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ガーナレポート4 
「ガーナ協力隊員の全体活動」
2004年5月

ガーナ協力隊の活動を説明するに当たってまずその組織から述べる。
ガーナ協力隊員の中に存在する大きな組織は
「隊員自治会」
「教育分科会」
この2つがある。
簡単に説明すると、隊員自治会は、すべての隊員が関係する事柄について管理している会。教育分科会は、教室型隊員が所属し、その発展のために活動する会である。

詳細をいかに記す。
○隊員自治会について
ガーナの協力隊員全員が自動的に参加している会。主に全員が関係する事柄について管理、運営を行っている。もちろんJICAからもお金はおりている。(注 協力隊員(JOCV)は独立行政法人国際協力機構(JICA)の一つの部門として存在する)
ガーナでは全員がとる休みとしては、年度末7~8月と新年12月~1月が存在する。その間に定例会を行ったりもしている。
主な活動内容として
隊員総会の開催
新隊員歓迎会
各種イベント(スポーツなど)
ドミトリー管理
機関紙トロトロの発行
奨学金の管理

■詳細
隊員総会について
隊員総会は年2回ドミトリー(隊員宿舎)で行われている。基本的に1月と8月。
内容は、自治会の運営報告。
具体的に格レクリエーションの会計報告、ドミトリー管理費会計報告、トロトロ編集委員会、図書委員会、パソコン管理委員会、安全対策委員会の活動、会計報告など。
8月には今まで協力隊活動でガーナに来て、亡くなってしまった方のお墓参りが行われる。

隊員総会のあとにはドミトリーの大掃除が行われる。

新隊員歓迎会について
基本的に隊員は、7月(1次隊)、12月(2次隊)、4月(3次隊)の年3回派遣されてきている。そのたびに新隊員歓迎会は行われている。しかし組織するのは、自治会ではなく新隊員の前の隊次が行うのが伝統となっている。自治会はというと、費用の貸し出しを行っている。そのお金は、歓迎会のあとに行われているオークションによって返還される。
場所は、そのときそのときによって変わる。自分たちが歓迎されたときは、ある中華料理屋を貸しきって行われたが、自分たちはドミトリーにて行った。
内容は新隊員、および新シニアボランティアの歓迎のための顔合わせ会みたいなものであり、そこにはガーナ日本大使館やガーナ財務省のお客なども呼んでいる。

そのあとにはオークションがひらかれる。これも新隊員の前隊次が組織する。帰国してしまった隊員、調整員、専門家などが置いていってくださった品の数々をオークションにて売る。電化製品や日本食などが多い。

各種イベント
野球やサッカーなどのスポーツからアノマボ(ガーナの地名)ツアーなど基本的に協力隊員の慰安を目的としたイベントの組織を自治会はしている。簡単に会社の慰安旅行などを企画しているのと同じだと思う。

ドミトリー管理
ドミトリー(隊員宿舎)は、隊員がガーナの首都アクラに上京した際に泊まることのできる合宿所みたいなものである。特に隊員総会の時期は多くの隊員が上京するため、本当に共同生活をしている合宿のようになる。そこは毎日の掃除などはガーナ人の方がやってくださるが基本的に管理は協力隊員が行わなくてはならない。その管理を自治会が行っている。自治会の中にドミトリー番頭という役職があり、この人間が一番の管理者である。
ドミトリーには今までの先輩隊員がガーナで買って持って帰らなかったCD、DVDや日本から取り寄せたが持って帰らなかった本や雑誌、漫画などがあるのでそれらを管理している。新しい本を毎年買ったりもしている。
ドミトリーは一人一泊2000セディ(1ドル=約9000セディ強。2004年5月)で格安。そのお金も管理している。

機関紙トロトロの発行
年2回発行している隊員が作っている機関紙。新隊員の挨拶や帰国隊員の言葉、お世話になった人の言葉などが載る。2004年5月現在で98号を発行している伝統ある機関紙。(ガーナ協力隊員は98÷2=49年も派遣されていないので、たぶん昔は年に多く発行していたと思われる)
しかし編集委員が毎回違うため毎回違ったものができている。どうやら2004年5月号は隊員一人1ページ担当らしい。

奨学金の管理
ガーナでは授業料を払えずに学校に来られない。という生徒が存在する。そんな生徒のために授業料を奨学金としてJICAが払うというシステム。もらうためには良い成績をおさめている必要があるのは当然で審査も厳しい。その管理をおこなっている。


○教育分科会について
ガーナ協力隊員は、非常に教室型隊員が多い。(教室型隊員とは、学校の教室を使って活動をしている隊員である。自分は理数科教師隊員であるので数学を教室で教えている。ほかにも家政隊員や婦人子供服隊員がこれに当たる)
その隊員が参加し、一人でやるには難しいことをこの会を通じて行っている。またこの会を通じてJICAに申請するとJICAも許可を出しやすいらしい(お金を下ろしやすい)。
教室型隊員は学校に所属しているため、格タームが終わるごとに結構長い休みがある。(ガーナは日本と同じ3学期制なので3回ある。上記の2回の休みと3月)その間にだいたいいろいろなイベントが動く。


主な活動内容
アコソンボ訓練、教育実習
実験ツアー
問題集作成
奨学金の管理
計算力向上委員会
機関紙アップルマンゴーの発行
教材管理

■詳細
アコソンボ訓練、教育実習
アコソンボ訓練は、8月にアコソンボと呼ばれる土地で1次隊の新隊員が来たときにその教育実習のために行われる訓練である。しかし目的はそれだけではなく、旧隊員は学校から生徒を連れてきていろいろな授業を受けさせる。それによって生徒のレベルの向上をはかる。旧隊員もそこでは授業を行い、相互の反省点を言い合い、授業の質の向上をはかる。など多くの目的がある伝統あるイベントである。
2次隊、3次隊のためには、教育実習として新隊員が旧隊員の任地に訪問し、授業を見学し、自らも授業を行う。新隊員は、そこでガーナの生徒のレベルやどのような授業が行われているのかを知ると同時に隊員がどのような生活をしているのかを体験できる。

