ガーナトップ青年海外協力隊ブログ>その18そろそろ終わりが見えてきた?

ガーナから一言
「ガーナにおける生徒のおじさんの話シリーズ7 教会は見栄の社交場」

ガーナで青年海外協力隊員として数学教師をしております。
先日、日本に住んでいる生徒のおじさんがたまたまガーナに帰ってきておりまして、その人といろいろな話をしたのでそれについて書こうと思います。
内容は、日本に住んでいるガーナ人から見たガーナの感想です。

ガーナ人は大体はクリスチャンです。彼らは日曜日には必ずと言っていいほど教会に行っています。きれいな服を着て。彼らは決して信心深いわけではなく、いや、信心深いのかな?そこはよくわかりませんが、それでも楽しみ、娯楽がない彼らにとって、教会がひとつのそういうものであるのは事実だと思います。そこではあれほどお金を払うことを嫌がる生徒でも惜しげもなくお金を寄付しております。そのことについておじさんに聞いてみました。どうなの?と。
「あそこではみんな見栄張っている。」
と言うのがお答えでした。うすうすそうじゃないかな?とは思っていましたがやっぱり。いい服を着て、惜しげもなく寄付をする。無理しているんだ。どこの国でもやっぱり世間体って言うのがあるんですね。ただ寄付するときはお金を見えないようにして箱に入れるんだよね。あれ実際もってなくてもわからない。絶対誰か払ってない人がいるだろう。と思っていましたがそれはないみたいです。みんな払っている。それで幸せになれるなら安いものですが働かなければお金が入るわけがなく・・・
不思議なことは全部「神さまが・・・」って言うのはよくないですね。


ガーナから一言
「ガーナにおける生徒のおじさんの話シリーズ8 ガーナがだめなのは誰のせい???」

ガーナで青年海外協力隊員として数学教師をしております。
先日、日本に住んでいる生徒のおじさんがたまたまガーナに帰ってきておりまして、その人といろいろな話をしたのでそれについて書こうと思います。
内容は、日本に住んでいるガーナ人から見たガーナの感想です。

ガーナは決して豊かではありません。もの、なくはないけどありもしない。って言うのが本当のところか。とりあえずお金があれば何でも手に入ります。首都とか大きな町に行けば。そうですね、生活水準をわかりやすく言うと普通の家は水汲みをしなくてはいけない。洗濯は手で洗う。ガスではなく炭で料理する。くらいでわかってもらえるでしょうか?携帯電話を持っているといい方のうちってのが最近のトレンドです。
さてそんなことについて話をしました。なぜガーナが豊かではないのか?聞いたところによるとやっぱり昔は思っていたそうです。イギリスのせいである。と。(ガーナはイギリスの植民地、1957年独立)しかし最近になってやっとわかってきたそうです。やっぱりイギリスのせいではない。と。
確かに発展が遅れた原因は植民地になっていたことだとは思いますが1957年と言うアフリカで早く独立しておいてイギリスのせいにするのは筋違いってもんでしょ。金だってとれますし発展しない理由は自分たちのせいに決まってるんですけどね。働かないもん。後は金を売っても支配階級が持っていってしまうんでしょうね。
しかし最近になって気づいてきたって・・・・ちょっと遅くねー?


ガーナから一言
「ガーナにおける生徒のおじさんの話シリーズ9 ガーナは女系」

ガーナで青年海外協力隊員として数学教師をしております。
先日、日本に住んでいる生徒のおじさんがたまたまガーナに帰ってきておりまして、その人といろいろな話をしたのでそれについて書こうと思います。
内容は、日本に住んでいるガーナ人から見たガーナの感想です。

日本では男系が基本です。天皇制を見れば一目瞭然ですね。男が天皇になりその子供、男の子がまた天皇になる。自分たちにとってはそれは当然というか、別に普通のことです。何の違和感もありません。別に意識したことはありませんが多分みんなそうなんだろうな。なんて思っていると思います。
しかしガーナ。ここは違うらしいです。女系らしいですよ。女系優先で家族の面倒を見なくてはいけないらしい。たとえばチーフ(伝統的酋長)。あるチーフが死ぬと子供ではなくその兄弟が継ぐらしいです。その兄弟がいなくなるとその母親の家計筋からまたチーフが出るらしいです。なんか詳しく考え出すとどっかで誰がつぐんだろう?なんてつまるところも出てきそうですがあんまり細かく考えない。
しかし女系っていうのは意外なところですね。何で女系なんでしょうね?何か理由があるはずだけどな。父親が怪しいとかそういうことかな?後は寿命が短いとか、できるだけ年配の人間に回るようにとか、そういう工夫でしょうか?理由はわかりません。
しかし女系っていうのならもう少し女性に権力があっていいと思いますけどね。報告書にもかきましたがガーナこそ女性が権力の中枢を握ればいいんだよ。絶対もっとみんな原落葉になると思うけどなー・・・

追伸 日本でももしアイコさんが天皇になった場合、早く生まれた長女と長男、どっちがつぐんでしょうね?またもし女ばっかりだとしたら長女が次ですよね。長女がまた女性だけで次女に男性が生まれたらどっちが継ぐんでしょうね?なんて考え出すとどっちがどういう風につぐのか考え出すと深い迷路に入っていきますね。


