ガーナトップ青年海外協力隊ブログ>その8ちょっと自分のことをば書いてみる

今日の一言
「自分の手足がもっと大きかったらなあ」

自分の家系は非常に手足が小さいです。足のサイズは普段は25の靴を履いていますが、先はあいているし、手も女性と比べても自分より短かった人に会ったことがないくらい短いです。

もし自分手足がもう少し大きかったら人生変わってただろうな。って思います。
少なくとも水泳ではもっと上にいけたと思います。
でもたら、れば言い出したらキリがないのでそれはそれでしょうがないか・・・

以上


ガーナより
「自分の話をするということ」

あまり人間同士の付き合いで話を意識することなんてありませんでしたが、大学を卒業してからというもの、いったいどんな話をして人は仲良くなるんだろう。とかこの人との共通の話題などを意識することがたまにあるようになったのでそれについて書きたいと思います。

大学を卒業し、半年間の時間を経て青年海外協力隊に参加しました。その間、多くの新しい顔に出会うことになり、その人たちと仲良くなるにはどうだったか?ということをまず書きたいと思います。
その半年の間、主に会った新しい顔は野球、そして英会話。という2つの場でした。ここでは野球、英会話というやることが決まっていた。その中で話をすることはだいたい決まっているし、何より会話をしなくてもその人間のことはわかる。それに取り組む姿勢などから。だから自分は別に困ることはなかった。
しかし協力隊に入るとそのことは大きな問題となる。協力隊の訓練所に入ると集団合宿四六時中いっしょに過ごすことになる。何をするか決まっている時間はあれどもそうでもない時間のほうが多く存在しその中で話をしなくてはならない。
またガーナ協力隊に入ってもそれは同じことで同じ活動をしているとはいえ、話をすることは決まっていない。

同じ活動をすることがなく、話をする場というところに人間をおくと話すことは数少ない。特に初対面ではなおさらだ。基本的に「自分の事」を話すしかなくなる。
自分は、今までこういう経験をしてきてこういう人間ですよ。というアピールをしなくてはいけないのである。自分はそういうことを知らなかったし、何より自分の話をしたくないし、またチンタラ動く集団が大嫌いなのも加わって、よく考えると訓練所では親友がいなかった。それは今、メールでつながっている仲間が少ないことが証明している。
ガーナという土地に来る前、地元の有名な占い師に言われたことを思い出す。
「あなたは女性を口説けませんね。」
女性を口説くということは自分がこういう人間であるということをさらけ出し、要するにセックスアピールをすることだ。自分の事を直隠しにしている自分に女が口説けるわけがない。

自分の事を隠していたのにそれなりにやってこれたということはすごいことだ。つまり何かの活動してその結果で相手に認められてきたのだから。男とはこうあるべきだな。なんて自分の中でそう思っているのかもしれない。
しかしガーナという土地に来てそれはだめだ。
日本語という土俵内では、それなりに、本当に最低限ではあったがキレがあったのだろう。しかし英語という土俵内になった今、自分には全くキレがない。ぶっちゃけ英語が苦手なのである。
しかし、今までだってそれなりにキレを見せてきたのはまぐれみたいなもんだ。いつかはきっとこうなったのだろうから別に自分の中で驚くことはない。ここでの結論は英語って難しいね。ってことだけで論点がそれ始めているし、発展はないので話をかえる。

