ガーナトップ青年海外協力隊ブログ>その14モチベーション下がる

ガーナより一言
「アビリティ「甘える」を手に入れた」

最近は自分でも不思議でしょうがない。なぜか周り、男性隊員より女性隊員の方が仲がいい。高校時代、大学時代、常に自分の周りは男ばっかりだった。にもかかわらず現在は女性との方が仲がいい。現に話しかけやすい人は女性の方が多い。いったい何が自分にあったのか?周りにいる女性も
「他の男性隊員とは何か違う」
とのこと。うーん、いったい何が変わったのだろうか?
そう考えると役に立っているのがお人好し。「他の男性隊員とは何か違う」といった女性も何が違うのか?を考えて一言。
「遊びにいったら、間違いなく歓迎してくれるような気がする。」
あたっている。絶対に自分のところに来て邪険に扱われることはない。お人好しだから。そもそも自分が機嫌の悪いときなどないしね。気持ちの切り替え早いし、八つ当たりとかしないし、そういうところがたしかに違うかも。
でもそれだけでなくて他も変わった。思うのは「甘える」ということが出来るようになったからではないかと思う。今まで出来なかったというわけではない。しかし今までは回りにいたのはだいたい同世代。上でも1つか2つ上。だいたい対等であった。しかし協力隊に来てみて周りは年上ばっかり。なんか対等の付き合いのときにある緊張していなくてはいけない。見たいな物をいっさい使ってない。というわけでなんとなく年上の女性に「甘えて」しまうのであると思う。
何かあれば頼む。「これお願いします。」「食事作ってください。」その変わり必ず気を使う。話しかける。ちょっとした何かをする。
・・・
あと回りに女性がいなかった。というのも本当の所。自分は一見さんには弱いからコンパで知り合ったようなのは絶対にだめ。なんかちょっと何かがあってしばらくいっしょにいると仲良くなる。
ま、たぶんそんな感じで回りは女性が多い。こういう生活も悪くないね。って言うか、むしろ良い。
これもいつまで続くやら・・・


今日の一言
「美しい日本語」

最近は結構な量の読書をしております。そこで思うのは、宮尾登美子の書く日本語は美しい。向田邦子の日本語は読んだあと気持ちいい。などです。
今までいろいろ書いているわりに読んでいるものが少なかった自分であります。なんとなく目がひらかれるような気分になります。自分はわかりやすいようにわかりやすいようにと文章を書いてきましたが、それではだめだ。ということがわかりました。読んでいて美しくないといけないのです。
協力隊の訓練所に入ったときの文がちょっといけなかったですね。とりあえず「記録」というものを重点に置いたために文章自体に美しさが全くなくなってしまった。訓練所はいる前の文章は自分が書いていた文の中で一番美しい文を書いていた時期ですね。簡潔でわかりやすく、美しい。そんな文章を書けるようになりたいもんですね。


ガーナより一言
「報告書」

協力隊員は2年間の活動で全部で5回の報告書が課せられています。(赴任前に日本で0号報告書というのを書くので、実際は6回)1年任期が終わった自分は現在3号が終わったところです。
この年末でその3号報告書を出しました。それを任地に帰って読んでみました。
・・・うーん、書き過ぎ。ガーナ隊の中で穏健派で通っているとは思えないほどの文章。過激です。たしかに文句を書く隊員もいるみたいですが、あまりガーナに対して書く人は少ないみたいです。そのタブーを破って書いてみるというのをテーマに書いたのですが、過激。読んでいるうちに嫌な汗をかいてきてしまいました。
これは事務所員から始まって、大使館の人までが目を通します。そして、日本では一般公開されるもの。別に真実は真実ですから構わないっちゃあ、構わないんですが・・・
ま、いっか。何も困らないな。ただちょっと自分のイメージが変わるかも知れないのが木になる点かな。


ガーナより一言
「労力と成果の関係」

ガーナで協力隊員(教師)をしております。
最近思うこと
「労力のわりに成果でなくねぇ???」
別にこれは協力隊だけではなく、一般的なことにも当てはまると思います。ただ協力隊はボランティアで国際協力。成果はすぐは見えないし、結果も評価しにくいから余計に難しいのではと思います。
具体的にあげますと例えば問題集を作る。ガーナでは印刷屋に頼むと不鮮明でコストが高い。だから自分たちで印刷して製本するのです。プリンターだって日本のではないのです。一枚一枚原本を変えて、一つ一つプリントをとって本にするのです。
その労力で出来た問題集。たしかに好評は好評ですよ。それでも労力と成果を考えると割に合わないような気がする。
何かイベントをする。準備にすごい手間がかかる。何時間もかけて首都に上がって話し合いをし、事務所に知らせる。それを繰り返して出来たイベント。たしかに好評ですよ。それでも割に合ってる?
評価といっても周りが
「良かった。」
というだけである。労働自体もボランティア、それ自体にお金は全く動いていない。
過程も結果も言葉だけ。それで仕事の割りに成果出てる?って聞かれても答えなんか出るわけない。


今日の一言
「かっこいい男・・・にはなれませんね。」

私、ガーナで協力隊員(理数科教師)をしております。ボランティアです。(お金はもらってますがどんなにがんばってもボーナスありません。がんばろうとがんばらなかろうと変わらないのです。)