ガーナから一言
「ガーナにおける生徒のおじさんの話シリーズ10 そういうこともわかってない」

ガーナで青年海外協力隊員として数学教師をしております。
先日、日本に住んでいる生徒のおじさんがたまたまガーナに帰ってきておりまして、その人といろいろな話をしたのでそれについて書こうと思います。
内容は、日本に住んでいるガーナ人から見たガーナの感想です。

おじさんとの話しシリーズもふと気がつくと10本目。われながらあきもせず、よう書いてますね。さてとりあえず自分、先生ですからね。教育の話をかこうと思います。教育の話と言うのは結局のところ、子供の話ですね。その話をしていて
「へー、そんなことも。」
ということがあったのでそれを書きます。それは
「耳の聞こえない生徒もいるかもしれない。」
とのことです。え?って感じですがよく考えるとありえる話です。ガーナではしゃべれないうちに学校に入れてしまうこともありますし、田舎ではしゃべろうがしゃべらなかろうが学校に入れてしまうでしょう。日本ではそういうことは生まれたときにわかるでしょうけどガーナでは病院の新生児室でってわけにはいかないはずですからね。おじさんが生徒だったころ20年位前ですね。多分そういうことがあったんじゃないでしょうか?現在はどうなんでしょう?ひょっとしたらあるかもしれない。
英語が話せる話せないとそんな話をしているうちに根本的なこんな話をしてくれました。
日本でも昔はあったのかな?


ガーナから一言
「ガーナにおける生徒のおじさんの話シリーズ11 言語の統一」

ガーナで青年海外協力隊員として数学教師をしております。
先日、日本に住んでいる生徒のおじさんがたまたまガーナに帰ってきておりまして、その人といろいろな話をしたのでそれについて書こうと思います。
内容は、日本に住んでいるガーナ人から見たガーナの感想です。

さておじさんと話をしていてガーナの教育の何が悪いのか?何が問題なのか?と言う話になりました。彼の話だとやはり一番の問題は言語だと言います。日本のように単一言語を話す国民には考えもつかないことですがガーナには多くの現地語が存在します。隊員が地方に散っていますから隊員によっても違います。例を挙げると西の方はエヴェ語、真ん中チュイ語、北はゴンジャ語、フラフラ語などなどほかにも東のほうに違うものがあるし、その町だけの言葉もあるみたいだし、なんか聞いたところによると20位地方言語があるらしい。それを彼らは普段は使いますからね。そりゃあ、だめです。なぜって先生は地方からやってくることがあるんですよ。まったく普段使っている言葉が違うところに来てうまく教えられるわけがない。英語が公用語としてありますが地方ではしゃべれない人もいますし、そんなに完全に英語というわけではない。だって普段は現地語しゃべってるんだもん。英語に統一すると言うのがまず最初の課題だと言うことです。でも言語ってのは文化ですからね。英語を押し付けてもだめですね。
しかし自分のところはチュイ語なんですがチュイ語は基本的に書く言語ではないそうです。おじさんは英語、日本語、ドイツ語などいろいろできるそうですがチュイ語(自分が子供と機に使っていた言葉)は読み書きができないそうです。ただ話すだけ。ほかの現地語はどうだか知りませんが、少なくとも話すための言語だったんですね。確かに今はアルファベットに似たものはありますがそれはたぶん便宜上作っただけなんですね。彼らの文化にはそもそも書いたり読んだりと言うのがないことを示しています。
そういう日本では考えられない課題がある国なんです。ガーナって。


ガーナから一言
「ガーナにおける生徒のおじさんの話シリーズ12 退化してる」

ガーナで青年海外協力隊員として数学教師をしております。
先日、日本に住んでいる生徒のおじさんがたまたまガーナに帰ってきておりまして、その人といろいろな話をしたのでそれについて書こうと思います。
内容は、日本に住んでいるガーナ人から見たガーナの感想です。

さておじさんとの話。いつも思っている質問をぶつけてみました。
「おじさんのとき、計算機あった?」
「なかった」
エーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
なかったの?今、計算機のせいで基礎計算力がなくて、隊員全員が苦労しているのはどうして?よく考えれば20年前のガーナに計算機なんかあるわけがないのですが、しかし誰が計算機を使うことを許可したのやら・・・
正直言って進歩してないどころか退化してる。絶対計算機がない時代はもっと計算力があった。計算機をいれたせいでガーナの理数科教育は何十年も遅れてしまった・・・未来を考えず目先の結果を良くするためにガーナの理数科教育を壊してしまった。ガーナ人らしい。はーーーー(ため息)


ガーナから一言
「ガーナにおける生徒のおじさんの話シリーズ13 先生はつらいよ」

ガーナで青年海外協力隊員として数学教師をしております。
先日、日本に住んでいる生徒のおじさんがたまたまガーナに帰ってきておりまして、その人といろいろな話をしたのでそれについて書こうと思います。