実験ツアー
隊員間では「ドサ回りツアー」と呼ばれている。13年度1次隊が作ったイベント。2004年4月に第3回目がおこなわれた。各州ごとに隊員が派遣されている学校に赴き、身近にあるものを使い実験を行い、理科や数学の楽しさを知ってもらおうというイベント。第一回はボルタ州、二回目はブロングアファフォ州で行われた。だいたい一週間かけて各学校をまわる。具体例としては浮沈子、熱気球、エアキャノンなどがある。実験終了後には実験をまとめた実験集を寄贈している。

問題集作成
ガーナでは高校が終わる際にSSCEと呼ばれる日本のセンター試験のようなものがある。これによって大学にいけるか、良いところに就職できるかが決まる。
ガーナでは年度別ごとにまとめた問題集は存在するが、分野別にまとめた問題集は存在しない。それを作ってしまおう。という活動。
基礎数学、選択数学、総合理科、総合物理を作っている。毎年これから付け足していかれると思われる。

計算力向上委員会
ガーナでは数学の授業では計算機を使うのが当たり前でそれによって簡単な計算(13×10、3.1+4など)でもそれを使ってやってしまうため、計算力が非常に低い。掛け算九九もすべて覚えている生徒はまれである(隊員はレベルが低い学校に派遣されるのが普通なため)。そのため、その計算力をあげよう。という会。
ガーナの生徒が自分で自宅学習ができるような計算ドリルを作ることを目的としている。

機関紙アップルマンゴーの発行
教育分科会会報誌。各隊員の活動で1タームを振り返って、いろいろ工夫した中からうまくいったことやアイデアなどをまとめ発行している。

教材管理
ドミトリーには多くの教材が存在する。それをストアキーパーと呼ばれる人が整頓し隊員が使えるように管理している。
以上


ガーナレポート2
「なぜガーナは発展ができないのか?」

○背景
アクラに帰ると多くのことを先輩隊員やJICA関係の人と話す機会がある。その中でガーナがどうして発展できないのか?それについての話が興味深かったのでそれについて記した。

○ガーナの現状
ガーナのような発展途上国の発展を考えるなら中国のように外国資本を入れる。という手が一般的と考えられる。外国資本が入るには、それなりの環境が整っていなくてはいけないようである。つまりインフラ整備だ。
ガーナでは断水、停電がたびたび起こる。最近は携帯電話が普及しているがそれも必ずつながるということはなく何度もかけなおさなくてはならない。道路状況も首都やメインロードはともかく、地方で良いところは少ないし、鉄道も存在するけれども遅い。
そのような条件がそろうことが発展への道ではないかと思われる。

○改善のための課題
上記の条件を満たすには、お金と人材が必要である。
人材を育てるには教育が必要で、お金を集めるには税金が必要である。
教育は今、ガーナは力を入れているが、問題は先生である。レベルの高い先生は授業料の高い学校に行き高給を取る。すると自然とお金のない家は授業料の安い学校に行くがそこでは先生は自分がやっていることを本当に理解しないでやっている先生が存在し、いうまでもなくその生徒のレベルは上がらない。才能を持つ生徒もレベルを上げることができない。ということが起こる。
貧乏家に生まれた生徒はチャンスを逃すこととなる。
お金があるうちに生まれ、しっかり勉強した生徒はどうなるか?
外国に行く。次の話にもつながるが、ガーナでは独自の産業がない。実はガーナといえばチョコレートというイメージを自分たちは持っているけれども、実際にガーナにおけるチョコレート工場というのは自分の知っている限り、首都に一つしかない。大部分はカカオを作って輸出しているだけである。
産業がないガーナでは優れた人間は、国内では働くところが少ない。そこで外国(主にヨーロッパ)に行ってしまってそこで働きガーナには残らない。
ガーナ人の意識の中でも、外国で2年我慢して仕事をすればガーナで車が買えて、それを元手にまたお金儲けができて一生安泰だ。と考えているという話を聞いた。
国内で産業を起こそうという気がそもそもないように感じる。車をいきなり作れ。とは言わないが自転車くらいは自国生産してもよさそうなものである。しかしガーナ産の自転車は見たことがない。

話はお金の話に移る。
当然、産業がほとんど存在しないため、会社がなく法人税、その雇用からくる所得税を取ることができない。税金を取るには消費税しかない。ガーナでは12.5%の消費税があるが、法人税、所得税がほとんどなくて消費税が12.5%では国の予算は足りないでしょう。その12.5%も地方の村に行ってしまえば存在しているとは思えない。
結局、インフラ整備はODA頼みになっているのが現状である。

○まとめ
上記のように書いていくと独自の産業がないことが一番の課題のように思われる。次のレポートではなぜ独自の産業を持たないのか?を書いてみたいと思う。


ガーナレポート1ガーナってばこんな国

   2004年4月(赴任3ヵ月後)
どうも、こんにちは。タケ・Sと申します。
自分は大学を卒業したあと、青年海外協力隊に参加しました。技術補完研修や福島県二本松市の派遣前訓練を終えて2003年12月8日にガーナに派遣され、現地語学訓練、人国内旅行を終え、2004年1月14日からガーナでの協力隊活動が始まりました。任期は2年で2005年12月までです。
自分は理数科教師としてBoakye Tromo Secondary Technical Schoolで基礎数学を教えています。