さて最近、頼まれて多くの仕事をこなしました。新隊員の教育実習です。近くでちょっとしたことが起こって1週間の間に3人の隊員をむかえることとなりました。
正直、頼まれ仕事でして、やってもプラスではありません。新隊員から得るものももちろんあります。初々しいやる気だったり、まあ仲良くなることもプラスにはなるでしょう。しかしながらマイナスの方が多いと思います。まずオーガナイズ。来る前から校長、主任の先生に頭を下げて授業をもらって、突如、ちょっとしたことが起こってまた頭を下げて自分の授業時間まであげて。そしたら当日になって一人体調を崩して来れなくなって、また頭を下げて。(当初予定は2人。4人になって、結局3人だった)
当日は当日で、自分の授業して新隊員の授業の評価して、夜はレッスンプランのチェック。どんなにがんばろうが何もない。でも引き受けたからにはやらざるをえない。
・・・
とこんなことを愚痴ってしまう自分ってかっこ悪いな。って話。最初の文からかっこ悪いですよね。ただただ黙ってやり遂げて、何も言わず背中だけ見せていればかっこいいのに。見てる人は見てるんです。
尊敬する男、野茂英雄は何も語りません。結果のみでものを語っている。
自分もやったという結果だけ見せていればかっこいいのに・・・
そういう男になるように努力しよーっと。


ガーナから一言
「カップヌードルも腐る」

ガーナで協力隊員をしております。
やはりガーナで暮らしていると日本の食べ物が恋しくなるものです。というわけで日本から送られてきた食料というものは非常に重宝しています。なんかめでたいときとか、お客が来たときに食べるのが普通です。
しかしカップラーメンなどは一人分のもんですからなんかのきっかけがないと食べる気が起きません。というわけで長い間、保存されるわけです。
2月25日。ガーナは暑く、なんとなく食欲がありませんでした。なので今日は思い切って秘蔵のカップヌードルを食べようと思い立ちました。
久しぶりの日本の食感を楽しみにお湯を沸かして・・・
お湯を注ぎます。しかしなんか変。普通は湯が注がれるって感じですが、染み込んでいく感じ。おかしいな。とその時は思いませんでした。まあ、いいや。と思いつつ3分待ちます。3分後、あけて食べます。
しかし味がおかしい。っていうか見た目もなんか変。まずカレーヌードルだったんですがカレーの風味がしない。なんか固まってる。かき混ぜても溶けない。
・・・
それが腐っていると判断するまで3分の時間が必要でした。
ノーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
カップラーメンも腐るんだ。知らなかったよ。
賞味期限を見たら去年の6月。
はー、そりゃ、腐るか。しかしこの俺の希望はどうしてくれるんだ。
そうじゃなくても食欲なくて凹み気味でそれを回復するために食べようと思ったのに。
ますます凹んでどうする。
・・・
そのあとはあわてて保存食の賞味期限を調べたとさ。
そんで去年の6月までだったおかゆを食べたとさ。
めでたくない。めでたくない。

追伸 佃煮が食べたい。


ガーナより一言
「やる気なし」

あー、なんかもうさっぱりやる気なし。
なんか、利用されているだけだもん。
派遣側から期待されているのは実験道具というもの。
JICAからだってなんか便利屋みたいで利用されているだけじゃん。
いらねーよ。自分。
ガーナ人が自分たちで出来ることまで横取りしようとは思わない。彼らで出来るなら彼らに任せればいい。それに結果が出ているならどんなやり方だろうと文句がないってのが俺の生きる方針だ。
あと9ヵ月半。持たないかもしれない・・・


ガーナより一言
「国際協力は官の仕事か、民の仕事か」

ガーナで協力隊員をしております。
協力隊員は現地での活動をメインとしております。現地の人と同じものを食べ、同じように暮らす。ということが他の国際協力の人たちとは大きく違うところであります。しかしながら自分は、その任地での活動もさることながら他の立場で国際協力をしている人たちにも大変興味があり、専門家や調整員の方々といろいろ話します。
1年活動が終わって、話を聞いてみて思うことがあります。果たして「国際協力は国がやるべきであろうか、否か」ということです。
基本的に国でやる仕事というものはどういうものであるか?道路を作ったり電車の路線作ったりなど最初に莫大な予算がかかるもの。あとは教育などもそうであります。要するに
儲けが出ないもの。
儲けが出るまでに時間がかかるもの。
儲けというものを度外視して行うこと。
以上の3点であると思います。そう考えてしまうと国際協力というのはすべてに当てはまってしまいますね。ということはやっぱり官の仕事であるということです。

自分がなぜ官の仕事であることに疑問を持ったのか?それを書かないといけませんね。まずいえることはただ物をあげるのはためにならないということです。常識的に考えればわかることですが「ただのもの」は所詮「ただのもの」です。なくなったらまたもらえばいい。スーパーのビニール袋をいっぱいもらっていくおばちゃんの心理です。感謝はない。もらって当たり前。だからただで物をあげるのは絶対にだめです。それはもらって当たり前という「援助なれ」を発生させる原因になります。そうすると彼らとしては自分たちは努力しない。なくなったら頂戴。ただそれだけになる。そしてもらえなくなると何でもらえないの?という。こっちとしては感謝しろとは言わないまでも、もらって当たり前という態度に出られては頭くるのは当然でしょう。
しかしながら、国の実績というのはいかにお金を使ったかが実績になります。何人隊員を送ったか。ここに何かを作った。その案件が多ければ多いほど彼らにとっては仕事したことになります。そこに大きな矛盾があるのです。
「ただ金を使うのは良くない。でも金を使うのが実績だ。」
これは国際協力だけではなく、国というものがお金を使うということに関してぶつかっている矛盾ではないか?と思います。地方ではもらえるお金は全部使ってしまわないと次の年に減らされるだからたいして必要でもないものを作ってしまう。金を使うのが仕事なのです。それが「官」の仕事。
「民」の仕事は逆です。できるだけお金を使わないようにする。それは企業として最高の利益を上げるために行うのですから当然のことです。
さてここで整頓しましょう。隊員などをただで送り込む。家の提供をしなくてはいけないとはいえ給料は払わなくて良い。つまりほぼただで人材をあげていることになる。
「草の根」援助などで何か建物を作ってあげる。これは半分近くは必ず相手に出させることになっている。じゃあ、いいのかな?でもいらなくていいものまで作ってないかな?本当に必要なところに建てているかな?
と考えていくと競争がなく、ただお金を使うことが目的の「官」では限界があるのでは。ということです。
では「民が行う」ならいいのでしょうか?
できるだけ民はお金を使わないようにする。そうするとここでは利益が上がらないから撤退ということになるのは必定。
「官の委託で民がやる。」
プロジェクトの見積もりなら何ならは全部民にやってもらう。管理も民。その謝礼に官がお金を払う。
プロジェクトをする。使えない奴はドンドン首が切られていく。そうすると結局、誰も残らない。でもそういう厳しさは当たり前ではないのか?しかし人材は育たない。それでいいのか?
しかも謝礼は決まっていて仕事をどんなにがんばっても変わらないなら何も変わらない。競争が起こってない。だめである。

