ガーナトップ青年海外協力隊ブログ>その19変わっていく・・・

ガーナより一言
「かわりゆくガーナ隊」

ガーナで青年海外協力隊員をしています。
自分がガーナに来て1年半以上が立ちました。ふと気がつくともう最古参の隊次になっていました。自分が来たときと現在を見ると、ガーナ隊が大きく変わったような気がします。ま、だいたい任期が2年。1年に3隊次新たにやってきて、3隊次かえるんだからまったくかわりがないわけがないんですけどね。
でも大きく変わったような気がするからそれを書きたいと思います。変わった一番大きな理由は人数です。人数が自分が来たときに比べ、2倍くらいになった。一番少ないときで30人台だったガーナでの隊員数、現在は70人くらいいます。もう多くて何人いるか、わからない。30人台だったら全員が全員知っていますし、それなりに仲がよかったような気がする。実際はどうだったのか、よくわからないけど・・・現在は多いからとりあえず全員わからない。この人がどんな人なのか?ってことがさっぱりわからない。っていう人が増えています。それになんかグループが如実にできてる。前はそんなことがなかったような気がするのに・・・なんか隊員がよくないといわれる国に近づいている気がしていやな感じである。
いろいろなアフリカの国の調整員をしていた人はいっていました。ガーナは隊員がいいよ。と。それはなぜか?
隊員がよくない国。それはまず原因は隊員が2つに割れてしまうからだそうである。隊員宿舎によく来る人、よく来ない人で分かれてしまうらしい。よく来る人はそこでひとつの勢力となる。隊員全員が話す共通の話題は噂話だ。この人はこんな人だ。と。隊員宿舎によく来ない人はそういう噂話などが嫌いで寄り付かなくなる。そうすると来る人間と来ない人間で対立が生まれる。来ない人間に対してどうして来ないんだ?という反発からいやなうわさが立つようになる。それを知ると来ない人間はますます来なくなる。もちろん、隊員宿舎にたまっている人間のことは嫌いになっていく。隊員の仲が悪くなっていく。隊員宿舎にたまるような人間は隊員としてあまりいい人間はいない。隊員宿舎によくいるということは任地での活動がおろそかになっているということだからだ。新隊員はその隊員宿舎に最初に着く。話すのは隊員宿舎によく来る先輩隊員だ。そうすると任地をおろそかにするような隊員仲間が増えていく。隊員全体がよくなくなっていく。というのが隊員がよくない国ができるまででした。
人数が少なければそんな噂話も本人を知ることができるから噂話は所詮、噂である。しかし隊員が多くなって知らない隊員が増えれば噂は真実となっていく。嫌な噂を流された人間は隊員宿舎から離れていく。
現在、別に上記のようなことが実際に起こっているわけではない。・・・と思う。でもそんな兆候がおこりだしている気がする。たとえばマージャンをやる人間とやらない人間では話をあまりしない。タバコをすう人間とすわない人間ではあまりはなしをしない。あとは隊員活動で分科会などそういう組織での活動を重視する人。個人主義の人。そんな分裂が生まれはじめている気がする。自分はすでに隊員宿舎に行きたくない。要するに前のように居易かった隊員宿舎が居づらくなっているという事である。

ま、もうあと少しで帰るからどうでもいいんだけどね。できればこれから仲悪くなってドンパチやってほしい。なんて無責任な野次馬みたいなことを思っている自分がいる。仲がいいだけがいいことではない。仲が悪くてもぶつかり合って結果、ガーナがよくなればそれでいいじゃない?なんて思う。でも昔のほうがよかったな。と自分は思う。 以上


ガーナより一言
「所詮、泡沫(うたかた)の夢」

ガーナで青年協力隊員をしております。
青年海外協力隊員は任国に派遣される前に訓練所に79日間行かなくてはなりません。79日が終わったときに自分は感想としていいました。
「訓練所は泡沫の夢だ。」
3ヶ月間なんか日本という現実世界でもなく、任国という場所でもなく、それでいて130人くらいが集団合宿生活を送る。超がつく特殊な環境だったので自分はそういいました。ガーナに来てみてやっぱりそれは泡沫でした。ガーナに来て訓練所でやったことは何か役にたったかな???やっぱり泡でした。ぱちんとはじけたら何も残らない。
そして1年半以上が経過。そして思います。
「ひょっとしたら協力隊活動2年間、これも泡沫の夢なんじゃない?」
終わったら、ぱちんと泡がはじけたら、何も残らないんじゃない???
学生時代はいろいろなことは経験になり、そしてその経験はそのあとに生きます。残ります。この協力隊活動は生きるのか???経験はした。でも生きるのか???生きるのか?生きるのか?生きるのか?

もう考えるのやめようかな。バガボンドにも書いてある。強いものがわかるのは自分が強くなったときだ。そのときになったらわかるはずだ。

ただ・・・・・
ひとつだけ残ったもの、残るだろうものがある。それはそこで知り合った人間だ。それが残れば泡沫じゃないかな???