ガーナという国について「習慣」「飲食」「道具」「性格」「協力隊員」「その他」「学校」の5つに分けて紹介します。
習慣
基本的に現地食は手で食べる。ご飯ものだけはスプーンを使うことも。そのためか知らないが手の皮は非常に厚い。
シャワーは水。ガーナ人はきれい好きなので朝、夕方2回が普通。
洗濯は石鹸を使って手で洗う。
買うときはマーケットと呼ばれる市場に行くのが普通。自分のところは金曜日がマーケットデイで多くのお店がでる。普通の日でもそれなりにかえる。ちなみに近くの大きな町スンヤニは水曜日。ここは本当に大きい。
電気、水道はあるにはあるが、電気はよく停電するし、水道のほうはあまり普及してはいない。いつも水が出るポンプ、または水をためてあるタンクのところに行って水汲みをするのが普通。北のほうに行くと水は深刻で給水車が出ているところもある。蛇口から水が出るところでもよく断水する。
日本のように中と外の区別はない。
飲食
飲んでいる水は、ガーナ人はたぶんそのまま飲んでいる。しかし素焼きのつぼに入れておくと水は冷えるのでそれを飲んでいるのではと思う。外では、アイスウォーターとピュアウォーターと呼ばれる二種類が売られている。アイスウォーターはたぶん汲んできて冷やした水。ピュアウォーターはたぶん何かを通して浄化してある水。値段は後者の方が高い。300セディ。
うちの任地は比較的野菜が手に入る。スンヤニ(州都)までいけばだいたいある。トマト、たまねぎ、ジャガイモ、にんじん、きゅうり(ただしでかい)、なす、えんどう豆、青菜とうもろこし(とうもろこしは粉にしている)。果物はパイナップルが非常に安い。ほかにもりんご、オレンジ(食べるというよりは果汁を飲むもの)がある。
こっちにしかないものとしてヤム芋(でかい、みためはイメージは自然薯がでかくなった感じ)、キャッサバ、プランテーン(見た目はバナナ、生では食べられない。揚げるかゆでる。ゆでるとホクホク。栗というか、焼き芋みたいな感じ。ただしそんなに甘くない)などある。
マーガリンを除いて乳製品がない。日本のように牛乳などは日常にはない。スンヤニにある高級スーパーマーケットにあるが、自分は買ったことはない。その代わり粉ミルクがあり溶かして飲む。(NIDOという)そのスーパーマーケットにはチーズもある。これはよく買って食べる。バターなどは見たことない。
とうもろこし。しかしそのものをみたことはまだない。基本的に粉にして使う。自分がいつも食べるケンケはこれから作る。
道具
自分は料理でガスを使っているが、隣のガールズホステル(女子寮)はじゃコールポッドと呼ばれる炭を使って料理する器具を使っている。その家のレベル次第であるとおもう。
冷蔵庫は洗濯機に比べて間違いなく普及はしている。同僚の先生のうちにはあった。これはよく市場に行くと色を塗り替えているのを見かける(塗り替えると新品に見える)
洗濯は手で洗う。ここではKEYSOAPと呼ばれる黄色い石鹸がメジャー。
ガーナの箒は、先端部分しかないため腰を折ってかがんで使うのが普通。
性格
ガーナでは驚くと「えいっ」って言う。
人間はすごいフレンドリーで近所づきあいがある。生徒とか必ず自分の授業道具とか持ってくれるし、近所の人に頼めば対価がなくても洗濯してくれたりする。
ガーナ人にとって予定は変わるのが普通。
学校
生徒は授業中には青いペンを使う。製図とかそういうときにしか鉛筆は使わない。シャーペンというものは見たいことない。
授業中、よくほかの先生が生徒を呼びに来る(正直、やめてほしい)。先生がそんな感じなので生徒のほうもトイレに行く。とかいってよく出ていこうとする。
学校によって異なるが、自分の学校では、生徒は朝の7時までには学校に来なくては行けない。その時間から朝の掃除が始まる。格「ホーム」と呼ばれる塊になって学校の掃除をする。うちの学校は4つのホームがある。しかし全員が来ているわけではなく、ホームに属していて来てはいるが箒の数が足りないため、ボーっと見ている生徒もいる。
体育館などあるわけがなく、うちの学校にいたってはグランドもない。
学校によって異なるが自分の学校は、授業は1日10時限。(9時間の学校もある)1時限40分。しかし日本のように毎回休み時間があるわけではなく、3時限目が終わってから(9時半から)30分6時限目が終わってから(12時から)20分あるだけ。だいたい続きの授業が多い。(基礎数学は2時限続きと3時限続きの週2回)。
移動教室(技術とか)のあとは遅れてくる。というか、正確に時間を守るという習慣がそもそもない。だいたいで動いている。10時限目が終わるのは3時。
うちの学校はイブニングクラスがあり、毎平日、夜7時半から9時半まで授業がある(ことになっている)。実際は、毎日ではなく、9時半までやっていない。きりのいいところでやめている。通常授業もたぶん、きりのいいところで時間を気にせず先生はやめている。
先生はたぶん授業がなくなると帰る。うちの学校には28人の先生がいるはずだが、毎日見かける先生は10人くらい。
生徒は計算機を使うのが当たり前。簡単な計算すら(3×0.2、24000+7000とか)使う。そのため数字の感覚が全くない。そのため押し間違えていて答えが不自然でも気づかない。
協力隊員
食べ物はもちろん自炊。
飲んでいる水は、隊員はガーナではろ過器が支給されているのでそれを使い沸かして冷やして飲んでいる。
ガーナでは基本的に隊員間の連絡は無線によって行われている。長距離無線。短距離無線があり、短距離無線は首都のアクラ近辺にいる人が使っている。平日は5時半あたりで定期更新がある。(最近水曜日なくなった)とりあえず無事であることの確認がメイン?だと思う。最近は携帯電話も普及してきた。先生どころか、たまに生徒が持っているのも見かける。事務所からそれを貸与している。事務所の方針としてはいずれ全員に貸与する予定らしい。アフリカの協力隊の中でも無線はだいぶレアらしい。
寝ているときは、隊員は基本的に蚊帳で寝る。蚊帳は自分で持ってきたものだが、蚊取り線香、虫除けスプレーはただで供与される。もちろんマラリア対策のためである。ガーナではマラリアが近年まですごい人数がかっていた。しかしあるMC(メディカルコーディネーター)の出現により激減した。(本当に最近その人は任期を終えて帰った)どうやら簡単な風邪とかでも医者に行くとマラリアと診断されていたらしい。それをきっちりマラリアかどうか、チェックを行った結果激減したらしい。
水道は、隊員の家には基本的にある。ただし蛇口があるだけという家が多いらしい。ポンプで水汲みしたり生徒に持ってきてもらっている隊員もいるみたいです。北のほうに行くと水は深刻で給水車が出ているところもあるみたいです。
その他
1ドル=9000セディくらい。変動相場制で毎日変わっている。近年だんだんセディ安になっている。それと同時に当然インフレも進んでいると考えられる。
(まだ3ヶ月しか過ごしていないからたしかではないが)乾季は雨は夕方しか降らない。スコールのほうに降るが、日本よりも天気が悪くなってから振るまでが遅い。そのため避難が可能。