上記に書いたことは国際協力が今、ぶち当たっている問題です。(支離滅裂気味ですが・・・)
独立行政法人化されて多くのことが現在改革中です。ガーナ事務所も最近、いろいろ変わっています。専門家も結果主義といわれているそうです。しかし国際協力なんて仕事でそんなに早く結果が出るわけがなく・・・
どうしていいか、よくわかりませんね。
勉強不足ですいません。


教育実習に関するレポート

教育実習、これ自体は何回も行われているものであるが目的がしっかりしていないのは問題である。基本的に監督する人にすべて一任されている。自分を監督してくれた先輩隊員と同様、自分としてはレッスンプランを重点に置いた。それは任地で実際に教える訓練ということにつながる。しかしながら新隊員の一人はガーナ人の前で授業を行い、それに慣れる。ということが目的であると思っていた。その意識の違いによって問題が生じた。授業を本当にするとしたら具体的に何を教えたいかが一番重要になる。しかしただ慣れるということならインパクト授業が認められる。つまり授業の目的が、実験ツアーのように「理科を好きになってもらえる授業」で良いのである。彼はそれを準備していて、問題となった。ここは理数科教師の中で意思疎通を必要がある。

さて、今回、自分は3人(1人病欠)の新隊員を自分の学校にむかえ、教育実習をした。教科は総合理科が2人、選択化学が1人である。自分は数学を教えているだけで細かいことはわからない。そこで自分としては上記のとおり、レッスンプランの作成について重点を置くことにした。見る自分の視点として唯一つ「そのレッスンプランを自分が見て、授業をするとしたらどうであろうか?」ということである。これは自分が教育実習を受けたときに受けたものと同じである。基本的にNTCで受けるものとは違う。そしてこれを自分が毎回作っているかといえばそうではない。しかし、基本的に紙にすべて書かないだけで同じことをしている。
その視点で他人のレッスンプランを見ることによって、多くの疑問点が浮かんでくる。この授業の目的は何かはっきりしない。時間の配分としてはここまで何分で終わっていればいいのか?このような質問が飛んできたときにどうすればいいのか、それに対しての準備がしてないのではないか?などである。
自分が受けていたときは、正直、よくわからなかったが自分がそれを見る側になってわかるようになった。要するに他人がそれを見る視点で自分のレッスンプランを見ると何かしら視点(目的の重要性、生徒の質問の予想とその答えなど)が広がって見えるものが増える。ということをわかって欲しかったのだが、実際はどうであったか不明である。
しかし彼らは全員が全員、根本的に問題ない。これから精進すれば1年後には間違いなく自分より良い教師になるだろう。

さてオーガナイズに関しては、正直、大変であった。できればもう2度とやりたくないのが本音である。まずウェンチのチーフの死で当初の予定2人から4人になった。それによって授業のオーガナイズは大変困難になり、自分の授業を分けることにし、組みなおした。そこで1人病欠。他の先生に無理を言ってわけてもらった授業をすいませんと言って返すのは正直なところ、非常に申し訳なかった。期待していた生徒にもごめんと言った。自分も変に疲れた。それにレポートを書いて。と頼まれた。そういうわけでやっているときにちょっと腐った。「この教育実習わりにあわない」そう思った。
自分たちはボランティアである。だから何やるにしても報酬はない。当然である。実験ツアーやるにしても問題集作るにしてもそうである。しかしそれらは自分がやりたいからやっているものである。しかし教育実習は別に自分がやりたくてやっているわけではない。だからわりに合わない。そう思った。
しかしシニアに言われた。
「やってもらったのだから、やってあげるべきではないか?」
よく考えてみれば、協力隊員の活動すべてがボランティアであり、実験ツアーや問題集にしても、先輩隊員が作ってくれたものを途絶えさせてはいけないという義理でやっている面は大きく、そう考えればやってもらった教育実習をやるのは当然である。
何か他の場所でも思ったがボランティアはモチベーションを保つのが難しい。
慕ってくれる生徒のため。―では他の学校の生徒はどうなのか?
何かに対する義理のため。―抽象的すぎる。
結局は自分のためなのである。