シリーズも12本目。これで最後のネタです。これは話したことっていうか、話したことから自分が思ったことですがそれを書きます。
おじさんとの話で普通の人が1日がんばって2万セディ稼げると言う話をしました。1日2万ということは1ヶ月で60万・・・先生の給料と一緒だ。先生の給料は1ヶ月60万から70万(1ドル9000セディ。63万セディが70ドル、7700円ってところです)。確かに土日は休みですから確かに日雇いよりはいいですがそれでも低賃金であることはいうまでもないでしょう。ガーナ人は先生の給料が安いんです。特に公立はどこもそれくらいですから大変。これで家族で暮らしていくんですから。だから先生が定着しないんですよ。
それに身分的にもやっぱり高くない。大学の1つレベルが下の学校にTeachers training collegeというのがあります。そこは先生養成所なのですがここでひとまず先生になってまた勉強して大学に行くって人が多いです。大学の1つレベルが下ですから給料が安くなるのもしょうがないですね。
それでいて学校によっては給料を払ってくれないところもある。理由はいろいろですが生徒が授業料払わないとか校長いい加減とかそんなところです。
まだ問題はある。地方に行くと地方言語が違う。普段使っている言語が違ってしまうと通じるのは英語だけ。それでも世間話とかに加われませんからね、大変でしょう。とするとあんまり自分の地方言語権以外は行きたくない。などなど先生はきつい。日本のように聖職(最近はそんなこといわないか)と言うか、少なくとも尊敬されるようないい仕事でないことだけは確かですな。
ホントにガーナの先生はつらいよ。(と思う)


ガーナより一言
「悪口言うのももう飽きた。前向きに考えよう2」


次に考えられるよい点は、「経験」そのことである。二年間ガーナで暮らした経験は自分のプラスにならないわけがない。ここでの経験は4つのことを自分に教えたと思います。
まず日本という国のすごさの実感。時間を守る、約束を守る。計画が綿密に守られ、それが正確に実行される。ガーナの「Time is free.」という感覚は何もガーナに限ったことではないと思います。日本の「Time is money.」、決してそれが正しいとはいいません。しかしその精神を実行できる勤勉さ。それが日本人のすごいところであるということが実感できました。
あとは国際協力の現状を見れた。国際協力が実際にどういうものか?どのような歴史をたどり、どのような失敗をし、そしてこれからどのような道に進んでいくか?先進国の人イコールお金をくれる人だと思っているという援助慣れの失敗は非常に大きなものだったと思います。
次に教育というもの。2年間先生をしたのですからそれなりにわかったことがあります。ガーナという国では日本とはだいぶ違いますが、それでも2年間やってみて得た最終結論は勉強ができるようになるにはなるべくマンツーマンに近い授業をするべきである。それによって、一人一人の弱点、得意なところなどすべての生徒が見れることになると思います。ただそれを実行するためにはすさまじい労力がいることがわかりました。それに学校というものは勉強ができるようになるだけではありませんからね。まだまだ教育は奥が深いものだと思います。
最後に「底」。バケツで風呂に入る。物がない中から何とかする。日本では考えられないことです。これが日本に帰っていったい何に生きるのか?それは多分どん底を知っている。ということで生きると思います。たとえば現在つらい状態に陥っているとする。その状態で
「前のあの状態よりも今のほうがいいじゃないか。」
と思うか
「今が今までで最低の状態だ。」
と思うか。ガーナで生活したことによって前者だと思えると思う。つまりあんな状態でもがんばって暮らしてきたんだ。だからこの状態なんかたいしたことない。そう思えると思う。そういうタフさが自分に少しなりともついたと思う。少なくとも辛抱強くなったのは間違いない。日本でどんなことがあっても間違いなく、前より辛抱強く対処できる。ガーナに比べたらたいしたことないと思えるはず。
以上の4つの経験を得たと思う。どれも2年間という間でそれほど完璧に得られてわけではなく、まだまだではあるがこれから先に生きるであろう。
まだほかにもガーナに来てよかったと思うことはあると思うが、代表的なことはこんなことではないか。と思う。
貴重な青春の20代の2年間にガーナに来たことがよかったものであるのか?それはまだまだ答えは出ない。それがよかったと言える様に生きたいものだ。


今日の一言
「今週はやけに文を書いている」

うーん、やけに今週は多くの文を書いている気がする。しかし書いても書いても更新できない文ばかり。5つの文章がボツ行き。週に7つの文を更新すればいい自分にとっては大きな数だ。
どれもかしこも更新できない。自分に深く切り込みすぎている。

そんな文を大量に書くのもたまにはいいか。
以上


ガーナより一言
「アホらしくて話す気失せる」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。
さてガーナという狭い国に住んでいますとそこでの日本人づきあいというものも非常に限られて物になります。特に気になるのは噂。ここでは噂はあっという間に広まります。ほかに話すことねーのか?と思いますが、事実ないんだからしょうがない。でも自分は噂は別に好きではありませんから大してしませんが・・・だってどうでもいいじゃん。誰がどんな失敗しようが誰と誰が付き合おうが、そんなこと本人たちに任せておけばいいじゃん。そんな噂で自分の中で納得いかないのが、噂を本当のことと信じていることです。あくまで噂は噂であって本当のことは違うかもしれない。それを思ってないんですね。噂をほんとだと思っている。アホらしくて話す気失せますわ。

頭にきたのは実は自分の兄は医者なのですが、その話を自分はしただけです。今思えばそんな話をするんじゃなかった。そこから噂は広がりました。
兄が医者である。(真実)
弟も医者である。(うそ)
医者の家系である。(うそ)
家が金持ちである。(うそ)
だから私立大学を出ている(うそ)

