ガーナトップ青年海外協力隊ブログ>その11いろいろ考えてるよな

今日の一言
「人はどこまで許し、どこから許さないのか?」

最近、また政治家がお金の問題でもめているね。
日本歯科医師会からのお金を政治資金報告書に載せていなかったということで献金に関して規制をかけるように民主党は求めているみたいだよ。
別に知識ひけらかさんでも。
世の中の人は政治家のそういうお金の問題を許さない。
無視かい!
じゃあ、経費の領収書の1を4に改ざんすることは許されるのだろうか?
今ではどうか知らないが、そういうことが行われているということを聞いたことあるよ。そういうことをしている人間だって政治家の腐敗には敏感だよね。
政治家は絶対に許されない。
じゃ、先生はどう?例えば小学校の先生が女の買っている。とわかったら世間は許す?
なんか話違わない?まあ、でもそれも世間は許さないんじゃない?
先生は聖職だから。という理由?
よくわからない。
聖職って何だ?
税金からお金もらっている人のことか?
では青年海外協力隊員が女を買っていたら許されるのか?
彼らは聖職か?
彼らも国からお金もらっているぞ。
それも世間は許さないのか?
そんなの個人の勝手じゃないの?
じゃ、いいんだ。
別に先生もいいんじゃない?
ふーん、政治家は女買っててもいいの?
しらない。
お金の問題はみんなだめだけど、女関係はいいんじゃない?
別に女性がホスト通いしてるんでもいいんだけど。
例えば何々の会代表とかのの女性が夜はホスト通いしててもいいの?
いいんじゃない。
べつにやるべきことをやってりゃいいんじゃないの。
法律に触れなければいいんだよ。
別に女買っても未成年じゃなければいいんだ。
いいんじゃない、べつに。
誰でも?
身分とか仕事とか関係ないの?
いいんじゃない、別に。
じゃあさ、じゃあさ、やるべきことをやってない人は全部だめなの?何にもしちゃいけないの?
えー、さあ。わからん。
別にしてもいいんじゃない。
じゃ、誰が何してもいいんじゃん。

何が話したいの?
モラルの問題。倫理の問題。
別にえらくなったからって、聖職者みたいにならなくていいの?
聖職者?
うーん、と・・・なんかえらくなったらそれにあった振る舞いみたいのあるじゃん?
あるの?
上の結論からは別に誰が何してもいいよね。
でもじゃあ、自分の息子の先生が夜な夜な女買ってるってきいたらやでしょ。夜な夜なホスト通いでもいいけど。
借金に負われて夜逃げしてきた人はいいの?
じゃあ、ギャンブルに狂っている先生は?
やだよね。
じゃあ、政治家は?
だめだよね。
次の選挙で間違いなく落ちるよね。
その前にマスコミにたたかれて自分で辞職しなけりゃ、いけなくなるんじゃない?
そうだね。
あのさ、女買ってるはとりあえずおいといて、不倫はどうなの?
あれでもたまに政治家問題になってるよね?
あれって法律に違反してるの?
知らない。
知らない。
とりあえずした場合、離婚するときにがっぽり慰謝料とられんじゃない?
それは法律に違反しているから?
ちがうんじゃない。
だって逮捕されないもん。
じゃ、法律してないんだ。
でも政治家はそれでいけなくなるよね。
他の職業はどうなの?
先生不倫してても・・・どうなんだろう?
少なくともみんなに知れ渡ったら、いづらくなるよね。
でも移動すればまた続けられる。
政治家と先生は違うでしょ。
政治家は選挙で選ばれるんだもん。責任が違うよ。
でも別に法律に違反してないよ。
モラルの問題。
やっぱり政治家ってみんなの代表みたいなとこあるでしょ。って言うか代表か。
上に立つ人はやっぱり尊敬できる人がいいよね。
そうだね。
わかった。上に立つ人はモラルが必要で、違う人はいいんだ。
別に上にたたんでもモラルは持とうよ。
だよねー。
なんだかんだいって上に挙げた例、全部やめた方がいいんじゃない?
法律に違反してるしてないは別にしてさー。
最後は人間の良心って言うか、道徳心。
それが良くわかんないから聞いてんちゃうんかい?
人間の心はそんなに単純じゃないの。
そうそう全部表現できたら人間そんなに苦労しないんじゃない。
それをがんばってるのが法律なんじゃない。
ふーん。
全部、やめた方がいいことなのになんであるんだろうね。
だから人間は複雑だっつうの。
ふーん。
とりあえずなんか自分の中で悪いことしたな。と思うとばちがあたんじゃない。
じゃあ、スカートめくりは・・・
子供は許されるのかな?
殺しちゃうと問題だよね。
許されません。・・・あれは遊びの範囲だからいいんじゃない。多分。
そろそろ内容が薄いね。
じゃ、終わろうか。
うん、じゃ。
そいじゃ。
・・・