後輩隊員へ
4人は無理がある。隊員が増えるので2度とこんなことはないとは思うがやらないほうがいいと思う。
以上。


ガーナより一言
「産業がないって事は文化がないってことだ。」

ガーナには産業がない。優れた人材は流失してしまう。などなどガーナの問題点はたびたび触れてきました。
そこでガーナを全体的に改善する手は産業を興すことである。と自分の中で結論されました。
仕事がない。給料が安い。食べ物がない。ものがない。教育で教科書がない。ノートがない。時間を守らない。約束守らない。・・・多くの問題点がガーナで産業がある。ということが解決するのではと思います。
そこで産業を興すにはどうしたらいいだろう?と考えるとこれは大きな問題です。自動車はおろか、自転車すら自国生産をしていません。他の隊員に話を聞いているとミシンすらも自国生産を全くしてない。とか。
このような状態でそういうものを作る産業を興すには高い関税をかけ、国内で作るものが市場の中で安くなり売れなくてはなりません。しかも最終的にはその関税をなくしても競争できる比較優位がなくては産業として国内には残りません。関税をかけるならかけるで物価の高騰は目に見え、経済の多少の混乱は起こることは間違いないでしょう。しかしガーナはこれから”エコ”という新通貨に切り替えるとのこと。そこで経済の混乱は起こるのでしょうからこれからが千載一遇のチャンス・・・のような気がするのですがそれを行うにはそれなりの準備が必要で、もう間に合わないでしょう。
ガーナで有名なチョコレートだってカカオの95%は輸出。ガーナにあるチョコレート工場は1つ。それも国がカカオをすべて管理しているのだから産業としてはどうしようもない。
ではそもそも何でこんなに産業がないのであろうか?
結論としては文化がないのでは。ということになりました。いい例が”お茶”です。
ここはイギリスの旧植民地。ティーというものがあってもいいはずなのに存在しない。ここでは暇があれば”ミロ”を飲みます。周りの各国にはあるにもかかわらずです。
それはお茶を飲む文化がないからです。よく考えてみるとすべての産業は、その国の文化から来るものです。この国にはその文化がなかった。文化が成り立ったころにはすでに外国から輸入するのが当たり前になっていたのでしょう。
ガーナは1959年に独立し、それはアフリカで最も早かったのです。それでいてこのような状態であるのは腹立たしいことです。
だめだねー、ガーナ。


今日の一言
「近頃は書いてないね。」

近頃は、とんと文をかかなくなった。
理由としてはまず、自信を喪失したというか、これでいいのか?このような文を書いていていいのか?ということがわからなくなった事が1つ。
あとは出来るだけ美しい日本語を書きたいと思うようになったからだ。
そのために今はひたすら本を読んでいる。本を読む楽しみをガーナという土地でしかも24という歳で発見したというか再確認したのだから自分が今までの人生、なんとなくもったいなく過ごしてきた気がする。
でもやっぱり自分の思ったことを書かないで心の中で反芻するよりは書いたほうが精神的に良いってんで現在、これを書いております。
シンプルで美しい文を書きたいよねー。


ガーナより一言
「残り10ヶ月となって本音を語る」

ガーナで協力隊員をしてもう14ヶ月がたちました。あと残すは10ヶ月です。正直なところ、1年もたってしまえばガーナについてだいたいのことはわかり、あとは自分のやりたい事をやればよいというのが協力隊員だと思います。
自分のやりたい事といえば「自分の勉強」ただこの一点につきます。英語の勉強、そのほか経済や法律などなど勉強したいことがたくさんあります。もしそのような勉強が今までの14ヶ月で終わっていたら自分は任期短縮をして日本へ帰るでしょう。それらをこれからするためにガーナに残ります。日本に帰ったらこれほど時間に余裕を持って勉強する機会などもてないでしょう。だから私はガーナに残ります。


今までの協力隊活動を自分で採点したいと思います。自分の中で、自分の独断と偏見で、協力隊活動をいくつかの項目に分け、点数をつけたいと思います。
項目 
授業・・・これは理数科教師の自分たちにとってメインといっても良い活動です。任地の学校での授業ですね。与えられた時間のほかにエキストラ授業も含みます。
学校へその他の関与・・・学校が休みが終わったあとしっかり予定の日に始まるか、職員会議で意見を言う。他の先生がしっかり授業をしているか見る。学校のイベントに参加するなどできれば関与を求められている事柄ですね。
ガーナ人との付き合い・・・任地で暮らす基本はやはり任地の人との交流です。ガーナ人の友人はいるか。近所の子供と遊んでいるか。休日、ガーナ人といっしょに教会に行ったりするのも良い交流でしょう。それによって学ぶことは多くあるはずです。
その他活動・・・これは任地での活動というよりは協力隊員が協力して行う活動などのことです。例えばガーナ協力隊自治会、分科会などです。
その他日本人との付き合い・・・協力隊員同士で話をするということも一つの勉強です。専門家や調整員、日本大使館の方との付き合いもこれに入るでしょう。これもまた良い勉強になると思います。

さて結果
授業 50点
学校へのその他の関与 10点
ガーナ人との付き合い 50点
その他活動 95点
その他日本人との付き合い 95点
授業は与えられた分をこなしてはいますがそれ以外は最近はおこなっていません。隊員の中でも自分は受け持ち授業が少ないので50点というところでしょう。
学校への関与はイベントには参加しますが他はほとんどノータッチ。上の授業のことでもそうですが基本的に自分の学校はしっかりしているからほっておいても大丈夫だからという理由もあります。
ガーナ人との付き合いは基本的に近所の子供とよく遊んでいます。特別プライベートで遊ぶガーナの友人はいないのでこんなもんです。
その他活動は、自治会の会計をしたり、分科会の中では問題集の作成やイベントごとへのほぼ毎回の参加。周りでこれについて自分に文句を言える人はいないでしょう。これから先、ちょっと休もうと思っているので満点は控えました。
その他日本人との付き合いはこれも非常に優秀です。ありとあらゆる隊員と良好な人間関係を作ってますのでありとあらゆる話を聞いています。調整員やシニアも同様。専門家とは一番仲の良い隊員かもしれません。大使館の人とあまり関わりないところでちょいと減点。

とまあ、こんな感じです。任地では無難にこなし、他では力入れてやっているという感じでしょうか。やはり言葉に難があるので任地では無難になってしまっている自分であります。

最後に。
今まででわかったことは、自分は最先端を学びたいと思ってるということです。1年以上たった今では、ガーナ人との付き合いの中で自分がわかるのは、今までのことの復習です。本当に真新しいことを学ぶということが彼らからはほとんどなくなった。言語が不自由な自分ではもう限界です。というわけで日本人との活動の方がメインになってきているのではないかと思います。その方が学ぶことが多いのです。あとは学びやすいということもありますけどね。