ガーナレポート3
「なぜガーナは独自産業を持たないのか?」
2004年5月


※この文章はある論文を参照し書いた。その話はガーナではなくアフリカ一般の話である。

○アフリカの現状
1980年から2000年にかけてアフリカの1人あたりの国内総生産(GDP)は12%も減ったという事実がある。しかもその間、政府開発援助金(ODA)が入っていたにもかかわらずである。つまりアフリカは開発途中ではなく、開発が後退しているのである。(国によっては例外もあるがたいていの国はそうである。)
なぜGDPが減少しているのか?それについては人口増加率が高いからという面もあるのだが、発展していれば減少するということはないはずである。
なぜ発展していないか?GDPが減少しているか?それについて製造業、農業と分け以下に記す。

○製造業について
アフリカの製造業のGDP貢献度は10%以下である。
実はアフリカの製造業は資源立地型の装置産業が主体になっていて、部門労働者あたりの付加価値生産額はアジア諸国よりも多く、平均賃金も高い(平均賃金は、南アフリカでは1万ドル、中国では500ドル)。となると当然雇用規模は小さく、製造部門の雇用が総労働力人口に占めている割合は非常に低い(10%以下)。つまりアフリカには安くて豊富な労働力という開発途上国一般の比較優位がない。
要約すると製造業では、資源を持ってきて装置で造る。というのがメインでありそのため多くの労働者を必要としていない。その結果、中国のように安い大きな労働力で大量に安価で物を作って輸出をするということができないということである。
そして上記から推測できるが、製造業で外貨を稼ぐことができない。すると一次産品を輸出するしかない。アフリカでは大半が鉱物資源の輸出である(原油、ダイヤモンド、金など)。これらの輸出は、人口が増加したからといって収入が増すわけではない。そのためこれは一人あたりのGDP増加には役に立たない。
つまり製造業はGDP増加に貢献していないのである。

○農業について
では農産物はどうであるか?アフリカの総労働力の60%以上は農業部門に従事している。つまり農業が発展していれば、人口の増加はあるもののGDPは向上するはずである。しかしGDPは減少している。それはなぜか?
アフリカはここ20年で人口がほぼ3倍になったのに対し、穀物生産は140%しか増えなかった。実はアフリカの土地生産性は世界平均の約3分の1にも満たない。1940年代から70年代にかけてのプログラム「緑の革命」による技術インプットから取り残されてしまったらしい。農地は増やしているものの劣等地の取り込みなどをおこなわざるを得ないので土地生産性はますます下がっている。
上記から簡単に推測できるが、アフリカでは食料が足りなくなっている。実は食料自給率も急激に下がり、日本の低さには及ばないがそれに次ぐ低水準になっている。
総労働力の60%をつぎ込みながら自国の食料すらまかなえていない。
農業という面でも独自産業として充分でないことは上記のとおりである。

○まとめ
上記のように書くと製造業においてはどうすべきであるか、わからない。レポート2で書いたが、ガーナではチョコレート工場はひとつしかない。それを多く作ったといっても中国の工場のように大きな雇用を生み出すわけでもない。GDPはあがるのだろうか?国民は豊かになるのであろうか?
一番の課題は、農業における土地生産性の向上であろう。しかし協力隊員を見るとそれについての隊員はあまり多いとは思えない。
教育という面では隊員は多く存在していて、理数科教師というところでその農業について教えている話を聞くが、彼らは教科書に書いてあることを知っているそうだが、そのとおりにはしていないらしい。
教育ではなく、やはり実際の作り方を教える人間が必要である。と思う。

○参照
「アフリカ経済はなぜ成長しないか?」平野克己 著


2004年5月~6月
ガーナレポート「協力隊員の活動とは?」
この2004年5月~6月にかけてはいろいろ考えることが多くあったのでそれについて記す。

<背景>
自分は2003年12月、青年海外協力隊でガーナに来た。そしてブロングアファフォ州ドゥワヤウンクワンタというところのボアチェトロモセカンダリーテクニカルスクール(高等技術学校)というところで基礎数学を高校2年生に教えている。
自分にとってのガーナ協力隊での2つ目のターム(学期)が5月の初めから始まった。自分にとっての最初のタームである前タームは生徒の実力を知るためのテスト、そして普通の授業を数回おこなった後、授業の大半がつぶれ、その後テストという流れで終わってしまったため、授業について悩むことがなかった。またガーナの勝手がわからなかったため、自分に余裕がなかったからという理由もあり、このタームで大きく考えることとなった。
このタームの授業については、前ターム授業が潰れたという理由で全くといっていいほど進むことができなかった。たった一つのトピックしか終わることができなかったのでこのタームは多く進まなくてはいけないためきっちり進む必要があった。
またこの期間、シニア隊員が自分の授業を見学に来たり、自分もほかの隊員の授業を見に行ったりし授業について多く考えることが増えた。