ガーナから一言
「掛け算が出来ないことの弊害」

ガーナに来て高校生相手に数学教師をしております。もう10ヶ月がたちました。だいたいのことはわかるようになり、教える。ということにおいても困る。ということは全くなくなりました。
しかし教えるということに困らなくなっても、問題はなくならないもので・・・
9月から新しい年度が始まって、新しい生徒を教えることになってもやっぱり同じことを思いました。計算機を使う。これがいかに大きな問題であるかを。
彼らは数学の時間、常時計算機を使うことが許されています。テストの時間はもちろん、高校最後の日本でいうセンター試験の中でも使うことが認められています。たぶん、中学でも小学校でもずっと使ってきたと思われます。
そんな彼らは掛け算九九ができません。だいたい5の段くらいまではなんとなく言える見たいなのですがそこから上になるともうお手上げ、計算機を使うか、がんばってたしていく。それが彼らの常道です。
掛け算九九が出来ないといったい何が出来なくなるのか?それが最近、はっきりと見えてきたのでそれを書きたいと思います。
・高校の範囲では因数分解が絶対に出来ない。
でもこの程度ならまあしょうがないでしょう。でも
・分数で通分が出来ない。約分が出来ない。
もうここで数学において致命的です。なおも
・掛け算筆算、割り算筆算ができない。
これにいたってはどうしようもありません。確かに計算機を使えば掛け算は出来ます。しかし割り算において余りを出す。ということがまず出来ません。(やろうと思えば出来ます。まず計算機で割って、でた答えの整数地×割った数を最初の数からひく)
通分はまあ、別に9と6が分母なら18にしなくても54にすればいいんだから何とか計算機でも出来る。でも約分はできない。因数分解なんかもう絶望的ですよ。正直、教えようがない。
掛け算九九が出来ないというのは自分の言葉で言わせてもらうと数字の感覚がないということなんです。49をみて7×7ってことがわからないってことなんです。だから約分も因数分解も出来ない。別に因数分解自体が出来ないということにはしょうがないのですが、実際にあった話を書くと
(44-4√6)/(11-√6)
っていうのが計算途中で出てきたわけですよ。これを簡単にする際に分母の有理化なんて難しいことを知らなくても分子の因数4が見えれば
4(11-√6)/(11-√6)
になって答えが4とすぐ出るわけです。時間を浪費せずともすむわけです。そうでなくても計算が遅いのにまた変なところで時間を浪費して、そんなことで試験に通れるわけがない。
ガーナでの数学を教えている人間の結論、計算機は使うな。
以上


今日の一言
「誕生日」

さて知っている人は知っている。今日はわたくしの誕生日、10月15日であります。しかし協力隊でガーナにいて夜はだれとも会わないのがもはや当たり前になっている自分にとって何も変わるわけがなく、メール環境もありませんし、周りにも教えていないので何事もなく過ぎていくわけです。
去年は訓練所にいて100人以上にハッピーバースデーを歌ってもらうという幸せだったので今年はこんなものでしょう。また来年もこんなもんでしょう。あー、24と25はそんな誕生日か・・・
しかし自分だけとはいえ、自分で祝うことは出来るわけで。というわけで何かおいしいものを食べよう。なんて思ったわけです。しかし外食をするといっても自分ひとりで州都スンヤニに行ってピザを食べたり酒飲んだりしたってむなしいだけ。ということで家で。

本日(誕生日)のご馳走
「おかゆ、梅干」

先輩隊員が残していってくれたありがたい市販のおかゆをこれまた残して行ってくれた梅干で食べました。
・・・うまかった。
おかゆなんか食べたのは1年以上ぶりになるのではないでしょうか?
日本人万歳。

注 せっかくの誕生日だったんですが久しぶりに下痢になりましてご馳走がおかゆになったわけです。しかし日本からどなたかが取り寄せたおかゆ。貴重品です。こんなご馳走もガーナにいると幸福になれますよ。

追伸 明日は土曜日。というわけで州都スンヤニにメールチェック&ホムペ更新に行ってこようと思います。おととしは90%に忘れ去られて、その反動か去年は多かったわけですが、今年は何通誕生日祝いメールが来ているのか?楽しみにしております。
自分の予想では8通は固いかな・・・10通いけば最高ですね。
こういうときはだいたい自分の場合、3通とかになるんだけどね。明日に期待です。


ガーナより一言
「ガーナのナスはイマイチ」

えー、自分、野菜の中でナスには特別な思いがあります。別に昔から好きだった。というわけではないのですが、一人暮らしを始めた直後の18のときに友達が作ってくれたマーボーナスが余りにうまくてそれ以来、大学時代の自分で作る一番のご馳走は「マーボーナス」でありました。他にもナスをごま油でいためたのに醤油をかけて食べるとか、ココイチ(カレー屋)のバイト時代も間違いなく一番多く食べたのはナスカレーであるほどナス好きであります。
そんな自分、ガーナではなかなかナスが手に入らない。(日本にある野菜ではトマト、たまねぎはガーナのどこにでもある。あとはキャベツ、にんじん、さやえんどうがそれなりに。詳しくはガーナの日常へ)と聞いてがっくりしたものです。
しかしそれが近くの州都スンヤニにあるのを見たとき、自分はまだ生きていける。と思ったほどでした。そんなガーナで見つけたナスなんですが、イマイチです。というのは皮が厚い。普通に食べてて皮がちぎれないで残ってしまう。正直、だいぶショックです。うまさ半減です。
うーん、きゅうりの皮が厚いのみたいに皮むき機でスイカみたいに虎刈りにしてしまおうかな?うーん、でもナスは皮がうまさの決め手だからなー。
皮が厚いナスの調理法募集。
以上


ガーナから一言
「大嵐」

10月に入りまして、ガーナはそろそろ雨季が終わり乾季が始まる。いよいよ暑くなってくるぞ。なんて思っていたのですが、そういうわけにはいかず、毎日のように雨が降っております。今年は雨季で雨が少なくて水不足が心配されていましたが雨季が終盤でこれだけふっているのですから大丈夫でしょう。
最近の話なんですが嵐が多いです。風がびゅうびゅう言いながら雨風が窓から入ってくる。日本も今年は台風がよく上陸しているそうですが、そんな感じの天気が最近はあります。ただし時間は長くても2,3時間というところですけどね。
この前、一度大嵐がやってきました。次の日になると自分の家の周りの風景が変わっておりました。自分の家の周りはブッシュです。2メートルくらいのブッシュが家の周りを囲っております。そのブッシュが全部倒されていて斜めになっていました。だから今まで2メートルもあり先が見えなかったのですが、倒されて50センチくらいになったので先が見えるようになり景色が変わりました。
さすがにその嵐のときはちょっと恐怖がよぎりますね。なんかそういう天変地異は本能に呼びかける怖さがありますよね。

追伸 それでも着々と暑くなっている気がします。ふとしたときに結構汗をかいていたりします。日本とは違うこの気候。日本に帰ったときが心配です。

今日の文は実がない・・・


気になる。

あくびってさあ、息を吸うときのこと???吐くときのこと???