ま、いいんじゃないって所ですかね・・・


ガーナから一言
「こりゃ、むずかしいわ。」

シニア(シニア隊員。隊員よりちょっと上の身分の人って所でしょうか)について“要請開拓”にいってきました。要請開拓というのは、いろいろなところを回って青年海外協力隊員が必要なところをさがす。という仕事です。中にはアポイントメントをとっていくこともあるとは思いますが、基本的にはまずいってみる。って言うのが基本みたいです。というのも協力隊員をホントに必要としているところって言うのは協力隊そのものを知らないところが多いので、いろいろな人の話を聞いてここはどうなんだろう?と開拓するんですから大変です。日本のように電話帳があって教育関係ならここにいけばいいや。というのがすぐわかるわけではないのです。
それで行ってみたら行ってみたでそんなにしょっちゅう同じ場所に出張するわけにも行きません。ガーナも広い。それでいて飛行機で移動、新幹線で移動ってわけには行かないのです。だから1時間弱の交渉でそこの責任者(学校で言えば校長)はしっかりしている人であるのか?住居は提供できるのか?生活環境はどうだ?などのことを見て、隊員派遣が可能か判断しなくてはいけません。
自分の感想を言えばはっきりいって「難しい」です。たった1時間でわかるものなどたかがしれてます。相手だってその時間なら猫をかぶることは可能です。最近はまだよくなったみたいですが昔は本当に隊員が入ってみてここはだめだ。ということがあったみたいです。要請開拓をする人間はそこで暮らすわけではないのですが、そこに入れられた隊員にしてみればたまったもんじゃないわけで・・・
そんなことを言って要請の段階できっちり調べるような人間もいなければ時間もないわけです。
その辺が10年やってやっとわかったみたいなところがある国際協力というものの難しさなのかな。と思う自分でありました。


ここからは一言シリーズ「気になる。。」を。

日本男児の生き様は色なし、恋なし、情けあり
なーんて歌もありましたなー。

何をしたらいいのやら。
これって意味があるのかね。

どうも集中力ないな。
恋ってやつ?

あなた、最近評判悪いのね。
いーんじゃない。そうやって人生勝ってきたんだから。
負けるときがきたらそれが間違ってたってことだよ。

ひきこもりっていいよね。
何より楽だしね。
でもこれ「逃げ」だね。

やってもしょうがないんじゃない?
そうだね。でも「無駄である」って結果を得るのも仕事じゃない?

メール来ないね。
送らないからだよ。
どっちが先に送るのかって、かけひき?

親友って別に連絡とっていなくても不安にならない人だよね。

読書って勉強?
何か得るものあれば勉強じゃない?
じゃ、世の中全部勉強じゃん。

「勉強」って「勉めて強い」なきゃいけないの?
響きが悪いよな。
「学習」にしたら?

細かい意思疎通って日本語でも難しいよね。
英語でなんてますます無理だ。

人生これでいいのかね。
だめだったらつまづくからいいんじゃない?立ち直る準備があればね。

あんまり生き急ぐなよ。
たとえ女性で30前でも。

人生やっぱり厳しいのね。
少なくともいろいろ考えて生きようよ。

考えれば考えるほど希望が見えてこないときはどうしたらいいのかねー?

恋は盲目。
愛すると見えるようになるのかな?

相変わらずチャンスをものに出来ない男だねー。俺も。

「愚直」
余計なことは考えないで進んでいったらいいんじゃない?
今は。

あちゃー、またまた人生の見積もり甘いよ。

何も知らなきゃ、幸せなのに。
それって幸せかなぁ?

ボランティア
競争してない社会活動のことだよ。

子供と楽しく遊べるってことはまだまだ自分は子供って事かな?

一日一日何やって暮らしてるのかなー?

協力隊員って孤独との戦いもあると思うんだけど・・・
なきゃないでいいじゃない。

日本に帰りたい。
ホームシックじゃないよ。
こりゃだめだ。

最近、ガーナ人だけじゃなくて、隊員にもうんざりしてる???

ひたすらひたすら本を読む。
そういう時期も人生にはあっていいじゃない。

自分がそうだったからって人に押し付けるのはやめようよ。

あー、うまいもん食いてー。
うまいもん食ってないと生きる気力が湧いてこないよな。

アフリカの青年海外協力隊員。
なんかこれを世俗を離れて生きるっていうんじゃない???

結局、それが良かったか、悪かったかって時がたってみないとわからないよね。
でもその時、充実していたかどうかは問題だと思うよ。

国際協力。
結局、教育と飢餓、最低限の社会権に対してだけ援助してりゃいいんじゃないの?
あとは自分たちで発展させるべきだ。もしくは一般企業の進出で。

うまいもんっていっても別にフランス料理が食べたいわけじゃないんだ。
本当においしいお惣菜が食べたい。たくあんや漬物だけでも良い。

結婚??
あと5年くらいはしない予定です。
結婚している友人に完敗!乾杯!どっちだろ?

今は今に生きろ!
って昔、誰かに俺が言ったわ。
そうなんだけど無理だよね。生きていくのに臆病になったかな?

人生そろそろ3分の1か。(24歳)
まだまだ人生定まりません。定まる予定もありません。
蛟竜となれるかね。

自分の価値観を相手に押し付けるの、やめたら。
先輩隊員曰く
「たった2年だから先輩後輩関係なく、敬語とかもやめよう。」
先輩隊員面して自分の価値観を押し付けてんじゃねえよ。

うらみつらみ。言い訳。「負」の言葉は言わない方がいい。他は簡潔明瞭にいっぱいしゃべるのがいい。

一度失われた信頼は二度ともとには戻らんでしょ。

損得なく自分のために周りに怒ってくれる。―嬉しいもんだよね。

自分が切れるときっていつも「バカにされた」と感じたときだな。

「あわてず。急がず。」いい事だけどたまには急いで。

何にも認めるところのない人間とはうまく付き合えないもんですな。

合理的。それだけでいいの?