そのような期間の間、多くの話をシニアや隊員から聞くことにもなり、協力隊活動とはいったいなんなのか?ということも考えることになった。

<自分が考えたこと>
まずほかの隊員やシャーシニアと話す前に考えたことを示す。
最初に考えたことは生徒が何のために授業を受けているか?という目的である。レッスンプランでも何でもそうであるが何かことをするに当たってまず最初に確認しなくてはいけないのは目的ではないか?と思う。
生徒に尋ねてみれば、それはやはり高校の最後で受けるSSCEの試験を通ることである。という答えが返ってきた。よって自分もそれを目的とすることとした。

次にそのためにどういう対策をとったか?
前タームでわかったことの中にガーナの生徒の学力がある。彼らは一言で言うと数学の基礎ができていない。理由はいくつかあるが簡単な例を挙げれば、計算機を使うことが常に認められている(SSCEの試験でも)ためまず掛け算九九すらも覚えていない。このことは24分の8という分数があったときに、24は8の倍数であるので24と8を8で割って3分の1ということができないことにつながる。自分なりに言わせてもらうと数字の感覚がない。理由はほかにもあるがここでは省略する。
基礎ができていない彼らに対して自分がおこなったのは「パラシュート勉強法」である。(「超勉強法」参照。簡単に説明すると積み重ねで(下から上に上っていく)勉強をしていくのではなくいきなりこうである。と教えてそれを経験的にわかっていく。(パラシュートで上についてそこから下がわかっていく)というもの。)つまりいきなりこうである。と教えてその後の演習を繰り返していくうちにこれはこういうことにつながるんだ。とわかる方法を使うことにした。この方法をやるにあたって重要なことは演習の量であると思う。量をこなさないと下がわかる前に終わってしまう。前タームでわかったことであるが演習の量もガーナでは絶対的に足りない。
演習を増やすためにおこなったのがイブニングクラスとノートチェックである。通常の授業は週に3コマ(120分)と2コマ(80分)があるだけなのでそのほかにイブニングクラス、夜の7時半から9時までの授業をおこなうことにした。ここでは過去のSSCEの試験問題を持って行き解かせるという完全演習方にしている。
もう一つのノートチェックは彼らがどのようにしているかを知るなどの目的もあるが、一番の目的は個別に宿題を出すことにある。宿題をまず授業が終わったあと出す。これは暮らす全員に向けてである。そのあとノートを回収し、いろいろチェックしたあと個別に宿題を出す。これによって演習量の確保、底上げや上のレベルアップまですべての生徒において対応できるようにした。またこれによって生徒はほかの人のノートを移して持ってくる。ということができなくなるという一石数鳥のアイデアであった。これは協力隊員の中では担当授業が少ない自分だけができることであると思う。
上記の2つのことは自分の授業があまりうまくないということを感じた上でおこなったフォローの意味も含まれている。
上の授業をすると決めた地点でひっかかったことは日本の塾のような感じだと思った。楽しい授業をするというよりは演習というものに重点が置かれるゆえ、ただ問題を解くだけになっている授業が多い。前タームが終わったあとの報告書の感想欄に「数学は問題を解くだけになりやすいので気をつけて」と書いてあったのだが、目的と照らしたあわせた結果、自分の中では正当化された。

<シニアの感想>
シニアは授業を見たが40分としないうちに帰っていった。
あとあと聞くとただ問題を解いているだけであった。とのことであった。いくつかの注意はあったがそれは本質的なことではなかった。生徒が暇している時間があるとか声が聞こえなかった。とか女子生徒は褒めてのばせとかほかの隊員の授業を見に行ったら?とか結局、今思い出すと直接的にどうしろ。ということもなく、しかし今の授業では良くない。と暗に示して言っただけのように感じた。
楽しい授業を考えろ。ということか?それではすべてのトピックが終わらない。目的はSSCEを通すことであるのでそれは絶対に許されない。楽しさといったっていろいろあると思う。自分は元に問題を解く楽しさ。というのは数人に教えられた自信はある。ただ工夫が足りないということであろうか。たしかに足りない。
ほかの隊員のいうことには授業がメインであるのでノートチェックなどやっていても授業がおろそかになってはいけない。といっていた。たしかに一理あるとは思うが目的を考えれば総合的に考えるべきではと思う。


<協力隊について>
授業のことだけではなく、違う話をしたのだがその中で思ったことを記す。まず「教育分科会、自治会何もやってないよね?」といわれた。訓練所のときも思ったのだが何かやらなくてはいけないのだろうか?たしかに人数的に何かが回ってくるのはわからなくもないがやらなくてはいけないような雰囲気があるのはよくわからない。
15年度2次隊で自分はここに来ているが15年度2次隊は全体的に利己的な人が多いといわれた。たしかにみんなイベントごとをあまりやりたがらない。それは何のために協力隊に来たか?ということにつながると思う。
たしかに発展途上国のために協力したい。という思いはあるが、メインはやはり自分のために来ている。と思う。ここでも経験が将来の自分にとってためになるものでなくては何も意味がない。イベントごとが自分のためになるのか?を考えたときにやはり自分たちの中ではひっかかるものがある。先輩隊員のいうことには、そういうことをせずに自分だけの活動をしている人を見るとたいしたことない。といっていたので自分の知らない何かを得ることはあるのであろうが、それが将来の役にたつのかということに対する答えではないと思う。
ここは協力隊である。企業ではない。別に結果を求められているわけではない。教育などそんなに簡単に変わるわけがない。協力隊の趣旨はそこで学んだことを日本に還元する。それが趣旨である。
各個人個人に協力隊の正義があり、それを押し付けられるのはひっかかる。
ここは仲良しクラブではない。昔からこういうことを続けてきたからこれからも続けて欲しい。それは先輩隊員のエゴである。
利己的な人と言われても自分の勉強をしに来ているのだからそれが自分のためにならないのなら参加しないのは当然ではないのか?それが大人の付き合いか?それならそんなにべとべとするのをやめて欲しい。
大人なのか子供なのか本当によくわからない。ここはどこ?って感じでした。いつの間にやらもう事務所に出せないものになってますね。誰かにメールで勝手に送ろう。感想求む。って。