自分では
「あ~あ」
なんていって息を吐くときと思っていましたが、周りに聞いたら(2人か3人)みんな吸うときだって言うんだけど・・・

ということでこんなときは広辞苑。
「眠いとき、退屈なとき、疲労したときなどに付随的に起こる呼吸運動。口を大きく開けて、緩やかな長い吸息についでやや短い呼息を行う。血液中の酸素の欠乏などによって起こる。」(広辞苑より)
ということで両方の事のようです。ただ短い呼息ってとこは気になりますね。吸うときと吐くとき、あんまり時間的に変わりないような気がすんだけどな。

追伸 あくびを漢字で書くとなんと「欠」または「欠伸」だそうです。知らなかったーーーーーー。


今日の一言
「声が高い」

9月の終わりに新年度が始まって(ここはガーナ)10月の頭の現在はいろいろなことが行われます。新一年生の学校見学から始まって先生の紹介。新しくこの地区を監督する責任者の人が訪ねてきたりと何かと授業がつぶされそうになりますが今のところは何とか維持しております。
そんな中、自分はオブロニ(黒くない人)であるのでそれなりに珍しがられることもあります。新一年生に紹介されるときになぜかわかりませんが大きな盛り上がりがありました。ことによっては失礼極まりないんですが、まあ、そんなことを言い出したらきりがないのでその件に関しては不問にします。
そんなうるさい中、自己紹介をしなくてはいけなかったので、やりました。その席で思いました。自分、声がたかい。
協力隊に来るまではそんなことを言われたことはなかったのですが、協力隊にきてから何度かいわれたのですが、自分で実感したのはこれが初めてでした。
ここからは自分の考えですが、なぜゆえに自分の声が高くなったのか?それはたぶん、自分の耳が余りよくないからです。というのは語弊があるかな?普通の人も結構あるって言ってましたからお互いさまなのでしょうが、他人が話していることが聞こえないことがしょちゅうだったのです。他人が言っていることが聞こえないというのは、非常に会話の中で支障があります。聞き返すので認められるのは2回まで。それ以上は話の流れ上どう考えても聞き返せない。というわけで適当な無難な答えとか相槌をうってそこで話を終わりにするしかありません。そんなことを続けているとやっぱり嫌な感じです。ということで自分がしゃべることは他人にしっかりきこえるようにしようと思ったのでしょう。低い声よりも高い声のほうが聞きやすいのは言うまでもない。ということで自分の声は日に日に高くなって言ったのでは・・・。
人間というのは意外とすごいものでそんなことを意識したことはありませんが、そういうことを意識表面でやっていることがあるみたいです。実際しっかり意識したことはないけど実は自分の中で意識していること。見たいなモノが。
人間ってすごいですね。

この文もイマイチだな。

以上


ガーナより一言
「よく考えるとありえないかも・・・」

ちょっとふと思いました。ありえないかも・・・

「夕方5時以降、いつもずっと一人である。」

特に近くの周りの隊員が帰ってしまったため、週末誰かのところに行くということもない。任地では本当にたまに食事をもらったりいっしょに食べたりしますが、基本的にハマダラ蚊(マラリアを媒介する蚊)が怖いから自分は外に出ない。ここ最近はずっと出ていない。こんなことは日本では絶対にありえませんね。
人生で1ヶ月とか夕方5時以降誰にも会わない。なんてことがあるでしょうか?日本でこれをやったら完全な引きこもりだよ。だいたい普通は家族と会う(家に帰る)とか、友達と飲むとか恋人と会うとか、寂しい一人暮らしでもバイトに行く。とかコンビニのネーちゃんに会うとか、そんなこんなで夕方5時以降誰にも会わないなんてことはありえない。

協力隊員って意外と孤独に強い人ばっかりそろってんのかな?
ピースコーが近くいる人は大丈夫。現地の人と長屋みたいな人も会うのかな?完全な一人暮らしの人は会うのかな?そういえば、行き付けのチョップバー(簡単な食べ物屋みたいなもの)を作った人もいたって言ってたな。
なんだかんだ言って自分みたいに5時以降誰にも会わない人、いるだろうね。普通、そういう孤独って耐えられないものかな?
やっぱり協力隊員ってちょっと変わってんのかな?なんて思う今日この頃でした。