理解されない自分。それはプラスかな?マイナスかな?

一言一言重過ぎんのも考えもんだ。

嫉妬。この世で一番周りが見えなくなる感情だ。

敬語ってのは年上に使うもんじゃない。尊敬できる人に使うもんだ。

人生まだまだ先は長いぞ!

孤独に慣れちゃうと他人には寄れ掛かれんなー。

「人」という字は互いに支え合ってるだと。よく見ろ。かたっぽ支えて、もうかたっぽが寄りかかってるじゃないか。それが人間関係なんだよ。

目立ちたい??アホか。しっかりやってりゃ、勝手に目立つわ!!

自分が気にするほど周りは気にしてないよ。でも些細なことでも見ているよ。

迷ったときは立ち止まり、自分の道をまっすぐ進め。

「希望」か・・・この言葉、全部が全部、光り輝いていて気にいらねえな。

最後は孤独な人間が一番強い気がする。でも最後になることなんてあるのかな。

他人がオレのことをわかるわけがない。
自分だってよくわからないんだから。

凹んだときに体調を崩さずいつもよりがんばれるか。出男の価値は決まるかな。

荒波を起こすのは一箇所に限るべし。何箇所もやると自分を維持しづらいな。

歳を重ねると直球勝負ってしづらくなるもん?

燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや
そう思っているからいい関係が作れねーんだ。

自分が楽しいと感じなければ周りは楽しいと感じない。
でも自分が楽しいからって周りが必ず楽しいわけではない。

青年協力隊員になってわかったこと
ただでものをあげてはいけない。
競争のない社会はだめだ。
何かを行うには万全の準備をしよう。

批判は集中するものである。

自分というものを好いていてくれる人がいるというのは、自分の自身になりますな。

青年海外協力隊員という2年においては出世は認められないらしい。同じキャラで居続けなくては・・・・

すべてを受け入れられるその余裕。いつまで持ち続けられるかな。

毎日、連絡をとる。
そんな信頼で大丈夫かい?

適材適所。長い時間の中で自然に決まるものじゃない?

若い力はまだまだだよ。若い方からもそう思う。

下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。
いくつ心に届くかな?

人間ってバカだからずっといっしょにいると好きになっちゃうんだよねー。

自分にだけ優しくして欲しい・・・
考えとく。ただアイデンティティーの問題が。それはオレを否定してるぞ。

一人で飲む酒はまわるなー。
心がでてきていいかも。

何かにとらわれると剣はでない。 バガボンド
何か気になってると自分の力発揮できんぞー。

自由の国アメリカ。この空気を吸うだけで高く飛べると思っていたのかな。 スラムダンク
環境が変わったって自分は自分だ。

恋とは相手のすべてを奪いたい感情。愛とは自分のすべてを相手に与えてもいいと思う感情。 某隊員
愛に達するにはまだ若いかな。

結婚。あと何十年もいっしょにいる相手を決めること。そんな相手いるのかなー。

恋愛によって人は成長する。
自分はその成長が足りねーなー。

どうして恋愛なんてするんだろう。冷静じゃなくなるし、余計な感情も出るのに。

どんな人間がまわりに残っていくんだろう?
誰も残らないのはやっぱり自分の魅力が不足してる。

優しい。お人よしとどこが違うの?
同義だったらオレは優しい。

優しい(やさしい) 優れる(すぐれる)
楽(らく) 楽しい(たのしい)
いっしょかい?だいぶ違わない?
I am sorry.
(残念です。)(ごめん)
もだいぶ違うぞ。
追伸 Y子ちゃんちょっとパクリました。

やっぱり自分がうまくやりたいけどいってない異性とうまくやっている同性は気に入らないもんかな?

ほんっとにわかっている奴は何もいわねえな。

すねた奴なんてほっときゃいいじゃん。どうしていれようとすんの?

未知の人に抱くのは、憧れか、恐れか・・・
裏表だねー。

そのことに関して何も言わない。ということが最良である事もあるんだねー。

調子に乗り続けて人が怒るまでわからないなんて、なんてバカなんだ。

他人と、会話をし、会話をし、前に進めようとするのが良いか、背中を見せて向こうが気づくのを待つか、難しいところだな・・・

青年海外協力隊
未完成な人間を送って「成長してきてくれればいい」って送られる方の身にもなってよ。

自分の仕事を捨ててまで来る青年海外協力隊。そこまでして来たいものかと不思議でたまらない。

ガーナにも携帯電話が普及してきました。
隊員づきあいも変わってきてるね。

物心ついて、精神的に誰かに依存したことはない。一人で生きてきた。生きていける。なのにどうして他人を求めてしまうんだろう?

誰かが必ず助けてくれる。それは人徳ではあるけれど、ほっといてほしいときもある。一人で居たいときもある。・・・一人で生きて行けなくなってしまう・・・

「人」ではなく「ト」の縦棒である。「人」になってしまったら2度と「ト」には戻れない。

周りの目、この人は明るいと見られていたら、見られている人間は明るくなきゃいけない。ちょっとでも元気がないと心配されるから。
明るい自分を作ってしまった自分が悪いのか・・・そう見る周りが悪いのか・・・