ガーナより一言
「日本モードのなってきたかも。」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。もう1年半以上が終わり残り5ヶ月弱です。
最近、自分が日本モードになってきたことを感じます。といって具体的にどうなったかといいますと・・・・余計なことしゃべらなくなった。
日本でも自分の基本方針は「しゃべる必要のないことはなるべくしゃべらない。」でした。なんていっていいか、いろいろな人がいろいろな話をするんだよねー。中には誰にも話せない話ってのが結構あるわけですよ。それを口滑らすとまずいからちょっと黙る。そうするとそういう話が集まる。みたいのもあるんでしょうか?とにかくあんまりしゃべりたくない。
それに集団付き合いが嫌いってのもある。基本的に信用している人間には自分はよくしゃべります。というか、信用している人間以外はつかず離れずでしか話さない。集団になると信用している人間ばっかり。なんてことはまずない。というわけで集団でご飯食べているときとか、ほとんどしゃべりません。前、驚かれました。2人でいるときはあんなにしゃべるのに集団になった途端、まったくしゃべらなくなったので。
人間付き合いは個人付き合いに限る。集団嫌い。
とまあ、日本に帰る感じになってきたねー。以上


ガーナから一言
「ガーナにおける生徒のおじさんの話シリーズ14 葬式は一日に数箇所。」

ガーナで青年海外協力隊員として数学教師をしております。先日、日本に住んでいる生徒のおじさんがたまたまガーナに帰ってきておりまして、その人といろいろな話をしたのでそれについて書こうと思います。内容は、話を聞いてみないとわからないガーナ人のあれこれってとこですかね。

さて今日聞いた話。前述したとおり、ガーナでお葬式は一番お金をかけるイベントです。結婚式よりも大きいのがガーナでは当たり前です。そんなお葬式ですから必ずといっていいほどみんな出席しなくてはいけないようです。ここで問題になるのは遠くの町に住んでいるガーナ人。近くの人が死ぬたびに葬式に帰ってこなくてはいけなくなってしまいます。毎週毎週呼び出されたらたまったもんではありません。というわけでそんな中生まれた知恵なのでしょうか、葬式を一日して数箇所で行う。ということをガーナではやるそうです。たいていは日曜日に行われます。聞いたところでは先週自分の町では5箇所で葬式が行われたそうです。
おじさんなんとそのうち3箇所参加だそうです。・・・・おつかれさま。


ガーナから一言
「ガーナにおける生徒のおじさんの話シリーズ15 何で銀行はお金を貸さないか。」

ガーナで青年海外協力隊員として数学教師をしております。先日、日本に住んでいる生徒のおじさんがたまたまガーナに帰ってきておりまして、その人といろいろな話をしたのでそれについて書こうと思います。内容は、話を聞いてみないとわからないガーナ人のあれこれってとこですかね。

ガーナで長い間暮らしてきて思うのはガーナには産業がない。ということです。皆さんのガーナのイメージであるチョコレート、実はガーナにはひとつしか工場がありません。95パーセントのカカオは輸出している。というから驚きです。基本的にカカオの管理は国ですから勝手に作っていいわけではないようだし、ほかに目立った産業というものがありません。
そこで思っていたのは銀行がどうしてお金を貸さないのだ。ということです。先進国では銀行はお金を集め、それを貸して利子を取る。それによって稼ぐのが基本です。しかしガーナではお金を集め、その口座維持費を取って銀行はやり取りをしている。いったいどうなっているんだ。と思っていました。
そのことをおじさんに話しました。そしたらおじさんの答えは意外なものでした。
「昔はやっていた。しかし借りる借りる人みんな借り逃げしてしまうから貸さなくなった。」
・・・・なんていっていいのかね・・・
確かにガーナには戸籍というものがありません。だからだれがどこに住んでいるというデータがありません。だから逃げてしまうとわからないのです。もちろん日本で受けられるような行政サービスはガーナでは何ひとつ受けられないということになります。しかしそれでも困らないで生きていけるのだからそれはそれですごい。
しかし何よりすごいのは借りて逃げてしまうという発想。考えられない。借りるだけ借りて逃げてしまえ。明らかにBeyond the imagination!!! って感じですな。
でも人間って逃げられる環境になったら逃げてしまうものなのでしょうね。夜逃げする人は日本でもいるからね。
日本はとりあえず逃げられない環境を作っている。ということがすごいということなんでしょう。戸籍という制度だって一から作るとなればどれほど大変か。先人たちはすごかったですね。


ガーナから一言
「ガーナにおける生徒のおじさんの話シリーズ16 外国に行くと警戒される。」

ガーナで青年海外協力隊員として数学教師をしております。先日、日本に住んでいる生徒のおじさんがたまたまガーナに帰ってきておりまして、その人といろいろな話をしたのでそれについて書こうと思います。内容は、話を聞いてみないとわからないガーナ人のあれこれってとこですかね。