追伸 別に自分、授業やってますし、その後、近所の子供とも遊んでますから。別に引きこもっているわけではありません。5時以降ですよ。5時以降。

以上


ガーナより一言
「なぜゆえに罰を与え、なぜゆえに従うのか?」

さて8日の話です。突如、スタッフミーティングが行われました。自分は知らなかったんですが、前日に掲示板に紙が張られていたらしいです。自分は授業の時間に行ったら、スタッフミーティングが始まっていてあせりました。スタッフミーティングの間は授業はありません。生徒は自主勉強の勉強になります。こんな風に授業が潰れるということに嫌な感じはするもののもう驚かなくなったのはガーナになれたからでしょうか。
そんなことはさておき、そのスタッフミーティングで生徒のことについて話し合われました。生徒がとりあえず学校が(新しい学期が)始まっても来ない。一週間は必ず無駄になる。毎ターム毎ターム同じ事をしているから1年で3週間無駄になっている。だとか、生徒が学校の規定の3時前に学校を出て町に行っている。とか遅刻してくる。など特に日本と変わらない内容です。
自分はそんなことをいうならまず授業がきっちり行われるように学校が始まる前にタイムテーブルを作ればいいのに。とか先生が朝から来なくて、授業が終わったら帰ってしまう。生徒に言うならまず先生から直すべきでは。なんて思うのですが、いろいろな理由があってそれがだめだったりするのでガーナは難しいところです。
しかしはっきりオブロニ式(黒くない人の意味)で言わせてもらえば、どんな理由があろうと仕事は仕事なんだからまず先生に従わせるべきだと思うのですが、ガーナ人にオブロニ式を押し付ける気はないので、特に文句はいいません。パソコンで生徒の成績をつけていたり、授業準備の道具も全部家だし、あとは落ち着かないもので自分も授業が終わったら家に帰るからね。
そんなことを考えているうちにちょっと不思議に思いました。従わない生徒には注意し、罰を与えることになります。ガーナでは、罰といえばケインと呼ばれる棒でたたく。ニーダウン、ひざで床の上に座らせる。あとは草刈。などそんな感じです。基本的に体罰です。生徒はあまり嫌だ。と思っていない感じもしますが、それでもそれなりに嫌だ。と思う面があるから効果はあるんでしょう。
しかし日本では、体罰は与えられません。注意して終わり。これが普通ですよね。・・・何で生徒はその注意に従うんだろう?別に痛みが嫌なわけではない。体罰は与えられない。その注意に従わなくても先生はそのあと成績を悪くすることはできても他に何も出来ない。その場、即効性がある効果的なものは何もない。勉強を教えなくなるのかな?生徒を外に出すのかな?
そんなこんなで学級崩壊が起こるのでしょうか?
さて話は戻って注意されることについて。生徒が注意されて、それが恥ずかしい。そう思う気持ちがあるから従うのでしょうね。しかし注意されることに周りの反応はどうでしょうか?何で注意しているとき、周りのガーナ人は笑うんでしょうね???日本ではみんな静かにしてるもんですがガーナ人は笑います。それが協力隊員の中では気に入らないのはいうまでもなく(たぶん、ガーナ人先生も嫌い)、というわけで生徒が笑えなくなるくらい厳しく怒る。ということをやっている隊員もいるそうで。お疲れさんです。
自分はというと
「何でわらっとんねん」
と一括で終了です。今度は同じ罰を与えようかなんて考えています。
なんか当たり前と思っていることが他の国に来ると当たり前でないところがまた面白いところでもあり、面白くないところでもありますね。
以上


ガーナより一言
「モチベーション」

協力隊員についてはいろいろ考えることがある。いろいろな先輩隊員を見たり、自分の活動を振り返ってみたり・・・
一つの真理は、協力隊という一つのくくりの中にみんな入れられているが、活動は十人十色であるということだ。その人がどうしたいか?何をしに協力隊というものに参加したか?何に興味を持っているか?などなどそれによって大きく異なる。
何のために協力隊に参加したのか?それはその人によって大きく異なるが、少なくとも途上国に行ってその人たちのために役に立ちたい。自分が行くことによって何か変えてきたい。みたいに思っていることが一番の人間は協力隊にはきていない。と自分の中ではそう感じる。力が入りすぎてしまって押し付けてしまうからだ。だからそういう人間は協力隊の試験の段階で落とされている。もちろん、協力隊に来ている人間は派遣先の人たちのために役にたちたい。そう思っている。しかしそれが一番ではないように思う。外国文化、風習に興味がある。何かの勉強がしたい。そういう風に思っている人間が多いと思う。つまり結局のところ、自分のためなのである。
協力隊員は日本のお金で送られている。最終的にはなにか活動をして日本にその経験を持ち帰り日本の国益にするというODA大綱を満たさねばならない。自分のためにがんばることが任地の人のためにつながり活動をするというのが協力隊員である。という流れを感じる。しかし実際に活動していて思うことは、この活動が終わった後に(つまり日本に帰ってから)生きるのか?生きないのか?ということである。自分は協力隊が終わった後に教育関係で就職しようとは思っていない。しかしここでは、訓練所のときから含めても非常に多くの教育の話をしている気がする。例えば学習指導案の書き方。たしかにここ2年活動するのに必要である。しかしこれは日本に帰ってからは生きない。それを使うことはないからだ。
前述した何に興味があるかという話にもつながるが、そう思ってしまうと授業自体にさほど興味がもてなくなってしまう。これは自分に関することである。多くの先輩隊員は教育というものに興味を持ち、非常に深い教育の知識を持つ人もいる。興味があるかどうかは知らないがこれを一つの仕事としてきっちり考えている人もいる。
以上のことをまとめて考えてみると「モチベーションをいかにして協力隊員は保つか?」ということが大きな問題なのではないか?と思う。
モチベーション、簡単にいうとやる気、これを何を持って保ち続けるのか?
普通の仕事をしている場合は、評価は給料という形としてでる。しっかりやれば給料は上がる。出世が見える。周りの見る目が変わる。などなどモチベーションを保つ理由がたとえそのことに興味がなくても保てる。しかしこの協力隊、まず評価基準がない。しかもがんばろうとがんばらなかろうと何も変わらない。たしかに周りからの単純な評価はあるがそれも必ず2年で終わり、新しい世界が待っている。モチベーションを保ち続けることは難しいと思った。これは協力隊全般に言えることではないか?と思う。いかにがんばるというモチベーションを保つか?
結局のところ、その国が好き。その人間が好き。その生徒が好き。だからやる。恩返しのような感覚?それ以外に答えはない・・・