誰かがいなくなっても誰かがいる。自分で作り上げた人脈。困ったときは助けてもらえる。でもそのしがらみがうっとうしい時もある。

大人数からある少人数グループを作るときでさえ、全員が全員と仲がいいグループってのは作れないもんだねー。

友人とは常に50:50でいないとね。どっちが偏りすぎるとだめだね。

いきなりメールが来なくなるのは、まちがいなく異性関係で何かあったときだ。

揚げたてのてんぷらを塩で、ビールといっしょに飲む。信頼できる人と。
これが今の一番の幸せ。

扇風機。汚れ落とすと・・・美しいね。

長いメール、打てる限界まで打ってくる人。短いメール、カラッとしたメールを打ってくる人。
性格の違いだねー。でもこれで価値観が合う合わない。ちょっとわかるかも。ちなみに自分は前者です。


気になる。「蚊」
よく考えるとわけわからんなー。
何でプーンって飛ぶんだろう。あんな音たてなきゃ、潰されないのに。
あと血を吸うのが目的でしょ。なんでかゆみを残していくんだろう。かゆみ残していかなきゃ、人間は黙って血をあげるのに・・・

やっとわかった。ガーナの学校では「生徒が主役」じゃないんだ。

仕事はやることしっかりやってあとは背中でプレッシャーをかける。それでいいような気がしてきた。


ガーナより一言
「ただいま、バケーション中。しかし仕事をするガーナ隊です。」

ガーナで青年海外協力隊員、理数科教師をしています。
2週間ほど更新が滞っておりました。というのもバケーションに入りまして、いつもと違った生活の流れをしているので更新をするという習慣からちょっと離れているからです。
そんなことをさておき、いったい協力隊員というのはバケーションの間いったい何をしているのだろう?と一般の皆さんは疑問に思うかもしれませんが、特になんてことはない。せっかくの休み、旅行にいったり骨休みしたり、気の会う仲間と暮らしたりなんてしてると思います。しかしそれは他国の隊員の話。ガーナの場合、今の例だと、仕事したり、骨休みしたり・・・になります。というのもガーナに旅行するようなところが少ない。
聞いた話によるとケニアなどは旅行に行くところがいっぱいあって2年間の活動の間には到底全部回ることはできないそうです。ガーナ・・・・2つか3ついったらもうおしまい。有名なのは2つか3つしかない。その有名なのもたいしたことない。断っておきますがガーナにはライオンいない、シマウマいない、キリンいない・・・・たいしたもんは何もいません。なんか動物園にはいるという話を聞きますが何でガーナくんだりまできて動物園になど行かなきゃならんのだ。いる動物といえば象、サル系・・・そんなもんかな。別にサルは日本でもいるもんね。植物だって日本にないものはありますがそんなに何回もいけるもんじゃないし、いろいろなところにはない。
そもそもいつも書いてますが、ガーナには産業がない。産業がないって言うのは言い換えてしまえば文化がない。文化が少ないということです。ということは必然的に見るものは少なくなるということで・・・
ちゅうことでガーナの協力隊員はバケーションでも働いてしまいます。だってすることないんだもん。いろいろな国に行ったことのある調整員やシニアなども言っています。ガーナは分科会活動が優れている。・・・別に優れているわけじゃなくて、休みにすることないないからみんなやっているだけ・・・なんていうとみんなに怒られるので「かも」ということにしておきます。
ということで休みなのに仕事をして(昨日は問題集の印刷1600枚裏表)暮らしている自分でありました。


ガーナより一言
「すいません。ごめんなさい。」

えー、2005年3月はガーナ協力隊にとっては悪夢の月となりました。特にHealth Administrator健康管理員にとっては。というのも5人もの人間が「熱帯熱マラリア」にかかったからです。2004年度はそれまでマラリア人数は2人であったのでそれがいかに多かったかが察せられると思います。
ちなみに私もその中の一人でありまして、迷惑をかけました。ごめんなさい。(マラリア奮闘記参照)とそれを謝りに来たわけではなくて、実は・・・その5人のマラリアの原因を作ったのも実のところ自分であるような気がしているのでそれについて謝罪したいと思います。
マラリアにかかったのはBUSUAビーチリゾートというガーナの観光地の一つだと思われます。ここである隊員の送別会が行われ、そこで隊員が20数人集まったわけです。マラリアにかかったのはここに来たメンバーですのでまず間違いないでしょう。
そこで実は私、頭にきてぶちきれてしまいまして、原因はほかの隊員の悪乗りとかいろいろ言われています。(真意のところを汲み取っている人は誰もいないような気がしますが)その自分がぶちきれたあと、いろいろ話が格場所で行われたみたいです。そこは外であったりいろいろな場所であったみたいですが、その時に皆さん、ハマダラ蚊(マラリア原虫を持っている蚊)にさされたみたいです。
ということはあの時、自分が大人気なく怒ることがなければ今回のマラリア大量発生は起こることがなく済んだ筈であり、なんとなく原因を作ってしまった私としては皆さんに謝らなくてはいけないような気がしまして・・・ごめんなさい。


ガーナより一言
「うーん、もういいかも・・・」

ガーナで青年海外協力隊員、理数科教師をしています。
青年海外協力隊は年に3回人間を派遣しています。ということはガーナという国において年に3回新しい人を迎え入れることになります。その分、3回人が帰るわけで出会いと別れ、赴任期間の2年間はてんこ盛りであります。
自分は2年間の活動のうちの3分の2が終わりました。15年度2次隊できています。
この4月、16年度3次隊が来ました。13年度3次隊から14年度3次隊と別れ、15年度3次隊から16年度3次隊までと出会いました。
正直に書かせていただいて、もうおなかいっぱいであります。
特にガーナは現在人数が急激に増えていて、現在15年度隊全部(1から3次隊まで)で17人、16年度隊全部で40人以上とそれだけ見ただけでもいかに人が増えているかわかると思います。
というわけでもういいか。という気になってしまう自分をお許しください。やっぱり人数が40人くらいだった時代はみんな家族みたいだったし、隊員宿舎はきれいに人が入っていたわけですよ。しかしもう人数が増えると希薄な関係も多く存在してしまうのはしょうがないし、いろいろ揉め事が起こるのはしょうがないと。もうそんなことに巻き込まれたくありません。というわけで休みの間まで任地に引きこもるようになったらごめんなさい。