ほんとアホらしくて話す気失せますわ。普段ならその辺の噂など意に介しませんが、この噂だけはゆるせん。金持ち出のぼんぼんと一緒にされるのはどうしても許せません。どっちかといえば貧乏でそういう苦労もしている。兄だって自分だって高校時代は塾にも行かず、自分の力で道を切り開いて国立大学に、兄にいたっては国立の医学部を合格したのです。その辺の苦労を全部否定するような噂はゆるせん。顔には出しませんでしたが頭きた。
こんな噂をされるようだと話す気失せる。話したくなくなる。

だからかもしれない。最近、あんまり隊員と話さないのは。
話してる内容がくだらねーんだよ。


今日の一言
「心が何かにとらわれると力は発揮できない。わかっているけど無理です。」

何か変に気になることがあると自分は自分ではなくなります。すると自分の力を発揮することができなくなります。当たり前ですね。誰でも程度こそあれ、同じだと思います。わかっていることなのです。でもだめですね。とらわれてしまいました。その間、だめ人間でした。わかっているけど捕らえられたら逃げられない。
まだまだ甘いですな。


今日の一言
「普通に話しかけられないくらい偉くなる。」

「普通に話しかけられないくらい偉くなる。」という言葉を聞いた。酒の席ではあったがこれは本気であろう。道理でそいつと気が合うはずだ。自分もそう思っている。
自分の場合は「えー、ホント?といわれるくらい偉くなる。」と思っていて、昔からいるにいる人間との関係は変えないとは思うが・・・


ガーナより一言
「さそり座を見ながら思う。」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。あと4ヶ月で任期終了です。
ガーナではさそり座が見れます。今の時期は夜の7時ころに天頂に来ますね。知ってますか?さそり座の一等星アンタレス。ほんとに赤いんだよ。
そんなさそり座を見ながら考える。
「こーんなところで俺はいったいなーにをしているのか?」と。
・・・・・・・
うーん、最近否定的というか、マイナスのことというか、そんなことばっかりかいてますね。こうじゃない、こうじゃないっていろいろ感想いってくださる人もいるんですが(ありがとうございます。いつも心して読んでおります)何と言われてもやっぱり否定的な感情にとらわれてしまう。でもしょうがない。良いことなんかないんだもん。
特に楽しいこともなく、癒されるようなこともなく、新しい発見もなく・・・
おーーーーーーい、ないないばっかりだよ。いいのか?これで。

面白い こともなき世を 面白く
高杉晋作

できるようにならないとまだまだだな。俺も。


今日の一言
「期待するからだめなんです。」

最近、「群ようこ」の本を読みました。作家になる前の働いていたときの話です。そこにある一説がありました。
「期待するからいけないんだ。」
読んだときは別になんとも思いませんでした。なんてことはなく、へーというか、当たり前だろう。なんて思ったかもしれません。しかし最近になってその意味が大きくわかるようになりました。
何でもそうだけど、他人に期待することがなければがっかりすることはない。
他人に対して期待するから、それがだめだったときがっかりするのです。彼氏、彼女、恋愛問題だってそう。期待があるからがっくりする。何だってそうです。他人に対して期待することをやめると人生、がくっとくることはありません。
「期待しない。」
人間が生きていく上でひとつの大きなシンリのような気がします。


今日の一言
「その人に対して何かしらの感情を抱くということは、何かを期待しているということだ」

先週、期待する。ということに関して書きましたが、自分にとってあれでは十分でないと感じるのでもうちょっと書こうと思います。先週書いたのは
「他人に対して期待するから、それがだめだったときがっかりする」
でした。要するに失望したり、がっかりしたりするのは期待があるからだ。ということです。
それを突き詰めていくと「その人に対して何かしらの感情を抱くことは、何かを期待している」ということになります。その人に対して何も思っていないならその人に対してがっくりすることも何もないからです。
つまり、尊敬、友情、親愛、恋愛感情すべての感情は、大きな枠で言ってしまうと「期待」になります。この人はこういう人であるから尊敬している。そこには頼りになる。問い浮きたいが含まれていますし、友情に関してもメールを送れば帰ってくる。相談をすれば話を聞いてくれる。などの期待がある。親しみを感じるのも、自分と同じ価値観を持っている。という本当かうそかわからないけども、その期待を自分が持っていることになります。恋人になれば、その人に対する期待は一番大きいでしょう。
つまり前回書いたように「期待するのをやめる。」ということは実は少し、人間を捨てている面があるかもしれません。本当にまったくの期待をしないということは上記の感情をすべて捨て去ることになるからです。
またひとつ、神に近づいたかも・・・
なんちゃって。


今日の一言
「人生経験のなさを感じる。」

人生そろそろ25年になります。信長が人生50年といっていたのでもう半分か?
なんて、平均寿命が延びてますから、ここから人生50年といった感じでしょうか?そこでつくづく思うのですが自分というものの人生経験の少なさを感じます。昔からうすうす感じてはいたのですがガーナで協力隊員をしてもそう思うんだからそれは重症です。

ちょっと言い方を変えると人生に大きな偏りがある。ともいえるかもしれません。多くの分野に関してはその辺の25よりはすごいと思います。しかしそれよりも多くの分野で人生経験が足りない。
ゲームでレベルアップするといろいろな分野に能力値を振り分けられるの、ありますよね。そこでひとつの分野に集中してアップしてきた。見たいなそんな人生を送っている気がします。
まあ、まだ社会には出てないし、世の中よく知っているわけはないのだけど、それが自分にとって大きな不安であるのは言うまでもなく、その経験値の欠落がこれから先、自分にどれだけ影を落とすのか、それとも集中してアップしてきた能力が生きるのか?

