、最初の方の体育で陸上競技、早く走ったら
「○○君って勉強だけじゃなかったんだ」
といわれたっけ。どうやら自分、眼鏡をかけるとだいぶスットボケルらしいですね。特に全く運動ができないように見えるんでしょうかね。たしかにうまれてこの方、眼鏡が似合うと言われてことは一度もなく、眼鏡をはずしたほうがいいよ。とか、眼鏡をはずしたときの目がステキ。といわれたことはあっても眼鏡がないとと言われたことは一度もない。

・・・ガーナから帰ったら目の手術をしてやる。とひそかに思っている自分でありました。


5月2日。
今日のガーナより一言。
「実験ツアーに行く」

実は実際の日程は4月27日から30までおこなわれた実験ツアーについて書きたいと思います。
そもそもこの実験ツアーというのがなんなのか、それをまず説明します。
ガーナでは実験というものが不足しています。なぜ不足しているかというと、それをするための機材がないということが一点。あとはそれをできる人間がいない。アイデアがないという点が上げられます。そのため化学や物理などが紙の上だけのものになってしまって全くイメージできない。という事実があります。
そこで自分たちが身近にあるものを使って、隊員が派遣されている学校を回って実験をおこなおう。というのがこの実験ツアーの趣旨です。
一日一校、60分を3コマおこなうというツアーです。今回が3回目です。

最近、文が面白くないので面白い話だけを抜粋したいと思います。
浮沈子というものを皆さんご存知でしょうか?自分たちがおこなったものを簡単に説明するとペットボトルの中にストローを折り曲げてクリップで留めたものを入れます。水でいっぱいにしてペットボトルのふたをする。以上で準備完了。あとはペットボトルを押すとそのクリップとストローが沈むというただそれだけのことなんですが、(原理は簡単にいうとペットボトルを押すとストローに入っている空気が圧縮され、空気の比重が水より重くなり沈む)この実験のイントロダクションをするときにまず生徒をだますわけです。
ガーナにはJUJUと呼ばれる怪しげな妖術みたいなものが信じられているところもあるみたいです。というわけでイントロダクションで自分たちはJUJUが使えるんだ。と言ってストローを沈めるわけです。

それを信じている生徒の数によってその学校のレベルがわかるんですが、やっぱりガーナの学校にも差があってすぐにばれる学校と自分たちがネタをばらすまで生徒全員が信じている。という学校がありました。

一度、誰かをだましてみてはいかがでしょう。

追伸 やっぱり文の出来が悪い。客観的なことで自分の意見が全くないから自分で納得できないのかな?
以上


5月3日
今日のガーナから
「実験ツアーを終えて」

さて昨日実験ツアー、自分にとってどうであったのか?それを書きたいと思います。
一言で言うとつらかった。今回のような立場だったら2度とやりたくないですね。
その理由は立場の問題ですね。自分は15年度2次隊で来ていますから先輩隊員の中で自分の授業を知っているのは教育実習の時にいった先輩隊員のみ。あとの先輩隊員はいったいあいつはどんな授業をやるんだ?という目で見られるわけで、それが非常につらかった。理数科教師という立場で来ている自分たちにとって授業がうまいか下手かは、その人間が認められるか、認められないかにつながる。そう思うだけで変なプレッシャーがかかってくるわけです。
その授業というのも問題だったんです。授業といっても基本的に実験ツアーと銘打ってますから生徒といっしょに何か活動をする。というのが授業です。自分が今回割り当てになった授業が「太陽の大きさを測る」だったんですが、そもそもこの実験、自分発案ではなく今回来れない隊員がいたのでその代打、みたいな感じでやることになってしまっていて、引き受けてしまった自分がいけないんですが、これが大きな問題だった。
太陽の大きさを測るのは簡単にいうと鏡に太陽を移し反射させる。それをスクリーンに映す。そのスクリーンに映った太陽の大きさと鏡からスクリーンの距離を測るとあとは地球太陽間の距離がわかるとして太陽の大きさを相似を使ってだすんですが、この実験太陽が出てないとできない。天気によって左右されるわけです。曇るとできない。ということは非常に大きな事で常に天気を気にしていなければいけないというのは気苦労が大変で・・・
4日間のツアーのうち、最初の2日で晴れず、授業ができずしょうがないので予定を変更し、3日目は相似を使って木の高さを測るにしたのですがその準備のために前日はあまり寝れず・・・
しかもです。このツアー、生徒に人気投票アンケートをするわけですが、自分の実験は規模が大きいので生徒一人一人やるわけにはいかないし、グループでやるのもいっぱいいっぱい。活動自体も距離を測る。計算をするだけです。そんな実験が一人一人浮沈子を作る。とかグループで熱気球を作って飛ばしてみるとか、そんな実験に勝てるわけがなく・・・