ガーナから一言
「虫に刺される」

うーん、新しい学期が始まって、一つ気になることが・・・
それは虫に刺される。ということです。
今までそんなことは全くなかったんですが、何があったのでしょうか?たぶん、原因は先輩隊員からもらった毛布。そこにダニが居たんでしょう。というわけでダニに刺されているのではないでしょうか?
しかし自分の家、ガーナの地方都市に住んでいるわりには変な虫とか蛇とかほとんど出ません。ねずみも出ません。蛇が一回、変なムカデが一回、トカゲは必ずどこでもいるし、蜘蛛も常時いる。あとは蟻はむかつくけど、全体的に隊員の中では非常に少ないと思います。
その理由は蝙蝠。自分の屋根裏に間違いなく、何匹か住んでおります。今まで2度ほど屋根の穴から落ちてきたのでまちがいありません。たぶん、その蝙蝠が虫を食べてくれているのではと思っています。昔の隊員で家の蝙蝠を退治した途端、虫が大量発生した。なんて話も聞いたことがあります。
意外と蝙蝠も使えるな。なんて思う今日この頃でした。
ただし天井と壁の隙間から蝙蝠の糞が落ちてくるのは掃除が大変ですけどね。あとは夜明けにうるさい。天井から音がします。しかし虫が大量発生するよりは快適な生活でしょう。まあ、協力隊員の生活の中ではかわいい話ではないかと思います。
以上


ガーナより一言
「増強」

えー、新しい学期が始まって生活にも習慣が出てきました。今まで過ごしてきたのとだいぶ、変わった面もあります。その理由は先輩隊員が帰ったことによって我が家のアイテムがだいぶ増強されたことによります。今まで13年度3次隊、14年度1次隊が帰りました。それにあたって近くに住んでいた隊員のうち、4人が帰りました。というわけで多くのアイテムが増強されたのでちょっとそれを書き出してみようかな?なんて思います。

扇風機(故障がち)
電気スタンド
アイロン
アイロン台
CDラジカセ
CD
電気ポット
(以上は50ドルで買いました)

鏡(1メートル×50センチ)
洗濯機
テフロン加工フライパン
トースター
靴箱
蚊取り線香のコンテナ
毛布
タオルケット
くまのぬいぐるみ
自転車
プリンター(現在使用不可)
デジカメ(古いタイプ)
(以上はいただきました)

以上です。うーん、すごい増強っぷりだ。
これだけ増強されれば生活はそりゃ、変わるわ。巨人軍並みの増強ですね。変えるときには自分も誰かにプレゼントして帰ろうかな。近くに隊員が居たら・・・


ガーナから一言
「自分の武器」

ガーナで先生をしているわけですが、ガーナでは体罰は特に禁止されておりません。というわけで体罰を与えるのか?与えないのかはその先生の裁量に任されることになります。自分の話はする前にガーナの普通の先生の話をすると、基本的には与える。というかそれが当たり前です。ニーダウン(ひざをついて座らせる)からケインと呼ばれる木の棒でたたくことも当然です。ケインでは男はケツ、女は手のひらをたたくのが普通ですが、先生が切れるとやたらめったに殴っているのもみたことがあります。気の棒といっても細いものでしなるもので、打撲がというよりもミミズ腫れになるというのが普通だと思います。(自分はたたかれたことはないのでわかりませんがたぶんそう)一つ注意書きとして書いておきますが、自分の手で殴るということは非常にいけないことだそうでこれをすると親が押しかけてくる。何てこともあるそうで、ガーナの習慣なんでしょうが、手でたたいた方が痛くない気がするんですが、いけないそうです。
自分たち協力隊員は、体罰を与えるのか?与えないのかはその隊員次第であります。今までの先輩隊員を見ている限り、あまりたたかないのが普通のようですが、ゲンコツをしたりだとか、ホントにケインを使う人とか、中には蹴るという人もいました。自分はというととりあえず殴らない、たたかないことにしています。普段、殴ったりたたいたりしているとたぶんホントに切れたときにボコボコにしてしまいそうなので。というのが理由です。なので自分の中ではたたせる。外に出す。校長の所に連れて行く。という3ステップをとることにしています。ガーナでは校長は非常に恐れられており、生徒の中では校長に名前を覚えられることを何より恐れているようなので結構、効果的にきいているのでは。と自分では思っています。
しかしですね、この罰は、即効性がありません。いきなりたたく。というのは即効性があり、即有効なのですが、上の罰は即効性がありません。
そんな自分の中で武器になったのが「黒板けし」です。先生が常日頃から持っていてチョークみたいに投げたらすぐとられてしまうようなものは、あまり好きではなかったので黒板けしを普段から投げています。日本の黒板けしよりも小さいもので重さも軽いです。それに本気で投げることなどよっぽどのことではないとないので、最初は山なりのスローイングから始まって、威嚇のときは床に投げる。ちょっと腹立つときは当てる。という使い分けもしやすい。それに何よりあたると白くなりますからそれなりに生徒は嫌がる。これほど優れた武器を使わない手は合ったでしょうか?というわけで毎日自分の黒板けしはガーナ人生とに命中しているのでありました。
ちなみに自分の命中率は9割近いと思います。いままで何回投げたか数えたことはありません。でもたぶん100回くらいとして、記憶にある失敗スローイングは2回。あとは生徒の頭にピンポイント山なりスローイングが当たったり生徒の机にピンポイントにのっかったりとかそんな記憶しかありませんね。でも床にたたきつけるのが多いからそんなに確立は良くないかも。
まあというわけで自分は黒板消し投げという、ほんとの体罰ではないけど全く打撃を与えてないわけではないので、ちょっと与えてくらい。ということにしてしておきます。
以上