それは50年たってみないとわからないわけで、やっぱり人生まだまだこれからですね。


今日の一言
「文句を言ってくれる人」

自分にとって耳の痛いことを言ってくれる人は非常に重要だと思います。人間なんて完璧であることなんてない。もしいい状態でもちょっとでも油断すれば慢心してしまうものですし、年月を重ねてえらくなったりしていけばそういうことを言ってくれる人間はいなくなります。それに言う方としても余計な揉め事を起こすことが面倒になるのだから歳を重ねれば重ねるほどそういう人間はいなくなる。だから自分に苦言を呈してくれる人間は非常に重要であります。
・・・と書いてたのはいいのですが、そういう人間と一緒にい続けるというのは難しい。顔を見るたびに苦言を言われたのではたまりません。たまにいってもらうのはいいとしても毎回ではその人と一緒にいたくなくなるのが人間ってものだと思います。

苦言を言ってくれる人に会うのはたまにでいいですね。毎日顔を合わすのは決して正しい判断ではない。そこもまた難しいものだ。
そういう人とは結婚してはいけません。ってことです。


ガーナから一言
「嫌い、嫌い、嫌い。」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。
最近、気づいたことがある。全体的に「嫌い」だ。今いる環境がとりあえず大嫌い。全体的というか、全部だな。「嫌い」だ。
具体的に書きましょう。まずJICA(独立行政法人国際協力機構)が嫌い。非効率な仕事、お役所仕事をして税金の無駄遣いをしているから嫌い。それに現場主義、現場主義なんていいながら首都のビルに本拠を構え、所員の大半は日本人。最前線にいる隊員から言わせてもらえば本当に現場か?と思う。そんなJICAが嫌い。
次にJOCV(青年海外協力隊)が嫌い。ダメ人間を製造し続けているのが嫌い。現場にいるからわかります。話といったら噂話。ガーナ人の悪口がメイン。(もちろん活動の話とかまじめな話もするけど)それでいて自分は棚に上げている。隊員の半分はダメ人間になっている。断言します。そんなJOCVが嫌い。
そして最後の嫌い。そんな悪口を言いたい放題言っているにもかかわらず、それらのお世話になっている自分が嫌い。自分もJOCVです。そんなに文句があるんだったら任期短縮して日本に帰ればいいんだ。でもそんな勇気は自分にはない。
ここまでがんばったんだから最後まで。
途中で帰ったらかっこ悪い。
などなど適当な言い訳をつけて結局2年間ここにいるんだ。できることといったらここに書いて世間の人に知らせているだけ・・・・なんてかっこいいこと書いて実際は愚痴っているだけ。
あー、自分が一番きらーい。


ガーナより一言
「結婚式に出席する。」

ガーナで青年海外協力隊員をしています。
何ヶ月か前に葬式に出た話を書きました。今回はガーナで結婚式に出席した話を書きたいと思います。
時は火曜日午前10時。スタッフルームにいってみると何かミーティングをしています。何の話かと思ったら今日先生が結婚するという。スギタもでるか?ときかれたので出席することにしました。午後4時に学校集合。よく考えるといきなりでも出席できてしまうガーナの結婚式。自分もぜんぜん意識しなかったけど日本じゃありえないね。
さて午後4時に学校に行きますが、時間通りに彼らが動くわけがなく、そこで同僚の先生と話をして時間を潰しました。そこではじめて気づいたのですがガーナは発展途上国なのに結婚が遅い。聞いてみると平均年齢25だという。
えー!!!!発展途上国で子供がいっぱいほしいはずなのに少ない・・・お金がないからかな?わかりませんが今回結婚する先生もたぶん30過ぎ。遅い!!!
話はそれますが日本は29か30くらいが結婚の平均年齢という話をしました。
「何で?」
と聞くので
「いや、女性が働くようになって遅くなったんだよ。」
と答えたら
「何で女性は働きたいの?お金のため?」
・・・・・・・
とりあえず自立したいからと答えておきましたが、実際どうなんでしょう?そんなことを考えたことなかった。どうして女性は働きたいの?自立したいから?男性に頼って生きていきたくないから?せっかく大学まで出たからそれを生かして仕事をしたいから?そんな感じでしょうか?答えを募集します。トラックバックで。
さて話は戻りまして結婚式。だいたいガーナ人はクリスチャンですから教会です。自分の町の。行ってみるとあんまり人がいない。葬式に集まった人に比べると半分どころか3分の1もいなかった。50人くらいですかね。
そうそう結婚式はやはり白がメインの色です。といっても聴衆がですが。葬式は黒と赤。結婚式は白。だいたいどこの国も同じだね。赤はないけど・・・ウエディングドレスは白もいたしほかの色もいたなー。男性はタキシード。
この結婚式、合同結婚式で4組のカップルがいました。ひとつはなんか明らかに熟年・・・どころじゃないくらい熟年。50歳くらいのカップル。もうひとつも40くらい。あとは同僚が2人。2人とも30くらいの男性が結婚しました。でもなんか普通に彼らも教会の前の席に座っている。神父さんはずっと前にいて話をする。儀式をする。などなど。何かのときに新郎新婦は前に出て儀式を受ける。誓いをする。などなどでした。ここでは誓いの言葉はありますが、キスはありません。ちょっと抱きしめてました。それくらいかな。後はガーナ人っぽく音楽が鳴り出してみんなが踊って祝って、お金を集めて、握手して。あくまでもパーティではなく、日本で言う式ですね。それが続きました。それでおしまい。日本で言う披露宴みたいなものはありませんでした。だから食べ物も出ない。飲み物は終わったあとに近くの店にいって瓶一本何か飲むだけ。時間も2時間くらい。普通の教会に通うのと同じ。もしくは短いくらいかな。
不思議に思って後で聞いたところによるとパーティはお金がかかるからやらなかったそうです。人によっては土日でパーティをしてみんな招くようなことをするらしいのですが、お金がないので飲み物をみんなにおごるだけだったそうです。
ガーナでは結婚よりも葬式に金がかかってますね。
聞いたことがあります。葬式に金がかかってしょうがないと。なんか借金して大々的に葬式をするので社会問題になっている。と。結婚よりも葬式のほうが重要なんですね。これも文化でしょう。
こんな感じでした。パーティがないから教会にいって式だけ。あっさりしたもんだ。
それでも結婚式はいいですな。なんかめでたい。お人よしの自分はそう思います。なんか幸せそうなその雰囲気を見てそれを祝う友人たち。それだけで自分も幸せな気分になりますね。
・・・ただ結婚かー。と自分のことを考えるとへこみますね。