発展途上国の大きな問題といえばHIVですね。ガーナはまだいいほうで、ザンビアなどに行くと技術移転をしたカウンターパートがエイズで死んでしまった。という話も聞きますからね。
さて実際地方の都市ではどれくらい意識されているのか?それについて聞きました。ちなみにうちの町では人間が一番集まるStationにSTOP THE AIDEの看板がコンドームの絵と共にあります。
聞いたところによると外国に行った人間は警戒されるそうです。エイズを持っているかもしれないと。ガーナの地方都市のように基本的には自分のうちで農家を継ぐ。というのであれば結婚するような人は知っている人だらけ。外部から入ってくる人間さえ気をつけていればエイズが入ることはないですね。ただしそれがどれだけ徹底されているかはわかりませんが。それに話では外国に行った人間は警戒される。とのことですから首都アクラにちょっと行った人はどうなのだろう?昔、小耳に挟んだところによれば50,60万セディ(1ドル9000セディということは60ドルくらいかな)で女性が買えるということになります。地方の人間にとっては非常に大金だから無理か。
その程度の警戒でエイズが止まっているってことはすごいことです。しかし堰が崩れたようにうつっていく時はうつっていくような気がしますね。怖い怖い。

追伸 自分は女買ったことはありませんよ。そこまでリスクを犯してまでしたいとは思わないもん。


ガーナから一言
「ガーナにおける生徒のおじさんの話シリーズ17 土地や家の物価」

ガーナで青年海外協力隊員として数学教師をしております。先日、日本に住んでいる生徒のおじさんがたまたまガーナに帰ってきておりまして、その人といろいろな話をしたのでそれについて書こうと思います。内容は、話を聞いてみないとわからないガーナ人のあれこれってとこですかね。

おじさん、わざわざ日本から来て今何をしているかといえば親孝行のために家を建てに戻ってきたそうです。というわけで現在、町で家を建てております。
ガーナでは、来てみればわかりますが山ほど土地が余っております。そんな土地いったいいくらするものなのか?そして建築費はどれくらいなのか?それを今回明らかにしたいと思います。
おじさんが建てている家。80m×60m=4800平方メートル 1坪=3.306平方メートルだから1452坪ですね。これが300ドルだそうです。今1ドル110円とすると33000円。ということは1坪23円・・・in Duayaw-Nkuwanta(うちの任地の町の名前)です。ちなみに自分の任地ですが地方の町としてはいい方だと思います。なぜか?って主要道路に面している町だから。それでこの値段です。
さてでは建てる家の建築代はいったいいくらであるかというと1452坪に10部屋、平屋で建てるそうです。その金額が300万円。・・・なんて高いんだ。土地に比べるとびっくりするくらい高いですね。ただしこれはコンクリートなど非常に質をよくした値段だそうです。300万全部はかからないといっていました。イヤー、このギャップに対して日本人はコメントできませんな。

追伸 80メートル×60メートルはおじさんの話です。自分もその家の建築現場を見ましたがそんなにあったかどうか疑問です。それでも実際は4分の1だったとしても1坪100円。安いなー、ガーナ。


ガーナから一言
「ガーナにおける生徒のおじさんの話シリーズ18 アメリカと日本」

ガーナで青年海外協力隊員として数学教師をしております。先日、日本に住んでいる生徒のおじさんがたまたまガーナに帰ってきておりまして、その人といろいろな話をしたのでそれについて書こうと思います。内容は、話を聞いてみないとわからないガーナ人のあれこれってとこですかね。

さてこのおじさんガーナからドイツ、スイス、日本と来たわけですが、ふと不思議に思ったことがあるので聞いてみました。
「なぜ日本に来たのか?」
言語的な苦労を考えれば明らかに日本に来るよりはアメリカに行った方がいいんじゃない?という簡単な考えから聞いてみてしまいました。
おじさんの答えは
「アメリカよりは日本の方が学歴なくても何とかなる。」
とのお答えでした。
冷静にアメリカと日本がどのように違うのか?そもそも自分はアメリカに観光でしか行ったことありませんからよくわかるわけはないのですが、第三者から見てどのように思われているのか、それを知るのは決して無駄ではないと思います。
日本の方が学歴なくても何とかなる国なんですね?アメリカンドリームという言葉があるようにアメリカではどんな人間にもチャンスがあるような気がしますが、それは小さいころからの話で大人になってしまうとだめなのでしょうか?たしかに日本では学歴なくても一国一城の主になれます。現にこのおじさんは店長さんですから。アメリカではそれができないのでしょうか?アメリカのことがわからないからこれ以上は何も進みませんね。
意見募集。以上。


ガーナから一言
「ガーナにおける生徒のおじさんの話シリーズ19 作っても売れない」

ガーナで青年海外協力隊員として数学教師をしております。先日、日本に住んでいる生徒のおじさんがたまたまガーナに帰ってきておりまして、その人といろいろな話をしたのでそれについて書こうと思います。内容は、話を聞いてみないとわからないガーナ人のあれこれってとこですかね。