ガーナより一言
「新記録。40箇所さされる」

えー、すごい記録をガーナにて達成しました。一晩で40箇所さされました。
どうしてそんなことになったかというと、まず金曜日に自治会の仕事でアクラにあがり、次の月曜日がラマダン明けの祝日だったのである隊員のところに遊びに行きました。男2人で男の所へ。そこではベットが2つしかありませんでした。一人はどこかで寝なくてはいけません。ということで自分が居間の床で寝ました。そのうちはコンクリの床にござが敷いてあるうちでした。そういうものでごまかす人がガーナでは多いみたいです。汚れが目立たないから。あとは床がコンクリに抵抗があるのでしょう。というわけで余り掃除している感じはしなかったのですがそんなことは気にせず寝ました。(ちなみに自分の家はコンクリでも毎週雑巾がけしているので絶対にきれいです。)ちなみにガーナでは怖いマラリア。そのうちは標高が高かったので蚊の心配なく寝ました。その分寒いので、毛布を貸してくれました。寝た格好はTシャツにズボン、靴下なし。
次の日、体中がかゆい。でもまあ気にせず自分の家に帰りました。
・・・体がかゆい。
・・・よく見ると結構さされている。
・・・数えてみる。1,2,3,4・・・39、40・・・
あれ???正確には40箇所以上です。同じところがいっぱいさされているので数えられません。ひじの裏とか。まとまって3箇所か4箇所。左足の甲なんか親指の付け根辺り4平方センチメールくらいに5箇所。
服に隠れていたところは全く刺されておりません。だから腕、手、足。ぱっと見、ジンマシンのように赤い。40箇所以上。誰かに見せたいくらいです。たぶん、ダニでしょうね。腫れ方が蚊ではないっすね。もっとヘンな虫かも知れないけど、たぶんダニでしょう。
というわけで数日はかゆさとの戦い。3日で薬1チューブ終わらせたとさ。ひょっとしてガーナに来て1年。一番つらい日々だったかもしれない。(今日4日目まだかゆい。)


ガーナより一言
「Time is・・・・」

またまた生徒にした話。
Developed Country 「Time is money.」
Developing Country 「Time is free.」

なんとなく生徒も納得しているところが良かったね。


ガーナより一言
「昔の隊員はすげー」

最近、パソコンに入っていたゲーム関連のファイルをすべて削除しました。というのもそれで時間を浪費している事が多いような気がしたからです。日本でも同じことが言えるかもしれませんが、時間を浪費するものがなければ勉強するしかなくなったり、仕事するしかなくなります。せっかくガーナというものがないところに来ているのだから最低限の物だけの修行中の仙人みたいな生活を送るべきだな。と思いそうしました。
しかし昔の協力隊員はいったい何をしていたんだろう?と不思議でしょうがありません。現在はパソコンという大きな道具がありますから暇になったときはこれで何かすればどうとでもなります。DVDだって見ることが出来ます。ちなみに自分のパソコンは壊れていて見れませんが・・・パソコンでゲームをする。日記を書く。DVDを見る。音楽を聴く。これらのことが全く出来なかった時代の青年海外協力隊員はいったい何をして時間を過ごしていたんだろう?と不思議でしょうがありません。訓練所のときのOV(Old Volunteer)は酒を飲みに行ったりとか、わけのわからない日本の資料とかを読んでいたといっていました。協力隊も時代が変わりましたね。ガーナではまだ見ることが出来ませんが、インターネットがつながるようになった場所は本当に何でも出来ます。暇で暇でしょうがないという時間なんかありえません。
しかし隊員も不思議なもので1年くらいやると自分のやりたい事というものが見えてくるみたいです。時間のすごし方というのもうまくなるみたいです。現にゲームを削除をしましたが忙しくてしょうがない。やること、やろうと思っていること、やらなくてはいけないことが山ほどあります。
最初のころのどうしていいか、わからないころの過ごし方が変わっただけであとは何もかわりなのかな・・・

追伸 あと大きく変わったものといえばメールです。昔はずっと手紙だけですからホントに月一回の連絡をしあう。という感じだったのではと思いますが現在はメールによって早く連絡がとれます。しかし自分の任地にはなく、大きな町に行ってするという人がほとんどですから多くても1週間に1度。町のネット状況が悪いときなどは20日に一度くらいになります。あんま昔とかわんないか・・・
ネットのあるアジアなどの隊員がうらやましい・・・


ガーナより一言
「最近はいい流れ」

さて先日、首都アクラに上がりました。用件は交通安全講習会。なんか日程がうまくあわなかったらしく、平日に行われました。というわけで授業を休んでアクラに上京。
正直なところ、ガーナではいつ何時、授業がなくなるかわからない。というわけであるときの授業は確実に消化しておきたいところなのですが、それ以外にもアクラでいろいろとやりたいことがあったので生徒に
「すまん。」
とアクラに上がりました。公用行事ということで日当もでます。というわけできっちりとした講習会が行われました。
そこで最近の協力隊員の話を聞きました。それによると2000年10月10日にセネガルでのバイク事故で隊員が殉職して以来、4年とちょっと隊員が死んでいないそうです。全世界で常時2000名から2500名くらいいるのにもかかわらず。これは協力隊員の歴史の中でも新記録更新中だそうです。
ガーナでも、これは普通の交通事故の話で、2002年8月に記録が残っている以来、事務局に連絡が行くほどの事故は起こっていない。2年以上怪我をするような交通事故をガーナは起こしていない。これはすごいことです。ガーナは基本的に車社会です。(電車はあるけど車より遅いし、余り便がない)そのガーナの車はたびたびトラブルで止まっているし、アクラに上がるたびに車が脇に事故っているのを見かけるこのガーナで隊員は事故に巻き込まれていない。
ほんの2,3年前まではマラリア大国と呼ばれ、全世界マラリア罹患率トップ。マラリアになったら「ガーナによく来た」といわれる。と言われていたガーナは、今ではマラリアの罹患率は全世界でも下から数えた方が早い位置までかからなくなりました。
全体的に協力隊員の流れが非常にいいと感じます。ガーナはその中でも非常にいい方。いい流れの先頭集団にいると言ってもいいのではないでしょうか。
しかし、こういうときの心の油断が一番危ないものです。これから先も何もないことを祈ります。
協力隊員にこれからも何もありませんように。
っていうか、日本人全部に何もありませんように。
っていうか、全世界の人に何もありませんように。
降って湧いた不幸がおこりませんように。
以上