ガーナより
「ガーナでも変わりなし」

知っている人は知っていますが自分は男には今まで困ったことがありません。ほっといても男の仲間はいるというかなんというか・・・
昔、サークルを新たに立ち上げるときも「お前の役目は男を集めることだ」と言われるような自分でありまして、男仲間には自分は困ったことのない男です。注、怪しい意味ではありません。
しかしそのぶんといってはなんですが女性には大いに困り、生きて来た次第であります。そんな自分でありますから協力隊で行く任地の周りが女性ばっかりと聞いたときだいぶ喜んだものであります。
自分の任地の同じ州には女性が4人、男が自分合わせて2人、ガーナという土地に来るとそういう運も変わるのかな?なんて思っていました。しかしやっぱりそういう運も変わらないわけで・・・
協力隊の任期は2年です。今、半年終わりました。あと2ヶ月ほどすると今までいた女性4人、全員帰ります。その後来る予定の隊員、みんな男です。
・・・・泣
やっぱりかー。


「大学時代を振り返る」

大学を卒業して1年と3ヶ月。(もうそんなに立つのか・・・・)今、思い返してみると金を使わない学生だったな。と思います。
学生の金の減る原因を考えると旅行、車、酒、飯、彼女(彼氏)、アパート代。そんな感じでしょうか?
自分はアパート代は仕送りでしたし旅行も名古屋から長野に帰る。もしくは東京方面に行く。という割安旅行。酒は友達で飲む奴が少なかったし普段飲まない。飯はバイト先でカレー食ってたし、デートで金が減ることはほとんど無かった。
収入は親から月6万。バイト代が5万から9万。でもバイトで月20日くらい入っていたからな・・・
普段、朝はなし。昼500円。晩飯代はなし。つきで考えると後は携帯代、インターネット接続料金、バイトが無い日の飯など雑費があったしても赤字になることは絶対に無いな。元に一度も金に困ったこと無かったし。
だから車を一括で自分の金で買えたんですね。いやーすごいな。
うーん、でももっといろんなことに使うべきだね、学生は。なんて思う今日この頃でした。


大貧民(大富豪)のルール

ガーナにいながら大貧民をアメリカのピースコーとやる機会があったので、これを機にどうしても書いてみたかった大貧民の今まで出会ったローカルルールたちを記してみたいと思います。ちなみに長野と名古屋の2エリアにしか住んでいなかったのにもかかわらず以下のようになりますのでもっといっぱいあるのかも・・・
まずゲームの名前を「大貧民」と呼ぶのか「大富豪」と呼ぶのかは大きな問題です。

基本ルールは、4人以上で行うのが普通。3が一番弱く4、5・・・・10、J、Q、K、A、2の順に強くなります。弱いカードから順に出していき、一番強いカードを出した人が次、また弱いカードから始められるというものです。ただし最初に2枚セットのペアで出されたらそれを続けペアでださなくてはいけません。最初にカードを出し切った人が大富豪となり勝ち。次が富豪、次、平民。下から2番目が貧民、どべが大貧民になる。

○各カードが持つルール
わかりやすく3からジョーカーという順番に並べ説明します。(あくまで今まであったルールなので同じカードでも違う意味を持つことがあります。なので全部採用は無理です。)


ファーストゲームでスペードの3もしくはダイヤの3を持つ人が始める。(地方によってどちらか)
スペードの3でジョーカーが返せる
3、3枚でジョーカーが返せる。


4、3枚で2が返せる


5、3枚でAが返せる


8切りルール(8をだすとジョーカーを出したのと同じになり、また初めから始められるというもの。このルールが採用されるとき8上がり禁止)


イレブンバック(Jをだすと3が一番強くなり2が一番弱くなるという逆転がおこるもの。このルールだと革命の意味がない)
逆回転(今まで時計回りだったのが反時計回りになるもの)

2、ジョーカー
あがり禁止(2とジョーカーが最後に出すカードではいけないと言うルール。8切りルールがあるときは8も)

○特殊ルール

貢物
これは基本ルールといっていいと思う。前ゲームの大富豪に大貧民は2枚一番強いカードを渡す。その代わりに大富豪は2枚カードを渡す。このとき一番弱いカードを渡さなくてはいけないという人もいるし好きなカードを渡してもよいという人もいる。富豪と貧民は一枚交換

ジョーカーオールマイティー
ジョーカーがなにかの変わりとしてだすというもの。例えば2とセットにだし2のペアとして出すなど。だいたいペアとか3枚セットの補助、シーケンスの補助をする)しかし単独でだしてこれは7です。と言ってあがり禁止を超えられない

シーケンス
同じマークの連続する数字を出せるというもの。基本は3枚以上だと思うが2枚以上という所もあった

革命
同じ時にカードを4枚以上だすと起こる。3が一番強くなり2が一番弱くなるという逆転がおこるもの。基本的には同じ数のカード4枚だがシーケンス4枚以上でも起こるというルールもある

貧民配り
大富豪に一番多くのカードが行くように配るルール。大富豪一枚、大富豪二枚富豪一枚、大富豪三枚富豪二枚平民1一枚、大富豪四枚富豪三枚平民1二枚平民2一枚・・・・と配っていく。これを8人くらいのゲームでやると大貧民は3枚とかになり(そのうち2枚は貢物)ほとんど上に上がることが不可能になる。
しかしいきなり3、3枚であがりということもある。