ガーナでは産業がないという話をしました。ガーナでは土地が余っているという話もしました。そこから考えられるガーナ一発逆転の発展アイデアとしては「農業に特化する。」これしかないと思います。これから先、食糧不足になっていくのは目に見えています。それによって食料の値段は上がっていくはず。ということはここで農業に特化しアフリカの食料庫になっておけば一発逆転があるかもしれない。そう考えたのでそれについてのおじさんの話を聞いてみました。
聞いたところによると今から大規模農業をしてもだめみたいです。たとえば砂糖。サトウキビはガーナでも取れますから「どうなの?」と聞いたら国内産業にするには海外が安い。とのお言葉でした。行政で関税をかけてその間に国際競争力を高める。なんてことはガーナ人ではできそうもないからだめです。
それになりより大規模農業してもお金がないから買わないし売れないそうです。たぶん物価が安すぎるから最初の投資を取り戻すには時間かかりすぎる。またガーナではなんかよくわからないけどカルテルがあって、(要するにトマト、町の中ならどこでも値段が一緒であります)それを崩すことができないんでしょうね、たぶん。よって大規模農業はできないとのお話でした。
一発逆転アイデアもだめでした。ガーナはいったいどうすべきなのか?次回に続く。


ガーナから一言
「ガーナにおける生徒のおじさんの話シリーズ20最終回 人間の問題」

ガーナで青年海外協力隊員として数学教師をしております。先日、日本に住んでいる生徒のおじさんがたまたまガーナに帰ってきておりまして、その人といろいろな話をしたのでそれについて書こうと思います。内容は、話を聞いてみないとわからないガーナ人のあれこれってとこですかね。

おじさんの話シリーズもついに20作目を迎えました。これで最終回です。自分も雑用で移動しなくてはいけませんし、おじさんもそろそろ日本に帰りますからこれ以上続くことはないでしょう。前回の話からの続きで結局ガーナはどうしたらいいのか?という話を最後に書きたいと思います。
「教育。ガーナを変えるにはこれしかない。ガーナは人間の進歩が不足している国だ。日本ならもっと働く。ガーナ人にはもっと効率よくという精神がない。人間の問題だ。」
日本に住んでいるガーナ人のおじさんの言葉です。ガーナに住んでいる日本人ある私もそう思います。ガーナが発展途上国であるのは決して植民地にしたイギリスのせいではありません。ガーナはアフリカで一番の1957年に独立しています。南アの61年、ナイジェリアの60年より早いのです。鉱物資源だって金がとれるし、発展できない理由がありません。人間が悪いのです。
時間守らない。約束守らない。何かあったら逃げる。日がな一日何もしないでボーっとしている。以上の4点を改めるだけでも、いや最後の1点を改めるだけでも彼らはもっとずっと発展するでしょう。

教育を変えるには結局、先生を変えたり、道具を持ってきたり揃えたり。簡単な話でもっと教育に政治が予算つぎ込んだらいいねん。今みたいに給料が安いからいい人間は先生にとどまらない。生徒には教科書がない。ノートがない。そんな状況を変えればいいだけなのに。・・・と思うけど実際やってもだめなんだろうな。何か問題が起こるのがガーナだ。人間の性根をたたきなおしてください。そのためには教育だ。・・・堂々巡りか。でもまず教育だ。


今日の一言
「1980。S55」

1980年生まれ。21世紀になったときに二十歳を迎えた世代であります。成人式の挨拶は言うまでもなく、
「21世紀になって二十歳を迎える。21世紀を背負っていってください。」
だったわけですが、少なくともスポーツ界ではすごいですね。
野球では松坂世代。松坂大輔をはじめ、和田、新垣などなどこの世代の活躍は皆さんがご存知のとおり。
それに加えてバスケでは田伏ユウタ。日本人のNBAプレーヤー第一号です。解雇されてしまいましたがまだまだこれからです。
続きまして・・・・朝青竜。日本人ではありませんが、その活躍はご存知のとおり。この人も1980年生まれ。ひょっとしたら引退する前に史上最強、もしくは戦後最強の横綱と呼ばれるようになってしまうかもしれない。
そして最後はサッカー。聞いたところによるとこの世代はオリンピックでは最年少世代にあたり、(オリンピックは年齢制限があります。そうするとオリンピックに出るのに年齢制限マイナス3もしくは4になる世代ですね。まだ発展途上で3年も4年も違うわけですからオリンピックで活躍しにくいわけです。)谷間の世代か?なんて思っていたわけですが、ワールドカップ予選で大黒がやってくれました。

野球、バスケ、相撲は間違いなく、すごいですね。サッカーはまだまだですかね。そういうプレーヤーは各世代に一人は間違いなくいると思いますからね。
同じ年に生まれがんばらないといけないな。と励みにしている自分でありました。ま、うれしいもんですよね。