ガーナより一言
「ちょっとおかしいんじゃない???そのあと完敗」

ガーナにて協力隊員をしております。
えー、アクラに上がりまして衝撃的な事実発覚。アコソンボ訓練にて新隊員の日当が出ないことになりました。(アコソンボ訓練はガーナ協力隊員主催のイベントの中でも一番大きな行事といっても過言ではないものです。)
アコソンボ訓練に日当が出ない。一種の仕事です。なぜ日当がでない?旧隊員には出てるのに新隊員にはでない。
理由:新隊員はまだ赴任されていない。赴任前のアクラ待機中にアクラにて行われた。というわけで日当はでない。
・・・なんだそりゃ。ただの言い訳にしか聞こえない。じゃあ、旧隊員でもいくつも公用行事がアクラであった場合、(つまりアクラ待機中にまた仕事がある状態)日当は出ないのか?といったらそんなことはありません。ちゃんとでます。
新隊員だから。なんていうのは理由ではないと思います。
ちょっと譲って、出ないなら出ないで別にかまわないです。それが行われる前に言われたなら。お金を集めて会計をやってお金の処理は終わりだ。と思った矢先に
「出ません。」
とかいわれても困ります。

―仕事をしました。
―終わりました。
―給料ください。
―出しません。

何だ、そりゃ。
今回、誰もことを荒立てようとしなかったので何事もなく終わりそうです。みんなアコソンボ疲れたからね。でももし自分が責任者だったら噛み付いたでしょうね。
ちなみにそれでは新隊員がかわいそうだ。ということで参加してもらった他国ボランティアの日当など立て替えてあったお金と旧隊員から10万セディずつを集め、新隊員に配ることにしました。これは隊員の判断ですのでただの後日談です。

独立行政法人化でお金の削減を考えているのはわかりますが削り方がおかしいです。

追伸 日当制度そのものがどうなのか?という話は別です。

・・・とまあこんな文を書いたわけです。しかしフロッピートラブルで更新が出来ないときに他の隊員にこのことを話したわけです。そしたら反論されてしまいました。
そもそも日当というものがどういうときにでるか?それは首都アクラから50キロ以上離れた隊員にのみ支給されるものである。新隊員でなくても50キロ離れていない隊員は日当が出ていない。だから新隊員はまだ50キロ離れていない。出ないのは当然だ。
そもそも向こうは最初から日当がでるなんて言ってないからあとから出ないってわかったからって別に向こうは悪くない。

うーん、そういわれてみればそのとおりだな。と思いました。反論の余地なし。こっちは論破されてしまいました。

しかし新隊員の日当が出ない話は置いといて、普通の隊員でも出なかった。やっぱりこの日当制度おかしいですね。だって50キロ離れていようがいまいが「一日中」活動していることには変わりないんだから。「一日」の価値は50キロ離れていようがいないがいっしょだと思うけどな。

まあ、こっちはお金をもらっている立場でこんなことを言ってしまうとあれだし、他の隊員からにらまれるかも知れませんが、そもそも日当なんか要らないと思う。50キロ以上首都から離れている地方隊員でお金に困っている人間なんか贅沢している人だけだもん。

でも自分は弱い人間としてその制度がある以上、もらうけどね。


今日の一言
「未確定な戦力で試合に勝つには」

首都アクラに水曜日に上がりまして、木曜日が公用行事。金曜日に帰っても土日が残るだけなのでどうせなら日曜日に任地に帰る。というわけで金曜日、土曜日を首都アクラで過ごしました。
金曜日は諸雑務をこなし、土曜日にソフトボールが行われました。自分は野球好きですし、他人との真剣勝負がない。と文句をいっている人間ですから喜んで参加です。しかし野球でもソフトボールでも9人必要です。個人競技ではありません。やるからには真剣勝負。勝てなくてもそれなりの試合はしたいものです。ちなみに相手はガーナ人チーム。ガーナ人チームの中ではさほど強くないらしいが、週1くらいで練習しているらしい。
さてわがチームの試合前の戦力分析。旧隊員で主力として使えそうなのは2人。新隊員はまだ未知。事務所関係の人が来る場合、主力プラス2。大使館関係がくれば主力プラス1。
試合直前の戦力分析。事務所関係、大使館関係。だれもいない。・・・勝つためには、まず旧隊員の主力二人が一番飛んでくるレフト、ショートをかため、ノーエラーでいくこと。またその2人でつなげ打席ごと必ず一点とること。新隊員に2人以上主力級の活躍をする人間が出てくること。
これが自分の試合前の勝つための最低限と思われました。
さて試合。
・・・
旧隊員の2人。それなりの守備は見せ、アウトの大半を取るもののやはりエラーがでる。余り打てない。出塁するのが精一杯。新隊員主力級が1人出現。打つ守る、非常に活躍。あとは時間と共に進歩する隊員一人。この人もがんばる。あとは主力とまでは行かないもののがんばる。
結果・・・・大敗。2試合やりましたがどちらも完全なコールドゲーム。完敗です。やっぱり練習してないですからね。だめですね。いきなり感覚は戻りません。
上記に書いた最低限をやっていれば勝ったかどうかはわかりませんが試合にはなったでしょう。でもそれも出来ませんでした。イヤー、真剣勝負には程遠かったっすね。
世の中、そんな戦力で勝てるほど甘くありませんでした。
未確定な戦力で勝つには、確定戦力が確定どおりの仕事をすること。未確定から優秀な戦力が出ること。だと思いますが、それ自体が不確定すぎでしょう。
未確定な戦力で勝つには、まず未確定戦力を確認することですね。
・・・・当たり前です。