ガーナより一言
「空港のレストランは気まずい。」

青年海外協力隊員をガーナでしております。
協力隊というのは1年に3回新隊員を派遣してまして、任期は2年。というわけで1年に3回隊員が帰ることになります。
というわけで最近、見送りに行ってきました。そこで感じたのは「チェックインした後、数時間あるのでレストランで最後の食事を取る。その時間は非常に気まずい。」ということでした。
なぜかを考えてみました。
原因は2つ。1つとして帰る前に引き上げをして数日間隊員宿舎に滞在し、多くの話をしてしまうこと。いざ、帰る直前、すでにネタがなくなっている。日本に帰って何をやるのか?帰路変更どこによって何をするのか?などなど適当なネタはとっくに話し終わっていて、最後、特に話すことがなくなる。
次の要因としては立場が大きく違っている。隊員同士の話など良く考えてみれば話は決まっています。ガーナについて、活動について、隊員について、日本について。以上の4点が共通の話題です。隊員は基本的に飽きもせずそんな話をして暮らしております。久しぶりにしか会わないので以上の4点でも十分に話は持ちます。しかしですね、日本に帰る人とはその話はできません。ガーナについてもう話すことなどありません。共通の意識ってものがもうなくなっているのです。活動についても彼らはもうない。隊員の話も帰る前にする気になれないし、日本についてでは立場が違いすぎる。すぐ帰る人間と数ヶ月、人によっては1年以上。その意識の差の中では話は無理です。
というわけで今回の見送りは非常に気まずかったです。何より帰った人間が仲が良かったからなおさら。その人間と話したいけど話がない。大体話し終わっている。というわけでだいぶ気まずい時間をすごした自分でありました。
次は自分の番だ。もう見送りはしない。良かった良かった。


ガーナより一言
「最後になってまいりました。」

ガーナで青年海外協力隊員として数学教師をしてもう1年と7ヵ月半。あれ??もうそろそろ終わりだ。気がつかなかった。いろいろなことが最後になっていきます。ということでいろいろなことの感想を書いていこうと思います。
とりあえず、テスト作るのが今回で最後でありました。今まで何回か、作りました。やっぱり作ってみないとわからないこともありました。でももう慣れたもんでさくっと作り終わりました。うーん、自分で言うのもなんだけど、いつも作り終わったあと思う。
「なかなかの出来だ。」
いつもそれなりに自分オリジナルの問題というのを入れます。もちろん、過去問題などを参考にしますができるだけ今まで誰も見たことないような問題を作ることを楽しみにしています。それに対して生徒がどのように答えてくるのか?それも楽しみの一つであります。しかしここはガーナ、たいていは全滅してくれます。そうなると
「してやったり。ニヤ」
と思う、なんともいえずいやな先生なんですが、多分、日本の先生でも同じでしょう。満点取られると悔しいと思う。日本に帰って先生する気はまったくありませんからこれが最後でしょう。そう考えるとちょっとさびしいかも。
先生というのが最後ですね。1年半やると本当に先生です。何しているときに一番思うかって黒板に書いている字が普段とまったく変わらなくなってくるとき。横向きに書いているのにまったく苦になりません。もう先生ですな。
そうそうこの学期でとりあえずガーナは学年が変わります。自分はSS2(高校2年)だけを教えているので来年は違う生徒の受け持ちになります。(それで最初の学期の途中で帰る。というなんともいえないタイミングで帰るのです。これは協力隊は2年という決まりだからしょうがない。)なので今回、今まで教えていた生徒に教えるのも最後でした。この生徒は本当に1年間、自分が担当した生徒なのでそれなりに・・・別にかわらないか。
それでも生徒のためにテキストを作ってそれをやらしてノートチェックやって、時には5時間も6時間もノートチェックをやったりしました。そして昨日(7月19日)、そのテキストをきっちりやった人間にご褒美をあげました。過去のSSCE(日本で言うセンター試験みたいなもの)問題集を。ガーナではそういうテキスト類は高価なものですから生徒たちが喜ぶのは当たり前です。(注 ガーナの協力隊員でつくっているものです)
そして今日最後の普通授業の日、一人の生徒から感謝の手紙をもらっちった。いろいろぶちきれたりしたし、自分ではもっといろいろできたな。と思うし、そんなに良い先生であった。とは自分ではいえないと思っていましたが、生徒にとってはいい先生だったのかな?手紙には感謝の言葉が書いてありました。うーん、申し訳ない。もっと改善できました。というのが感想ですかね。それでもきっちり勉強すれば何とかなる。ってことをちょっとは教えてやれたかな?
そんな感じの「最後」でした。
これからも最後が続く。うれしいような・・・どうなんでしょう?