そんで新人ということで雑用もたっぷり、手伝いもたっぷり。新人ということではなくて、たぶん俺を使いやすいんでしょうね。文句言わないからね、俺。

もうホントに愚痴ばっかり。自分が引き受けたり文句言わないのがいけないんですね。

ということでもう実験ツアーには参加したくない自分でありました。


5月4日
ガーナより
「新隊員歓迎会」

さて昨日書いたつらいつらい実験ツアーが終わった次の日のことです。新隊員歓迎会がありました。自分は幹事ですのでツアーが終わったその日に先輩隊員たちが泊まって帰るところ、そのままアクラに行きました。
しかしその日は帰ってきてみんなでご飯食べたあと、遊びに拉致られて(断れよ、自分。でも断れなかったんです)結局、仕事をしないままその日終了。
次の日になると遊びに行ったことをほかの15年度2次隊隊員に攻められ(それは当たり前だね)、ドミトリーの雑巾かけをすることになりました。しかしまさか80%以上やるとは思わなかったけどね。
まとめたいと思います。

実験ツアーが終わったその日に
数時間車に揺られかえり
遊びに拉致られ
次の日には同期隊員に責められる。
そして雑巾かけをし
靴をそろえ
外を掃き
ビール百本とりに行ったり
食べ物の管理をしたり
おいしいものがたっぷり
ビールがたっぷりある中
食べれもせず
飲めもせず
幹事としての仕事をし
終われば片づけをし
次のイベントであるオークションをオークショニアとして始め
最後は仲間が誰も手伝ってくれなくなったオークションを閉め
次の日には実験ツアーのトロトロ原稿を書き、
前日のゴミを焚き、
その日のうちに6時間かけて任地に帰る。
次の日から学校で授業
そんな自分をほめてあげたい・・・

宮沢賢治の「アメニモマケズ」風におくってみました。(「せず」だけです。)

こうやってまとめてみると、その前にも準備のために買い物に行ったりしているし、問題集の手伝いもしてるし、みんなのいじりに対して一生懸命対応しているし、そりゃあ、アクラに行っても太れんわ。
日本ではゴールデンウィークか、自分は灰色の週だったな。

以上


5月5日。
ガーナより
「任地に帰ってきまして・・・」

日本ではゴールデンウィークが今日で終わりですか?いいな。自分はターム休み(学期間の休み)であったのにもかかわらず休めてません。むしろ疲れて任地に帰ってきました。
任地の方がいいや。コミュニケーションは大変だけど気苦労ないもーん。いや、コミュニケーションが楽なほうがいいか・・・どっちもどっちだな。
さて任地に帰ってきまして学校に行かなくてはいけません。実は学校は27から始まっていたのですが実験ツアーがあったのでしばらく休ませて貰っていました。文章の関係で押されていますが実際に任地に帰ってきたのは日曜日2日のことです。
次の3日から学校に行って数学を教えなくては行けません。
ガーナの学校は始まると言ってもなぜか生徒がふるさとから帰ってこないことが多く、すごい少数の中授業になる。ということがよくあるのですが、さすがに一週間たっているから生徒は来るだろうと思ったら、生徒が少ない。もう始まってい週間たつのに生徒が来ない。
どうしたことだ?これは?
と思っていたら理由がわかりました。
理由が授業料。前タームもそうだったのですが、とにかく授業料でよくもめています。しょっちゅう、授業中、授業料払ったか?ってほかの先生きていましたし、テストのときも授業料払ってない生徒には受けさせるな。といっていましたから。
生徒に授業を受けさせたいけど、授業料は学校の問題だからね。自分にはどうすることもできません。JICAには奨学金制度がありますが自分はまだ生徒のことを完全把握していないのでそれを使うのはためらわれますので・・・
双方、はよ解決してくれればと思います。
(授業料が実際いくらなのかは聞いたのですがメモを取るのを忘れてしまいました。近いうちにまた書きます。)