ガーナより一言
「インターネット全滅」

わたくし、ガーナに住んでおります。
えー、ホントに信じられない事態が起こりました。インターネット全く使えなくなりました。(この日の話。これが更新されているということはたぶん解決したということでしょう)自分はインターネットに行くときは近くの州都スンヤニに行くんですが、そこのインターネットカフェが一網打尽になりました。11月の話です。
ことの起こりはまずXP。WindowsXPは基本的に日本語を標準装備しております。というわけでOSがXPであるパソコンは絶対に日本語が使えるのです。しかし最近、そのプログラムを削除したらしいのです。ネットカフェも管理人レベルになれば結構パソコンを使える人が多いみたいでパソコンの動きをスムーズにするために日々いらないファイルを消しているみたいです。日本語のプログラムがそれにひっかかったみたいで消されてしましました。これは深刻な事態極まりないです。間違いなく使えると思っていたところがだめになったのですから。というわけで他のところにも行きました。しかし、ひとつのところはWindows2000、これに対応する日本語プログラムをもっていないので使えません。あとは回線がうまくつながっていなかったり、OSの都合でどこもかしこも使えない。
前に更新したのはそのスンヤニに住む専門家の方にちょっと回線を貸していただいて更新したのです。かといって毎回、専門家の方々の邪魔をしてやるわけには行きません。何より常識が違います。毎日使える人は朝と夜で10分か、20分ずつやるのが普通みたいですが、隊員の場合一週間分をまとめてやります。普通より少ないといっても1時間くらいかかります。それでいて自分の場合ホームページの更新もあるのでもう1時間は見てもらわないといけません。しかし2時間もやらせていただくわけにはいかないのです。
というわけで安定して使えるネットが確立するのはいつになることやら。11月中であることを祈ります。
追伸 前にもOSが全体的に変わって大ピンチに陥りました。3ヶ月以上安定して使えたためしがない。ガーナって国はこのヤローって感じですね。


今日の一言
「プラス・マイナス」

専門家の方とお会いして話す機会がありました。そこで話してくださったことがシンリをついているので紹介したいと思います。
ガーナ人に文句を言うときには一方的に物事を言ってもかたくなになるだけだそうです。ここは良い。ここは良い。でもここはだめ。というプラスマイナスを使い分けないとだめだそうです。
また自分は、日本ではこうなんだけど、あなたは、ガーナはこうなんだけどと比較するのも効果的だそうです。

こんなこと書いてしまえば当たり前のことです。でも交渉するときにこれを実際に生かしているか、と考えるとまだまだです。
人生もまだまだですな。


今日の一言
「うにゃうにゃ」

「うにゃうにゃ」この言葉はガーナに来てから自分の辞書に登録された言葉です。自分が日本にいたときに自分がこの単語を使っているのを聞いたことがある友人はいないでしょう。しかし自分がこの言葉を使ったことを聞いたガーナの隊員は多いでしょう。
この言葉はガーナで同期の年上の隊員が一度使ったのを聞いて非常に気にいり、多用しています。
なんかいってしまえば「ダラダラする」、「うだうだする」などと同じなのですがその響きが非常にかわいい。そんなところがお気に入り。

本日以上です。


ガーナより一言
「何を楽しみに生きるのか?」

ガーナに来まして、真剣勝負がない。癒しがない。食べ物がない。娯楽がない。などないないと文句をいって暮らしています。
最近、ないな。と思うのは、楽しみです。楽しみがない。人生何が楽しくて生きているんだろう。なんて考えてしまいます。協力隊の仲間内でも良く話すのですが、この日に何かイベントをする。そういうことが決まるとみんな言います。
「それを楽しみにがんばろう。」
と。
しかしふと思ったのですが、日本で暮らしているときもいったい何を楽しみに生きていたんだろう?たしかにテレビなどで楽しい。スポーツをして楽しい。酒飲んで楽しい。コンパして楽しい。なんてことがあったかもしれませんが別にそれらを楽しみに生きていたことがないような気がします。たしかにそれらは楽しいことではあったけどもその場のこと。それを楽しみにがんばって生きていたことなどないような気がします。と思うと考えてしまいます。ガーナでは、そんなその場の楽しみでさえありません。テレビないし、スポーツもなんとなくサッカーはあるけど個人プレーのサッカーでなんとなく違う気がするし、ガーナ人とお酒を飲みたいな。とも思わない。それにガーナの女性はストライクではない。となるとたまに日本人とするイベント事大きな楽しみとなります。その場の楽しみではなく、それを楽しみに生きていることになります。しかし日本ではそんなことはなかった。
日本では楽しみにしている、期待しているということがなかったことがガーナでは楽しみになっている。どうしてだろう?
それは、日本ではそんなことを考えている時間がなかった。大学で研究して、バイトをして、友達のところにいって、暇があればテレビ見てなどなど、生きていることに余裕がなかったのです。だから期待している楽しみがなかった。気がつかなかった。気がつかなかったという言葉が正しいかどうかわからないけれども、少なくとも意識しなかった。しかしガーナでは月360ドルというお金は保証され(ガーナの地方で暮らしていくには余裕あり)、住居もガーナの学校側が用意するし、暮らしていく分に関しては全く保障されている。それでいて時間もある。生きていることに余裕があるのです。だからこそ、期待してしまう。
不思議なもんで物があればあるほど時間はなくなる。しかしそれによって生きていく余裕がなくなる。心の余裕がなくなっていく。ひょっとしてこれを「貧しい」と呼ぶのかな?物がなければないだけ時間は余る。生きていく余裕がある。それを「豊か」と呼ぶのかな?物的な豊かさと心の豊かさは反比例するんですかね?
ガーナで協力隊活動をしている自分。これは恵まれている。物はないけど恵まれている。余り納得いかないけどね。

追伸 ガーナ人はまた違う。彼らの時計はアフリカンタイム。自分たちがぱっとやることを時間をかけてする。ボーっとするのも彼らは何かしている時間。こっちの人の1分と日本人の1分は違う。日本の1分がガーナでは3分くらいかな。そうすると日本人の1日イコールガーナ人の3日。1年が3年。まあ、そんなもんだな。