追伸 松坂くんが結婚したときは「えー、もうすんの!?」ってかんじやった。もう若くないね・・・


今日の一言
「面白みのない男」

噂話が好きではない。
ゴシップ話が好きではない。
一個人の悪口を言うのも好きではない。

かといって自分の話もしたくない。

うりは誠実、まじめである。
という男。


感想
・・・面白みのない男。


ガーナより一言
「変わる~♪変わる~よ♪ガーナは変わる」

ガーナで青年海外協力隊員として教師をしております。
さてなんだかわかりませんが、ガーナは変わるようです。
去年の12月に大統領選挙がありました。結局、大統領は現職のクフォーさんが引き続きその任に当たることになったのですが、もう1期ということでクフォーさんはいろいろ政策を実行しているみたいです。
何が変わるかというとまず年度末が変わるようです。西アフリカの数カ国で行っているテストに参加するためということで変えるみたいです。今までは年度末は8月だったのですが、これからは5月か6月に変えるようです。そのために来学期はいつもより早く始めるそうです。休みが短くなって自分達にとってはとばっちりもいいとこなんですが仕方がない。しかし5月当たりにずらすって・・・よく考えてみるとどうするの?早く始めるようにするって事は前倒しするってことだよね。いくら次早くはじめたって結局年末年始は休みになるわけでしょ?ということはなんだかんだいってずれていかないんじゃない?・・・ガーナは予定とかいい加減だからできちゃうんでしょうね。先のこと考えて生きてないからたぶん問題ないんでしょうね。
次にガーナの高校、4年生に移行するみたいです。2007年から。現在は基本的に日本と同じ633制(同じといっても間を空けているとか留年とかあるので厳密には・・・)です。それを634制にするということです。協力隊員の先生の間でもみんながみんなシラバス(学習指導要領)が多くて絶対に終わらない。といっていますから間違った判断ではないと思います。しかしシラバスが終わらないのは生徒の学力の不足が原因の面が大きいので自分はそこを変えるよりは・・・と思いますがそこはガーナの政治。自分たちは所詮部外者ですからわかりません。
あとは通貨。今まではCEDIS(セディ)と呼ばれる単位でした。今年からECO(エコ)という西アフリカの英語圏の統一通貨に切り替えるという話です。ナイジェリアとかといっしょになるはずです。ただ7月からエコにするといっていたのに現在(8月の初め)何の変化もありません。流通はさせないという話もあってよくわかりません。
うーん、日本人の感覚からすると年度末が変わる。高校を4年生に変える。通貨を変える。どれも信じられないことですね。大変な混乱が予想されますからね。そんなことができてしまうほどガーナの社会がまだ安定してないってことなんでしょうね。まだまだ発展途上国・・・いつになったら発展途上じゃなくなるんだろうね。


今日の一言
「見ているとき、見なくなるとき」

基本的に人は他人を見ている。当たり前のことである。しかしもちろんその人がどんな人であるか、まずその条件で見方は変わる。上司、部下、年下、年上、異性、同性などなど。
今回は同等の人間を見ている、見られているそれについて書く。

ここ数年の話だけどわかったことがある。それは異性はよく見ているということだ。同性はよく見ていない。それは自分が男だからそういえるのかもしれない。要するに女性のほうが男性よりもよく見ている。どうしてかは知らない。女性のほうが勘が鋭いというし、そういうことから来ているのかもしれない。とにかく女性の方がよく見ている。男性のほうはだいたい第一印象で決める。というか、わかるのかもしれない。興味がないのかもしれない。よく言えばそういう面でも男のほうがからっとしている。悪く言えばただただ単純である。
さてそんなよく見ている女性人なんですが、そこから先がまた恐ろしい。ある日、突然見なくなるのである。何かあって突然、評価が決まるのである。今まで見ているな。と思っていたのがある日突然変わる。それは何かあったときだったりなんとなくだったり。突然だ。単純な男である自分にはわからないが何かあったときに変わるのだ。
見なくなったときは恐ろしい。それは興味を失ったことを意味するからだ。
怖い、怖い・・・


今日の一言
「必要とされている、している。それは何かをもたらす、もたらしてくれる期待を意味し、だからこそお互いに連絡をとる。」

やっとわかった。人間関係において必要とされているかいないかが重要なのだ。
ある人間と連絡を取っているというのは、その人間を自分が必要としているということを意味している。それは相手にとっても同じである。それはその人間が自分を必要としているということを意味する。
なぜ故、必要としているか、それは何かをもたらしてくれるからである。または何かをもたらしてくれる可能性があるからである。
それは「安心」かもしれない。「楽しみ」かもしれない。「癒し」かもしれない。「知識」かもしれない。「面白い話」かもしれない。「考えるきっかけ」かもしれない。「信じるということ」かもしれない。「物質的な何か」かもしれない。何でもいいのである。何かをもたらしてくれるという期待があるからこそその人間と連絡をとり続ける。
その期待の大きさは、それなりの付き合いによって決まる。それに必要とされていればこちらも必要とするようになるし、必要として相手に接近していれば向こうもそれなりに必要としてくれるものであると思う。
ここで重要なのはその期待は平等でなくてはならないということだ。その期待が平等でない場合、問題が起こる。普通の友人同士、さほどお互いに期待はない。その期待は小さく大して問題にならない。たまに会って話して「安心」や「楽しみ」などをお互い提供するのが普通である。しかし恋人同士や仕事仲間など近い人間は別である。
期待の大きさが違う。またはその期待を相手が裏切る。それによって関係はうまくいかなくなる。価値観の違いはここからきているかもしれない。