今日の一言
「一番自分の自信になること」

自分は自分が好きではないし、自分に自信があるわけでもない。特に英語圏にいて英語が嫌いで苦手なのだから自信が出るはずもなく、戦々恐々としてとまでは行かなくても、それなりにちっちゃくなって、というか、無理な暮らしはせず、居易いところのみにいるというたいしたことない人生を送っております。
そんなある日にある人からいろいろ聞きまして、思ったことを書きたいと思います。
良く知っている人間に「好きだ。」と言われること、愛の告白をされることくらい自分の自信になることはない。そう思った次第であります。
たしかによく考えれば、他人が現在の自分を好いてくれている。これは現在の自分を全面的に肯定していることになると思います。ほれてしまえば「あばたもえくぼ」。自分の欠点だって相手はほれてくれているのだからそれほどありがたいことはない。
自分が「引っ込み思案」なところを相手が「遠慮がちな一歩下がった人」となんていわれたりすると自分ってこれでいいじゃん。なんて思うわけです。
一度に3人くらいから告白されたら、もう有頂天。自分でいい男、いい女なんじゃん。と思ってしまうのも当然。これは自分の自信になる。
前にも書きましたが、自分に自信がでると自分に余裕が出てくる。それがまた異性をひきつける。というもてるサイクルにのれるわけです。しかし自分に自信がないと自分に余裕がない。ひがむ。もてない。などというもてないサイクルにいるわけですから大変だ。

・・・誰かいないかなー。


今日の一言
「文句言われて我慢できる人」

大学が終わって2年がたちまして、ちょっと年上の人とも親しくなりました。やっぱり人生数年長く生きていればそれなりに得るものが自分より多いみたいでいろいろ教えてもらうこともあります。
またそれなりに仲良くなればほかの人が言いづらいようなことも言ってくれるようになります。しかしほかの人が言いづらいことなのですから言っていることはもちろんきつい。そんな時なぜゆえに腹をたてずに我慢ができるかといえばその人を信頼し、尊敬しているからこそできるのでは。と思いました。
ということは自分の伴侶にそういう人を選べば人生安泰に生きていけるのでは。と思ったしだいでありました。


今日の一言
「甘え上手???」

最近、ある人に言われたセリフが自分にとって印象深くまた面白い。いままで自分を知っている人間がどう思うんだろう?というのもあって、それについて書きたいと思います。
そのセリフとは
「スギタは甘え上手」
とのことです。甘え上手???少なくとも2,3年前までは自分の辞書の中にはなかった言葉ですね。前に「甘える」を手に入れた。ということを書きましたが、まさか甘え上手と形容される男になるとは・・・大学時代、母性本能をうまくくすぐる友達を見て
「オレにはそんなことできねー」
といったのが懐かしい。協力隊にきてそんなことが出来るようになってしまいました。

まあ、環境というのももちろんある。今まではあまり年上がいなかった。やっぱり3,4歳年上の女性というのは違いますな。それにキャラの問題もある。今までいじられキャラなんてもものはやったことがなく、どっちかというと肩肘張ったキャラのほうが多かった。
それに今まで誰かを支えて生きてきたことはあれど、誰かに支えられたことはなかった。甘えることは別に支えられることではありませんが、それでもちょっとでも誰かによっかかれるというのはいいものです。
なんと長々と書いてきましたが、何が言いたいかと申しますと、
この環境が変わっても出来るのかなー???
ということです。環境によって顔を変えて生きてますからね。まさにカメレオンだ。
これからは自称「長野の山猿」やめて「長野のカメレオン」にしようかな。


ガーナより一言
「人を使うって難しい。特に報酬ないからね。」

ガーナで協力隊員、理数科教師をしております。
活動も2年のうちの3分の2以上が終わり、何かやるときに上に立ってやるということが増えてきました。簡単に言ってしまうとボスにならなくてはいけないことが増えてきました。基本的にたちたくはないのですが活動上どうしてもそうなってしまうのでしょうがない。
具体的に書きますと問題集作成。今までのSSCE(ガーナのセンター試験みたいなもの)の編集であったり、基礎計算力問題集の作成など自分が勝手にやっていた仕事を周りが手伝ってくれるというか、理数科分科会活動(理数科教師の集まり)になったということで周りの手伝いが得られるようになりました。ということで悪く言えば、周りの人間を使う。よく言えば周りの人間に手伝いを頼む。ということになりました。
しかしこれ、やってみると意外と難しい。いや、別に以外でもないか。
まず能力がわからない。大学や何かならある程度同じくらいの人間が集まっているものですが、いろいろな場所から能力が異なる人間が集まるのですからどの人がどのくらいできるのか、わからない。それに期限を頼むときも難しい。自分の場合、1人で静かな時間さえあれば6時間でも8時間で集中して終わらせられるような仕事を他人に頼むとき、
「期限は1日。8時間集中してやって。」
とも頼みづらい。頼んだとしても出来上がってこない。
他にもわかったこととしては、リーダー、引っ張る人が周りにやるぞと声をかけてみんなでお互いがお互いを監視しながらやるというスタイルが一番全体として効率が上がることがわかった。しかし自分の場合は一人でやりたい。というのがあるのでこれができない。全体としての効率は大して上がりませんね。

やっぱり協力隊員の一番の問題は報酬がないことですね。やることなすこと、全部ボランティア。やりたいことをやっているだけでそれを手伝ってもらう。ということになるのですから頼みづらい。ボランティアって自主的にやるもの。それを頼んでやってもらうのですから頼みづらい。かといって一人でやるにはやることが多すぎる。
やればやるほどボランティアって矛盾を感じるような気がする・・・