大富豪没落ルール
大富豪はそのゲームで大富豪を維持できないと大貧民に落ちるというもの。つまり大富豪は大富豪か大貧民かかならずどちらかになる。


とりあえず自分があったのはこれくらいです。書いて見るとそんなに多くもないかな?ほかにもあったら教えてください。
以上


ガーナより
「近頃は文学青年」

近頃の自分の流行といえば、とにかく本を読むことである。それも日本の、言ってしまえば古きよき文学みたいなそんなものを読んでいる。協力隊にきていったい何をやっているんだ。と思う面もあるのだが、日本のようにテレビや映画などないし、ガーナ人と野球の話もできなければ野球自体もできない。とにかく共通のバックグランドもないものだからやることがない。そんなときに出会ったのが、ガーナのドミトリー(隊員宿舎)にあった数々の本である。
宮尾登美子の「櫂」から始まって「手とぼしの記」、辺見庸の「物食う人々」「反逆する風景」、灰谷健次郎「太陽の子」、松本清張「ゼロの焦点」、向田邦子「あ・うん」、遠藤周作「海と毒薬」本多勝一「日本語の作文技術」、外国の作家では、ジェフリー・アーチャー「ケインとアベル」、パトリシア・ハイスミス「リプリー」、最近のものでは、群ようこの「無印良女」「地図が読めない女、なんとかな男」「超勉強法」「バカの壁」までや山のように読んでいる。これらは最近、一ヶ月で読んだものばかりである。
高校時代、大学時代を通じて全く本を読んでこなかった自分にとって非常にこれらの時間は楽しい。特に日曜日などガーナではすることがないから、アホみたいに本を読んでる。10時間近く読んでいることすらある。300ページを全く休まず読んでしまうほどの集中力を出し、読んでしまう。
もっと自分に足りない英語の勉強だったり授業準備だったりすることはあるのだが、そっちの自分の中で義務と感じるものにはやる気もでなければ集中力もでない。
ガーナという日本から離れた土地に来て、文学青年のように日本の本を読みまくる自分。
さっきも書いたが自分は今まで本を読んでこなかった。しかしながら文を書いてきた。そんな自分はガーナという土地に来て日本語の勉強をしている。
うーん、間違っているのか、むしろあっているのか、いずれにせよ、自分の成長にはつながっているのでいいんじゃないかと結論付けている。


今日のガーナより一言
「神様はいる???」
ガーナという国はイギリスの植民地だったからなのかどうなのかは知りませんが大部分がクリスチャンであります。彼らは毎週日曜日になると教会に行き、何かをやっています。祈ったり歌ったり話を聞いたりだと思いますが、具体的に何をやっているのかは詳しくたずねたことはありません。
最初にガーナに来たとき、ホームステイ先でクリスマスに教会につれて行かれ3時間ボケーっと座っていてからというものどんなにガーナ人に誘われても教会にはいっていません。
日本人は日常生活に宗教というものがついてまわっている人はあまり多くはないと思うし、自分もその中の一人です。そもそも生きていくのに宗教なんか必要であったことはないし、真剣に考えたこともありませんでした。
しかしガーナに来て、授業中に突如、大雨が振り出し雨宿りをやっているときに話すことがないので生徒と宗教の話になりました。ほかの隊員に聞いても必ず宗教議論は必ずガーナ人とやる。と聞いていたのでついに来たか。と思いました。
正直なところ、キリストが神に生まれ変わったなんてことを理数科教師である自分が信じているわけはなく、話してみれば何か矛盾を見つけて議論に勝ってやる。と思っていました。しかし負けてしまいました。
いやー、自分が宗教について、いや、神についてあまり真剣に考えたことがないということがわかってしまってはずかしかったですね。
実のところ、キリスト教徒の友達がいたことはなく、いたのかもしれないけどそんなことについて話したことがなく、聖書の内容を本当にキリスト教徒が信じているのかさえ自分は疑っていましたがガーナ人は迷いもなく聖書を信じていました。

そのことで自分は懸命に矛盾をさがしました。しかし見つけられませんでした。英語であったのでうまく表現できなかったし微妙な言い回しをわからなかったのもあるかもしれませんがなかったです。
最終的には神はいるのか?いないのか?になりました。彼らの言っている神は絶対神なのです。すべてを創生した神はいるのか、いないのか?その神は自分は、ただ漠然といないと思っていたのでいないというと、逆に反撃をくらって
「お前を作ったのは誰なんだ?」
「父ちゃんと母ちゃんだよ。」
「その父ちゃんと母ちゃんを作ったのは誰なんだ?」
「その父ちゃんと母ちゃん」
「その父ちゃんと母ちゃんを作ったのは?」
「・・・」
さかのぼっていくと進化論にまで行ってそのあと海で生物が生まれたところ、地球ができたところ、ビッグバンが起こったところにまでさかのぼり、結局それを起こしたのは神だろう。言われてしまうのです。
うーん、勝手にできたんじゃないの?と思います。何か大いなる意思というか、宇宙そのものの意思、生命自体の強さ、そんなものから勝手にできたような気がします。神がそれらを創ったというのはそれらに対する侮辱とまではいかないまでもバカにしてると思いました。神が創ったなんてそんな簡単なことではなく、もっとずっと長い年月をかけて苦労して自分の意思で生まれてきたものだとおもいます。
だからすべてを作った絶対神なんかいないと思うのですが、彼らには通用しないでしょうな。