今日の一言
「自分を信じられなくなったら、もうおしまいだ。」

まだまだ自分若いっす。まだ24歳です。そろそろ25になろうとしていますが、それでもまだまだ若いっす。この年で自分を信じられなくなったら終わりだな。なんて思うわけです。いや、いくつになっても同じだな。自分ってだめな奴かも。なんて思ったら人生だめですね。だめな奴なんだから、結果がだめでもしょうがないじゃん。と思ってしまうもん。何をしても、気力がわかない。失敗してもいいや。と思う気持ちで何をしてもうまくいくわけがない。
そうわかっていても自分に疑問を感じるときってのはあるわけですよ。自分って大丈夫かな?って。今までの人生振り返って、「あれ?自分って結構失敗だらけじゃない?人生以外と負け込んでない?」って。要所、要所ではそれなりに勝ってきた。受験なり何なり。でも細かい勝負、人間関係だったり、恋愛だったり、ある交渉だったり、細かいことでは負けが込んでる。そう考えていくと不安になっていく愚かな自分がいるわけですよ。ただ負けを覚えているだけかもしれない。実は本当に戦歴をつくったら勝ち越しているかもしれない。それに要所、要所で勝ってきているならいいじゃん。とも思う。
それでもやっぱり人生これから先も細かい負けが込んでいくのかも。と思うと・・・

でもそんなこと考えても無駄なだけであって、そんなこと考えている暇があったら、自分を高めるために何かしろ。っていうのが結論なわけです。人生のシンリってのは、えてして単純だからそんな考え込む必要はない。恋愛と同じです。考えれば考えるほどはまっていって、無駄な時間をすごしてしまう。恋愛では無駄ではないのかな?
まあ、いいや。こんな感じで今日はおしまい。


ガーナより一言
「努力は必ず報われる・・・かもしれなければならない」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。もう1年半以上になりました。

協力隊を通じて学んだことのひとつを書きたいと思います。それは「社会主義」。なぜゆえ社会主義がだめになったのか?それを現場で実感した。そんな気がします。
理由を書きましょう。それはどんなにがんばっても何一つ自分に得がないからです。協力隊活動はそれ自体に何一つ評価がない。どんな活動をするか、それは隊員によって十人十色です。それはそれでいいんですが、問題はそれに対して何も評価がないことです。だからどんなにがんばっても何一つない。褒美はない。ほめ言葉もない。逆も一緒です。どんなに怠けていても誰も叱責しない。どんな罰則もない。
人間は弱い生き物です。そのような状況でがんばり続けるなんてことはできません。それにどんなにがんばってもそれは自己満足であって、それが自分ではすごいと思ってもたいしたことないというのが多々あります。結局、最低限のことをやり続けるだけになっていきます。
社会主義は、どんなにがんばっても周りと収入は同じ。だからがんばるのがあほらしくなる。最低限しかしなくなる。もっともっとという努力がない。一緒だ。
だから協力隊員は就職が苦しいのよ。たぶん。
努力は必ず報われる・・・とまでは言わないけど、報われるかもしれない。そう思えないとやっていけないよね。


ガーナより一言
「旧隊員の酒の肴。」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。
このブログ(ホームページ)をやってもう2年以上になります。おかげさまで10000ヒットを超えても何も変わらず続けております。
んでね、最近日本に帰ってしまったガーナの元青年海外協力隊員からよく感想をいただくんですよ。それを読むとね、なんかこのページを見て酒を飲んでいるみたいです。微妙に広がっているみたいです。

別に旧隊員の酒の肴のために書いてるんじゃないんだけどなー・・・・・・・

見てもらって何ぼだからいいんだけどさ。でもあんまり酒の肴にはしてほしくないなー。それなりに自分削って書いているから。
しっかり読んでくれてる人もいるみたいだからいいけどね。


今日の一言
「心がアラワレル」

心がアラワレル。この言葉を最初に聞いたのはいつだっただろうか?水泳を真剣にやっていたころだから多分、中学のときであろう。たぶん中2のときだと思う。最初、自分はこの言葉を聞いたとき「心が現れる」だと思った。きれいなものを見たときなどそういう状態で心が表に出てくる。そうだと思った。あとになって「心が洗われる」が正しいと知ったとき自分では大きな驚きであった。

自分の中で「心がアラワレル」は今でも現れるほうである。言ってしまえば普段、自分の心は隠れているのである。大体、心が表に出ているやつなんてのはいないと思う。そんな状態で生きていられるやつはよほどおめでたい。と思う。心は普段から隠れていて、何かあったときにだけ現れる。そういう状態の心など洗えるわけがない。普段から隠れているのだから。
隠れている心は洗う必要はない。だって汚れないもん。

果たしてそれは正しいのでしょうか?