・・・
ここまで書いたことを読んでみてわかる。やっぱり自分は「自分の事」をあまり話したくないということがわかる。
何でだろう???
今まで生きてきた教訓の中に「話す必要のないことはなるたけ話さないほうがよい」そう思っているからというのが理由の一つであろう。自分はよくしゃべるほうの人間である。いや、人間だった。といえばいいのかな。最近はそうでもないような気がするが・・・
昔、ぽろっと口を滑らすことがあった。覚えているのは他人のテストの点を「君といっしょだったよ」と言ってしまったくらいだが・・・。基本的には口は堅かったしぽろっと滑らすこともほかにはなかったな。ということはほかにも理由がありそうだ。
・・・それは今まで生きてきたことが自分にとって満足いくものではなく、思い出したくないからではないかと思う。自分にそれなりに満足していたのは中学くらいまでで高校以後、自分に満足して生きていた記憶がない。もっとあれができただろうに。これもできた。これをやってこなかった。そういう思いがあるからこそ、過去を自分で思い出したくないのはないだろうか。要するに自分が嫌いなのである。
後は、育った環境だな。決して不幸ではなかったが幸せというには語弊がある。
それにたぶん、自分は他人を信用していない。自分という人間はたぶんほかの人よりもすんなりと他人をある段階まで入れることができる。普通の人が順々に入れていく段階をある地点までどっと入れてしまう。しかしそこから先はよっぽどのことがないと入れない。その壁は他人よりもたぶん高い。それを自分はつかず離れずと呼んでいる。このつかず離れずで付き合っている人間が自分は多いのだろう。だから訓練所で親友がいなかったのだ。誰も79日という短い間に壁を越えなかったのだ。

以上のようなことが重複して自分は自分のことを話したくないのだな。と思う。
しかしさえている、キレている自分がない今、他人と仲良くなるには自分の事を話さなくてはいけない。
・・・別に話さなくていいか。めんどくさいな。
追伸
言いたかったのは人と仲良くなるには自分をださなくてはいけない。でもしたくないな。ってことだったんだけどやけに自分の分析が長くなってますね。
しかし自分の事を話したくない自分が、不特定多数の人間にこうやってホームページで自分の事を紹介しているこの矛盾。
顔を知らない人間と信用している人間ならいいってことかな???


ガーナから
「砦」

ガーナという土地にきてやることは多くあれど日本にいるときに比べればやることは全くない。というのもまず時間をつぶすテレビがない。映画がない。つまりメディアがない。
次にスポーツがない。スポーツを見るということは上記といっしょだがガーナ人といっしょにできるスポーツなどサッカーくらいなものであるし、特に苦手でもないが得意でもないし、何より個人プレー重視のスタイルは自分に合わないのでいっしょにやろうとは思わない。
次に会話がない。日本ならなんとでも話しようがあるが、ガーナのニュースには関心がもてない自分には話がない。スポーツはサッカーとボクシングしかないしG8のときのニュースにガーナの大統領がうつっていたところで興味はでない。そういうわけでそういう時間を考えると時間というものが山ほどあるのである。
そんなときはやっぱり一人自分の事を考えるということが多々ある。
自分がどういう人間であるか?今までどういう人間であったのか?そういうことを考えるのは悪くない。日本でも考えていたのだから自分にとって特に特別ではないが、それでもガーナという特別な土地に来て思うことはまた違うものだ。
その中で思ったことことの一つを書いていく。
自分は他人に対して普段からいっしょにいてあまり楽しい人間ではない。とおもう。前に書いたが自分は自分の事を話すのが好きではない。ということに関係する。
後はまじめなのである。常に上を見ているので向上心はあるが余裕がない。そのため、あまり立ち止まってあほなことをすることを好まない。だから他人にとってあまり面白い人間ではない。
上記のような人間であるから普段はあまり出番がない。そんな自分が一番必要とされるのはピンチのときである。こんな話はなかなか他人にはできないや。みたいな話はだいたい自分にやってくる。
自分はまだ23である。その短い人生の中で片手が埋まるほどそんな話を聞いているのだからたぶん多いと思う。まあもっと多い人間もいるだろうが話の重さ、ピンチの度合いにもよるのでその判断は難しいか。
それでもなんかあるときに立っている最後の砦みたいなもんだ。と思った。
ということで何かあるときは自分にどうぞ。
しかし自分がピンチのときはどうしたらいいのかな?ピンチにならないことを望みます。


ガーナより一言
「自分の筋を通して生きる」

自分の近くに専門化の方々がいらっしゃいました。専門家というのは協力隊員とは違い、あるプロジェクトに対し派遣される方々のことを言います。自分の近くの州都スンヤニに森林という内容で専門家の方々がいらっしゃいました。全部3名の方々がみえました。
専門家の方々は協力隊員とは根本的に仕事内容とか、そういうものが違いまして、うーん、違うのはそういうものではないような気がするんですがとにかく協力隊員には認められていない車の所持などが認められています。
お互い日本人であるし、交流するのは当然ということで食事をいっしょにしました。