そもそもどうしてガーナ人に、いや、人間に生きていくうえで宗教が必要なのか、自分の中ではよくわかりません。少なくともガーナ人を見ているとみんなクリスチャンだから私もクリスチャン。親が生まれたときに洗礼してくれたからクリスチャン。みんなの中にいるためにクリスチャン。みたいにみえてしょうがありません。
(宗教を知らない無知な人間の素朴な感想なので怒らないでくださいね。)
でも宗教ってそんな風になっている部分もあるのかな。なんて思いました。やっぱりみんな仲間がそうならやっぱり仲間はずれになりたくないのが人間だし、あって当たり前のもの。そうであるのがまたすばらしい。産まれて歯を磨く習慣が当たり前のように宗教が当たり前ならそれはそれでいいと思いました。
ただしすべての不思議な事柄を神のせいにして思考の停止をするのはいい習慣だとは思えず、そこはもっと真剣に科学を勉強して欲しいと思う自分でありました。

最後に自分の神様感を書いておこうかと思います。自分は絶対神はいないと思いますが神自体の存在を否定するつもりはありません。いると思います。自分だって初詣に行ったり、お宮参りにいったりするからね。
でも自分の考える神様は絶対的な人ではありません。彼が持っているのは、ほんのすこし人を手助けする力があるだけだとおもっています。例えばすごい受験勉強をした人に対してちょっとだけその日の体調をよくしてくれるとか、気分の良くなるようなことを起こしてくれるとかその程度のことしかできないものだと思っています。しかも神は時間軸は自分たちと同じで暮らしていて神も失敗をする。すごい努力した人に力を貸すのを忘れてしまうこともあるのです。時間軸いっしょですから神はやり直せません。神だけどちょっと力を貸す力があるだけで人間といっしょだと思います。だから後悔することもあるのでは。なんておもっています。神がすべてわかっていられるほど人生や、すべての事柄は単純ではない。そう思っているのが自分の神に対する考え方かな。
以上

追伸
さかのぼってさかのぼって考えていくときのことを書いているときにふと思いました。では神を作ったのは誰?もとからいたのかな?今度、その議論になったときに聞いてみたいと思います。


ガーナから一言
「焼き畑っていけないこと?」

ガーナに最初来たときに思ったことの一つに「この土地はいったい誰のものだろう?ということがありました。都市と都市の間には、サバンナのような土地が広がっていていったい誰の土地なんだろう?何にも使っていない土地があるなんて・・・と思ったものでした。
日本においてフリーな土地というか開墾、開発されてない土地というのは普段暮らしている中で見つけるものが難しいものです。山の中とかそういうものしかないのではと思います。
もしここが日本であるなら国有林として保存されているか、もしくは開墾して農地になっているだろう。いやこれほど食料自給率の上がっていない土地なら間違いなく農地だろうな。と思っていました。
もしここを農地にするならどうするだろう?と考えるとまず間違いなく、燃やして焼畑をすると思います。今までの土地を開墾して農地にするには焼畑は非常に効率的で間違った方法ではないと思いました。たしかに自然保護などの観点でみるといい事とは思えませんが食料自給率の低いアフリカという土地においてそれを行うことが悪いことであるとは自分はどうしても思えません。
もっと発展したい。と思うのならこの自由な土地を開墾し農地にすべきではと思うのでありました。

注 本当にいっぱいフリーの土地があるから言えることです。


ガーナから一言
「日本より暑くなーい」

日本のラジオを聴いていると連日30度を越えました。なんていっていて暑いだろうな。なんて思って聞いています。そんな自分が住んでいるところはガーナ。そのだいたい真ん中辺です。
今、ガーナは全くといっていいほど暑くありません。どんな感じかというと日中Tシャツ一枚着て過ごせるくらい。普通にいると汗はかきません。ちょっと歩くと汗をかくけど決して
「あっちー」
なんて言葉が出てくる気候ではありません。
ガーナはこの時期雨季ですのでほとんどといっていいほど太陽が出ていず曇っています。雨も結構降る。名古屋のように雨が降ると余計じめじめしたりしない。
というわけで今非常に過ごしやすい気候で、まさか日本より快適に過ごせる季節がガーナに存在するなんて驚きですね。
なんか芸術の秋、読書の秋、物思う秋、みたいな。
ちょっと秋には暑いけど夜いろいろやるにはもってこいの季節であります。
追伸
ガーナでもやっぱり日は長くなり今は7時ごろまで外は明るい。12月はもう6時には暗かったですからこんなに赤道が近くても日の長さはだいぶ変わるんですね。
以上

ガーナより一言
「首を刈る」

さてこの話は6月の頭の話です。あるとき近所の人が現地食のフーフー(お餅の粘り気が少ない食べ物)をご馳走してくれるというのでご馳走になってきました。
ガーナではみんなそろって食卓を囲むという習慣はありませんのでお客としていくとテレビのある客間に通され、召し上がれ。といわれるわけです。そこの周りでは同僚の女性の先生が子供をあやしているのですが、そこで衝撃的なことがありました。その同僚の先生はある写真を見せてくれました。
その写真は普通では信じられないものでした。本当にまだ赤ん坊のはだかの体、そして頭。それを持つ周りの数人の大人。しかし赤ん坊の体と頭はつながっていない。
正直、これは何だ?と思いました。人間、想像を絶するものを見るとただただみるだけで反応できないものです。よく考えるとアメリカのあの9月11日と同じだったではと思います。
赤ん


坊の首を刈った写真。その頭を持ち、記念撮影をしてあったのです。

自分は「どうしたの?」と聞くのが精一杯でした。そしたら頭はオートバイを交換した。とのこと。正直、その英語があっていたかどうかわかりませんが何かと交換したのはたしかです。自分はそれ以上何も尋ねることができませんでした。
後から考えるともっと聞くことはいっぱいあったのですが、たぶんその赤ん坊は何かで死んでしまったのでしょう。それで何かしらの理由で首を刈ったのでしょう。血がそんなに出ていなかったから。

この話を隣町に住む、日本人の先輩隊員に聞いたところ、聞いたことがないとのことでした。これが一般的であるということはないようです。
いったい何に使われたんでしょうか?今度機会があったら尋ねて見たいと思います・・・