ガーナから一言
「生徒卒業する」

ガーナで青年海外協力隊員として理数科教師をしております。任期は2年のうち1年8ヶ月が終了。

昨日、高校3年生の生徒らが撤収しました。家に帰ったってことです。ガーナの高校を説明しないとわからないと思いますからまずそれを書きます。
ガーナではこの8月が年度末になります。というわけで学年が変わるのは9月からです。(2005年現在、これから変わるらしい)ガーナの高校ではどのように終わっていくかというとですね。日本のように卒業式で終わりではないんですね。卒業式らしきものはもっと前に終わっている。多分7月だったと思います。その卒業式が終わった後に生徒らは日本で言うセンター試験のようなものを各学校で受けます。それをSSCEというんですがその試験を約1ヶ月半くらいかけてやるわけです。1週間に1教科2教科とかのペースで。
その試験がおととい終わったんですね。3年生らはもうこの学校ですることがない。というわけでさっと撤収ということになります。なんか・・・ドライですな。さっと散っていってしまうわけで別れってもんがない。こんな感じがいいのかもしれないですけどね。
その生徒たちは自分が教えた始めての生徒でした。去年の約8ヶ月教えました。彼らが高校2年のときということです。3年になってからは教えなくなりましたがそれでも全員が全員知っている顔なわけですよ。それがいなくなるのはさびしいもんですよね。
よく考えたら自分らの任期は2年。2年ということは彼らの高校生活の半分以上にかかわったわけでそれって結構大きいことじゃない?と思いました。肌の色が違う先生に教わる。それはこれからの彼らの人生にどのような影響を与えるのだろう?と思いますね。
任期も終わり間近ですが、先生って責任重いですね。
今頃実感か?って感じだけどさ・・・

追伸 こんな時期に試験が終わるってことはどういうことかって言うと結果が出るのが11月ってことです。それは次の年から上には上がれない。ということを意味します。というわけでガーナでは終わったあと1年はみんな浪人?するんですね。・・・そういう国なんです。
貧乏人が勝てないようじゃガーナはまだまだだな。


ガーナより一言
「国際協力における大きな勘違い」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。
協力隊を志望するに当たってよく聴く言葉
「必要とされているところで働きたい。」
自分もだいたい2年前、これに似たことを志望動機の中の1つとして言ったような気がします。必要とされているところで働きたい。そう思うのは何も国際協力に限ったことではなく、どこででも同じだと思います。そう思うのは人間として当然のことでしょう。しかしですね、この言葉に大きな勘違いがあります。
実は協力隊であなたは必要とされていません。○○という個人はまったくといっていいほど必要とされていないのです。必要されているのは「最低限のある能力を持った日本人」だけです。自分の例で言えば「理数科のできる健康な日本人」が必要とされているだけで私という個人は一切必要とされていません。
たとえば企業なら試験を受けて面接をしてその企業の人事部がその個人を必要と認めてその会社に入ります。個人が認められて入るのです。必要とされているのは「個人」です。
あなたが何か法律で困ったときに相談するのは弁護士でしょう?このとき必要とされているのは「弁護士」です。さっきよりだいぶ枠が大きくなったことがわかりますか?
国際協力ではもっとずっと大きな枠「最低限のある能力を持った健康な日本人」が必要とされています。この大きな枠で必要とされている。その状態で「自分が必要とされている場所で働きたい」は大きな勘違いでしょう。
協力隊員はどのように決まるか?1次試験で「最低限」を確認する。これをパスした地点でだいたいこの人はここ。とあてはめられているそうです。よく考えるとただ最低限がわかっただけで大体の場所が決まっている。おかしな話です。(必要とされているレベルがそんなものだ。ってのがここでもわかりますね。)そのあと2次試験で健康と何か・・・たぶん健康と・・・タフかどうか、海外の変なところで生きていけるかどうか?それを見ているんだと思います。

うーん、確かに多少は必要とはされていますよ。協力隊は現在は40歳まで。ただ若いんだからそんなに自分を安売りしなくてもいいと思うけどなー。
というわけで自分の必要としてくれるところで働きたい。という志望動機は協力隊においては大きな勘違いです。気をつけてください。


今日の一言
「面白みのない男2」

噂話が好きではない。ゴシップ話が好きではない。一個人の悪口を言うのも好きではない。
かといって自分の話もしたくない。
うりは誠実、まじめである。という男。
感想・・・面白みのない男。

と1では書きました。それなりに反応があったので今日はその続き。

趣味は
野球、水泳、その他スポーツ鑑賞好き
将棋もうてば、囲碁もうつし、読書も好き
さすがに音楽はやらないが、絵も描く(これは今だけだな)
そうそう忘れちゃいけない、文を書くこと