今日の一言
「賞味期限、熱いうち」

JOJOの奇妙な冒険という漫画をご存知でしょうか?その第4部、トニオ・トラサルディー編で出てきた一説。
「賞味期限、熱いうち」
ちょっと解説しますと、トニオさんはイタリア料理人。そこでスパゲティーを作ってその料理の解説のところにあったものです。
これと同じことが文章にも言えます。何かあった。それを書くにはやっぱり熱いうちじゃないとだめです。日がたって冷めてしまったのではぜんぜんおいしい文章はかけない。
特に自分のように一日一ネタ必要な人間にとってはなおさらです。

そのものがおいしければおいしいほど、つまり事件が大きければ大きいほどそのことはいえるわけでして・・・
ちょっと最近、書かなきゃいけないことが多いな。なんて思う今日この頃でした。


今日の一言
「別れについて考える。」

人間それなりに生きてりゃ、別れってのはつきものです。別れ方にも人それぞれでまたいろいろ考えさせられますね。恋人とのわかれってことに関しては今回は触れません。友人との別れについて書きたいと思います。ただし異性。
友人との別れにおいて考えるのは、別れた後も連絡を取るか、否かってことです。今生の別れか否かってことですね。何かの機会にまた会うかも。なんてそんな甘っちょろいことは自分の人生ではありえませんから連絡取らない人間は2度と会わない。ということを考えています。しかしこっちから連絡を取ろうと思ったって向こうから帰ってこなければそれは無意味ですから難しいところです。一方的にこっちから送っていて返事だけ来るメールなどというのは続くわけないですからね。
具体的に4パターンの別れを書いてみたいと思います。

その1。それなりの労力を使って見送りに行ったにもかかわらずそこでの言葉が「どうでもいいや。」で別れた人。
その2。別れの際の悲しそうな目線をくれて別れた人。
その3。なんとなく何か言いたそうな顔をしている?こっちも何かいわなきゃいけない気がする。でも何もお互い言わずに帰った人。
その4。「帰ってきたら会おうね。」との一言を残して去っていった人。

うーん、俺はいったい何を書きたいのでしょうか?
よくわかりませんが、言えることはひとつ。終わり良ければすべて良し。に別れは近いような気がします。どんな仲が良かった人間でもその1のような別れ方をしたら決して連絡を取ることはないでしょう。2や4の人間には自分からでもメールを送るでしょう。3は・・・わかりません。
別れというその場所においてやっぱり人間性が出るよね。そしてお互いの関係も出るよね。自分は別れにおいてどうだっただろう?今まで相手の印象に残る別れってのをしたことがあるかな?特に自分が見送りではなく、出て行く場合どうだっただろう?自分は今まで相当ドライに生きてきたな。と思う。
人生ちょっと損をしてるかな?なんて思う自分でありました。


今日の一言
「鏡」

最近、あまり書いてないが、自分を削って書く文章がある。特に文章を毎日書いているような自分にとってこれはただの趣味ではなく、自分そのものである。
このページの題名はシンリである。シンリを書くことこそ、このページの本質。自分のシンリの表現。人間として思うこと、いや、思うことだけではなく、深層心理までも自らほじくって自ら掘り出し、それを記すのがこのページである。
そのような文はただの文字の羅列ではない。大げさにいえばひとつの芸術である。そんな文章は自分を映す鏡である。その文章を見れば、そのときの自分の状態がわかる。鏡を見て今の自分がわかるように。

そんな「鏡の文章」を書きたくなるときは貴重だ。心が「現れる」状態でなくてはならない。

ただそんな状態になるときは決して自分は幸せではない。


ガーナより一言
「報告会を振り返る」

ガーナで青年海外協力隊員をしております。先ほど15年度1次隊の皆さんが帰りました。その前に2年間の活動のまとめとして報告会がありました。次は自分の番なので1度くらい見ておこうと思い、それに行きました。そこで聞いたことについて今日は書きたいと思います。

ある人の名言は「ガーナ人に頼ること」ですかね。これは印象深い一言でした。2年間、がんばれたというか、やってきた人間ならではの台詞です。新隊員に聞かせたい一言ですね。
別の人の名言「自分だけで空回りしてないか」。この人の発言は誰もがドキッとしてきいていたでありましょう。ただの自己満足になっていないか?ほかにもガーナ人の文句言う前に自分はどうなんだ?とかそういうことも言ってました。まったくそのとおりだ。そう考えるとそれなりにその人の影響を自分は受けているな。と思います。
また名言「隊員の質の向上と人数の増加は矛盾していることだけれども・・・」。ガーナ協力隊では一生懸命人数を増やそうとしています。しかしそれはどうなんだ?という話です。そもそも協力隊では隊員は大学、専門学校新卒から40歳までがその範囲になります。やっぱり違うんですよね。自分でもわかります。こいつはプロだな。新卒だな。そこが同じ扱いを受けているのはどうだろう?そこで分けてはどうだ。という提案もありました。これもそのとおりで何にも言えません。

ほかにもいろいろありましたがとりあえず印象に残った言葉はこの3点かな。2年間やってきただけあって説得力はありますね。
ただこの報告会がどれほどJICA本体に影響があるのか?それは不明だ。