以上


5月6日。
ガーナから一言
「南の島のカメハメハ」

ガーナは4月の終わりころから雨季に入っています。といっても一日中ふっているわけではなく、基本的に夕方、夜スコールのように降るのが普通です。
しかし今日、朝まで雨が残り、朝から雨でした。
・・・学校始まりません。
自分のうちの隣のガールズホステル(女子寮)の生徒、学校行きません。先生誰も来てません。
噂には聞いていましたが初でした。学校は雨だと休み・・・

これがガーナでは当たり前なんです。自分たちがこのことに驚くように、雨の中、傘をさして学校に行っている生徒を見るとガーナ人は驚くんでしょうね。ホントに習慣の違いというものはビックリです。
自分、南の島のカメハメハという歌を思い出しました。雨が降ったらお休みで~♪ 
あれ、ホントだったんですね。

以上


5月7日。
ガーナから
「2nd Term」

さて自分にとっての2nd Termが始まって一週間になりました。前タームは自分にとって最初のタームでありました。ガーナ人のレベルや授業の勝手などわからないことだらけでとにかく何をやっていたのか、覚えていないほどいろいろ戸惑っていました。しかし一つのタームが終わって戸惑うことも少なくなったし(何より驚かなくなった)、生徒のレベルがわかるこのタームは前タームよりスムーズに行くのは当然のことでしょう。
前タームは結局ひとつのトピックしか終わらすことができず、このタームで8つのトピックをこなさなくてはいけないのは大変ですが、これからがんばろうと思います。
さてこのタームになって新たにやり始めたことを書きます。それは計算の時間を作る、ノートチェック、イブニングクラスをおこなう。の3点です。
自分が教えている数学で生徒にとって絶対的に足りないのは演習量、計算です。
しかも生徒たちはそのことに関する自覚はなく、一度習ったことはできるからいい。新しいことを教えてくれ。と言って演習を嫌がります。
演習が足りないことはそのまま計算力が乏しいことにもつながります。ガーナでは計算機をテストで使うことが認められているため生徒は掛け算九九や簡単な計算まで計算機を使うことがあります。
そこで簡単な計算をやらす計算時間を作ったわけです。
嫌がる彼らにどうやって計算をやらせたかというと、
「お前らは解くのが遅い。それではテストで時間がなくなってしまう。そのために解くスピードアップ訓練だ。」
といってやらせました。それは結局、できるかできないかチェックにもつながるわけです。
そして彼らがやった計算をチェックを一人一人チェックする。そして一人一人宿題を出す。彼らはどうしても他人のノートを写して出すのでそれの対策として一人一人宿題を出すという荒療治にでました。生徒は全部で113人。それを週2回チェック。結構な労力ですが、できるだけ生徒にチャンスを与え、ずるをなくす。という単純なことを実行しただけです。
あとはイブニングクラス。夜の7時半から学校にて授業をするわけです。しかし夜ですので来れない生徒もいるのでこの時間は徹底して演習です。SSCEという日本のセンター試験のテスト問題を持っていってやらせる。この時間はオフィシャルではないのでできるだけ少数でやりたいな。と自分は思っています。やっぱり集中度が全然違うからね。(自分は3クラス持っていますので一クラス週一回、あとはやりたいという生徒に特別に教える週4回が基本)

まとめるとまず普通の授業を勢いよく進む。演習兼宿題を出す。計算力アップの時間をやらす。ノートを回収し宿題をチェック、新たな宿題を上げる。イブニングクラスをやる。次の日の朝ノートを返す。授業があると同じことを繰り返す。
という感じです。今はまだノートを出す生徒が少ないので何とかなっていますが、増えたらどうなるんだろう・・・


5月8日。
ガーナより一言
「星がきれい」

ガーナに最初に来たとき、昼間は空が白く、そして星が見えないので大きなショックを受けたものです。しかしそれはハマターンと呼ばれるサハラ砂漠の砂が飛んでくる乾季だったせいであり、今は乾季が終わり雨季がやってきてハマターンはありません。アクラにいると外が明るいからあまりわかりませんでしたが、任地で空を見上げたら驚きました。
・・・美しい・・・
正直言ってあまり星に詳しくないので北斗七星とか代表的なものしかわかりません。しかしあまりの美しさに星座盤が欲しくなりますね。あの明るい星はいったいなんなんだ?と好奇心が沸いてきてギリシャ神話とか作っちゃう気持ちがわかりますね。
追伸 ガーナは赤道直下なので北極星が見えないのは驚きました。なんかさそり座と白鳥座がすごいと先輩隊員から聞いたので楽しみにしたいと思います。
以上