趣味が多けりゃいいってもんじゃない。
これだけあるとどれがメイン?
どれもたいしたことはない。

趣味が多いってことはそれだけ時間をそれに使ったってこと。
その分何か足りないんだよ。

・・・やっぱり面白くないんだよ。


ガーナから一言
「30ネタも更新してはいけない」

私ガーナで青年海外協力隊員をしております。
えーと、しばらく休んでいたために先週は大量更新となりました。数えてませんがだいたい30ネタ更新したと思います。・・・非常に疲れました。昔は平気でそのくらいやっていた気がするんですが自分も年でしょうか。
ネタを更新しながら裏でメールを書いていく。ガーナのネットスピードだとひとつクリックしたとして20秒から30秒かかります。先週使ったのはそのくらいのスピードだったと思います。カットアンドペーストの作業(書いておいたネタをフロッピーで運んできて貼り付けて更新しているのです)とクリック後30秒、その裏でメールを書く。そりゃあ、疲れるか。

30ネタ。いったいこれはどのくらいの分量になるのか、気になったので調べてみました。14000字。原稿用紙にすると37枚とちょっと。
でーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

しかしこの30ネタ、文が短いほうだったのです。30ネタということは一ヶ月分。ということは毎月毎月もっと多くの文を書いていることになる。イヤー、すごいことですね。

しかし本を考えるとたいしたことないか。もしこのペースで2年間(協力隊の任期)書いたとすると
37.22×24=900枚弱。
自分は馬鹿だからそのくらいになるでしょう。
これは本が出せますな。真剣に考えようかな。だれか良い編集者知っている人紹介願います。
以上


ガーナより一言
「今年は過酷なアコソンボ訓練」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。ガーナではこの時期、アコソンボ訓練と呼ばれる訓練が行われます。具体的には新しく来た新隊員(教師隊員)がガーナ人の前で授業をする。旧隊員の授業を見る。ということがメインであります。

去年はオーガナイズから末端の仕事まですべてに参加した自分でありますが、今年はまったくの不参加。ただの見学のみという非常に楽な立場でアコソンボを迎えました。
今年何より驚いたのは食事と宿泊。内容はともかく今年はこの2点が非常に過酷でした。食事はなんとすべてガーナ食。宿泊も薄いマットレスのみの狭いベッド。
何がつらいってそこがつらいに決まっていて、案の定、新隊員は元気がなくなっていくし旧隊員まで顔色が悪くなっていく始末、非常に厳しい訓練となったようです。
でもこれくらいでちょうどいいと思う。訓練という名がついている以上厳しくないわけはなく、また任地に行けばもっとつらいことも多々ある。新隊員にはこれからガーナで2年間暮らしていく前にいい経験になったと思います。

自分は一日フルに見ただけなのでたいした感想を言える立場にありませんので自分が感じたことだけ書きたいと思います。
15年度1次隊がいなかった。それによるエースの不在を感じました。授業がうまい人間、英語がうまい人間というだけでなく、雰囲気作りができる人間があまりいなかったような気がしました。それはただ今までいた人間がいなくなったからさびしく感じただけかもしれないけどね。


今日の一言
「よくわからないのですがイベントの成功ってどういうこと???」

うーーーーーーーーーーーーーーん、よくわからない。イベントの成功ってどういうこと?失敗ってあるの?
今で言えば愛知万博・・・・愛知万博の成功って何?入場者人数が目標を超えること?テロとかが起こらず平和に終わること?来た人が面白かったね。と言って帰ること?
成功の反対は失敗。では愛知万博の失敗って何?
・・・よくわからないな。だいたいこういうのって終わったあと成功だった。と言って終わるよね。何が成功だったのかよくわからないまま。
アテネ五輪、あれは成功だったの?最後のマラソンで選手が襲われたよね?だから失敗???
昔、体育委員長で体育祭を組織したことあるけど、あれも何が失敗で何が成功だったのだろう?時間通りすべての種目が終わったら成功だったのかな?きれいに終わったけど
「・・・にしてはよかったね。」
と言われた。「・・・にしては」ってことはよくなかったってことか?失敗だったってことか?よくわからない。
だれか具体的に何が失敗で何が成功か教えてください。


ガーナより一言
「協力隊のイリュージョン、マジックについて考える」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。
協力隊、年に1000人くらい多くの国に人間を送り込んでおりますので、その中での独特の言葉というのができてしまうことは特に不思議なことではありません。中でも有名な言葉に「イリュージョン」「マジック」などという言葉があります。2つの言葉は厳密に言うと違うみたいですがその辺はネットで調べてみてください。
簡単に言うと任国に送られる前の訓練所でできてしまうことを言います。訓練は79日間。土日以外はほとんど外に出られず共同生活をしますからその中で男女がいる以上カップルができてしまうのは普通なことですよね。