そんな中、どのような仕事であるのか。などの話を聞きました。
いろいろ話したので詳細は省略しますがその中で印象に残った言葉を書きたいと思います。
それは「自分の信じる道と仕事の内容が一致したからここに来た」という言葉でした。
るろうに剣心という漫画が昔ありましたが、そこで斎藤一と宇水の戦いの中にあった言葉「お前がいつまで自分の道を通して生きられるか、楽しみだ」「無論、死ぬまで」
といった言葉を思い出しました。

男は、いや人間はかな?いつから自分の中で曲げられない信念みたいなものを持つようになるのだろう?それを曲げることは人生の負けを認める。そんなイメージがある。でもそれを全くもっていない人間というのも傍らには存在するような気がするが、でもそれは人生において負け組みに位置するようなそんなイメージがある。成功するためにはそれが必要不可欠でそれを通し続けられるかどうかで人生が決まる。そんな気がする。
初志貫徹ということかな?
人生という大きな長い長い道のりにおいて初めから目標を持ち信念を持ち、それについて考え続けることが人生の成功につながるということなのであろうか?

自分の仲間内で「大和魂」という言葉がある。これは信念を曲げないとか肝が据わっているとかという意味がある。辞書では勇猛で潔いのが特性と書いてある。
しかし仲間内でこの言葉を持ち続けてもう数年になり、その言葉は仲間内でしかわからないある特殊な意味を持つようになった。それを言葉にするのは非常に難しいことで、実際には人によって理解の仕方が違うかもしれない。
正直な所、自分でもよくわからない。それはプライドとは違うのか?ただの仲良し仲間と違うのか?ということだ。
最近、大和魂の提唱者は大怪我をした。ただの喧嘩が理由だ。
そのほかの仲間も大和魂という仲間でしょ。もっと連絡をとろうよ。と呼びかける。

違うよな。もっと志は大きいはずだ。ならば些細な喧嘩でけがをするのは違うはずだ。連絡を取り合わなくても自分が懸命に生きていればそれでいいのではないか?そんな気がする。

うーん、この文はだめだ。保留。何が書きたいか決まってない。方向がわかっていない。完成にはもっと時間が要る。

取り合えず終了。


ガーナより一言
「もし日本が極東でなかったら」
皆さんはご存知でしょうか?実はガーナ人、日本人と戦争で戦ったことあるんですよ。
第2次世界大戦の折、東南アジアで戦ったことがあるそうです。(どこの国だったか忘れてしまいました。すいません。)こんなアフリカの離れた国からそんなとこまでつれていかれて戦ったという国出身だなんてなんともいえない気分であります。
実は7月1日はガーナの祝日です。この日はガーナに主権が返された日として祝日になっています。独立記念日ではなく、最近の話で言えばイラクにアメリカが主権委譲したのと同じではないかと思います。今年で43年目だったかな。
そんな7月1日にガーナ人とそんな話をして、ふと自分は思いました。もし日本が極東でなく、ガーナの位置にあったらたぶん今のような国ではなかっただろうな。と。いやもし中国の位置にあったらどうであっただろう?なんて想像をしてしまいました。
とにかく大航海時代にヨーロッパから離れていたため侵略が非常に遅く来た。中国が(当時は清)が侵略されたのを見て日本は対策を練ることができた。多くの志士が命をかけたし、確かに人間としてがんばったことはがんばっただろう。でももし少しでももう少しでも西に日本があったら、日本はヨーロッパの侵略を受けていたかもしれないね。
たられば言い出したらキリがないことはわかっているけどそんなことをガーナという国の空の下で考えるのもまた悪くないな。なんて思ってしました。
日本から離れているからこそ日本のことを考える。変なもんだけどそれは普通のことのように思われる。森の中にいたのではその森の大きさはわからない。森から出て初めて自分が住んでいた森の大きさを知る。
日本はすごいよ。ガーナに来てつくづくそう思う。
以上