自分の中での感想としてはたった79日間、相手のことがわかったと訓練所では思うのですが、結局のところ何もわかってない。というのが本当のところだと思います。
協力隊にいくというその特殊な状態の中でのことなのですから、イリュージョンやマジックと呼ばれるのも当然だと思います。とまあ自分ではこのように否定的にとっていたわけです。
ところが最近、ある隊員のところに言って非常にうまく付き合ったのをみて感心しました。イヤーびっくり。その人が言ったのは
「その人とは2年後に一緒にいたいと思った。だから今はお互いほとんど干渉なく暮らしている。」(協力隊の任期は2年)
うーん、これは見事。
普通のサイクルは
特殊な状況の中で付き合う→結局お互い何も分かり合ってない→任地で2年間離れていて冷静になってしまう→うまくいかなくなる
上記のカップルは
特殊な状況の中で付き合う→結局お互い何も分かり合ってない・・・のは当然だから2年後からはじめましょう。
これはうまくいくような気がしますね。ドーッと勢いよく燃えるのであっという間に燃え尽きてしまう。しかし燃え始めるのを2年後にはじめれば燃え尽きることはないでしょう。協力隊のその場で考えるのではなくて2年後を考えて付き合う。あの特殊な環境でそう考えることができたその人に拍手を送りたい気分ですね。


今日の一言
「ある日突然一人に」

どこかの話で読んだ。
「誰でも人には壊してしまえる世界がある。ただそれが大きいか小さいかの違いだけだ。」

自分は、どちらかといえば守りの人間である。できるだけ安全な橋を渡ろうとするし、不必要なリスクを負うことを良しとしない。
それにもかかわらず、ある日突然すべてを壊して一人になりたくなってしまう。突如ブログをやめたり、誰にもメールを送らなくなったり。
誰にでもあることなのだろうか?
決してその世界に満足していないわけではない。しかし何かが告げる。このままでいいのか?と。

そんなわけで休んでいました。


今日の一言
「おみやげのコツ」

昔からおみやげを買うのが大嫌いでした。だって大変じゃん。誰に何をと考えていけばいくほど嫌な汗をかいていく。予算の制限が厳しかった、林間学校や臨海学校なんか何が一番苦しかったといえばおみやげを買う時間であったと思う。
それくらいおみやげは自分を苦しめてきたわけですが、最近になってやっとコツをつかみました。それは
「自分におみやげを買っていって、それをシェアすればいい。」
要するに自分の好きなもの、面白いと思うもの、いいと思うものをいっぱい買っていく。その中から他人に上げるものを選べばいい。これなら余ってしまったおみやげも自分の趣味で買ったものですから何の問題もないし、足りなくなることもないし、この人にはこれという細かい神経使うのは買ってからなのでだいぶ楽になる。
ただしこれは自分の趣味が悪かった場合は最悪ですな。それにいろいろな範囲で買わなくてはいけないから人によっては大変かもしれない。自分は何でもOKという感じの人間なのでむしろ向いてます。
自分の趣味が悪くないことを祈りつつ、楽しい楽しいおみやげ買いを続けたいと思います。


今日の一言
「授業のコツ」

曲りなりなりにも先生を約2年間やってきました。特にその間、授業の訓練をよくやりました。受けたり逆に訓練したり。そこでたどり着いた結論を書きます。
良い授業をするためには
一、 良い授業がどういうものであるかを知っている。
一、万全な準備の仕方を知っていてその準備をすること。
一、理想的には生徒一人一人とマンツーマンになること。

以上の3点。
たったこれだけなんですが、それがどれだけ難しいか・・・


ガーナから一言
「ガーナの虹」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。
レインボーで思い出すのは2年前、福島の二本松における派遣前訓練(協力隊員は現地に派遣する前に79日間の訓練があるのです)での虹だなー。自分は15年度2次隊で期間は9月の頭から11月終わりまでなんですが本当によく虹が見えた。1週間に1度は見ていた気がする。時には2重に虹がかかっていることさえあった。懐かしい。
先週の土曜日、ガーナで初めて虹を見た。2年ぶりの虹との再会であった。
あの頃と現在、何か変わったのかなー、それとも何も変わってないのかなー。などと考えてしまいますね。23、24、25歳と人生ひょっとしたら1番楽しい時期をガーナですごしてしまったかもしれない。ガーナで暮らすことにはそれほどの価値があったのか?
・・・その答えは未来の自分のみが知っている。

世の中に無駄な経験なんてものはない。それを活かすように生きたか?それとも無駄にするように生きたか?ただそれだけの差でしょう。是非とも前者で行きたいものだ。

追伸 だいぶ前向きな発言だ。やばい時期は過ぎた感じですな。心配おかけしましてすいません。


今日の一言
「バランスを乱しているのはわかっている。でも直らない。」

自分で
「いつもの自分ではない。」
「バランスが乱れている。」
「気が使えてないな。」
「無神経なこと言っている。」
って大体わかりますよね。何かしら原因があったわけですし、周りともなんとなくいつもと違う空気が流れますからね。
でも元に戻そう。直そう。と思っても直りませんね。これはしょうがないことだ。時間がたっていつもの自分に戻るまでただひたすらに待つしかない。
時間が解決してくれるまでおとなしく待ちましょう。