ガーナから一言
「ちょっと絵を描いてみちゃったりして」

えー、自分が住んでいる州の送別会が終わってみてふと気づいたことがあります。帰る隊員の皆さんからいろいろなものを貰う約束をしているのですが、自分が貰うだけで何もあげていない。ということに。前、一人隊員が帰ったときは売買という形でものをもらったので別に罪悪感がなかったのですが、今回皆さんが帰るに当たって別にいくらで買わない?という話ではなく、ただあげる。といわれていましていくらなんでも何かプレゼントをしなければ人として間違っているな。と思ったわけです。
しかしながらガーナにいて半年しかいない自分が探し出しているものを2年もいた先輩隊員が知らないわけがなく、何かガーナでのお土産を探すことは不可能に近い。そこで何を思ったか、絵を書くことにしたわけです。それでも簡単に書ける部類ですから鉛筆画をかこうなんて思ったわけです。というのも送別会のときに実は
「絵とかうまいんじゃない?」
なんていわれて
「全然かけませんよ。」
と答えたことがただきっかけで、別に失敗したら失敗したで何かほかのものを考えればいいだけだ。と軽い気持ちで書き始めました。もとになるのは今までなにかのイベントでとった写真です。
しかし実は全然描けませんよ。というのは本当で、というか、書いた事がないというのが本当のところで、前に絵を書いたのはたぶん最後が中学の美術の時間で、そういえば協力隊の訓練所にいるときに幼稚園に活動に行ったときに何か絵を書いてくれ。といわれ、人生で今まで感じたことのないタイプのピンチを感じたことがあっただけであって自分の絵の経験というのは本当にないものでした。
しかし人間やろうと思えばできるものなのか、だいたい丸一日かけて仕上がったその絵のうまいことうまいこと。(自分で言うな!)と自分で絶賛するほどの出来でその絵が描きあがった日は興奮してなかなか眠れなかったくらいでして、ひょっとしたら絵の才能があるのかもなんて思って残り2人の分を書いてみたら、1枚目より2枚目のほうが、2枚目より3枚目のほうが下手になっていくという信じられない事態に陥りました。別に技術が下手になったわけではなく、ただその人に似てなくなってしまったのです。
たしかに参考にする写真が影が多い写真だったり真正面で濃さの差が少ない写真だったりしたのですが、描けば描くほど下手になってしまった事実。絵というもビギナーズラックがあるのかな。なんて思いました。
もうしばらく描いてみようと思っています。うまくいくようなら長野や名古屋の仲間内をかこうとも思っています。突然、絵が入った手紙が行ったらビックリしてください。
以上


ガーナから一言
「タッチタイピング」
ガーナでも(ガーナでは?どっちだかわかりませんが)コンピューターは時代の先端であります。みんな使えるようになりたいと思っているようです。レベルとしてはまだマウスを動かしてクリックをしてなど基本動作がガーナの一般レベルであると考えてもらっていいと思います。(2004年7月現在)それでも使える人は使えるようで、コンピューターを教える時間も存在するしインターネットカフェも(ガーナではただつなぐだけでカフェは出ない)平日にはいっぱいになっているようです。
そんなインターネットカフェに行くと気になることがあります。メールを打っている人がほとんど全員人差し指だけでキーをうっているのです。別にタイプするのが遅いわけでもなくそれなりのスピードであるのに全部人差し指。誰もタイピングを教えてくれないとたしかにそうなるはずです。しかしすごく違和感があります。何より美しくない。見ていてすごく醜いのです。
それを見ていて思い出したのは「女性は男性の手をよく見る」と言った話。その手で自分が触られているところを想像してなんたら。という話がホントかうそかは知りませんが少なくとも女性が男性の手を見るのは本当のようです。
もし好きな男性の手が美しくタッチタイピングをしていたらいいですが、もし人差し指だったらちょっと幻滅するのではなかろうか?なんて思ってしまった次第です。
世の男性、人差し指うちはやめましょう。
以上

補足
タッチタイピングは簡単に言うとキーボードを見ないで文字を打つことです。そのためにはまずどこに何のボタンがあるかを覚え、標準ポジションをとり、何の指でどのボタンを押すかを覚えなくてはいけないのです。昔はブラインドタッチと呼ばれていたみたいです。


ガーナより
「いなくなる人たちとの付き合い方」

青年海外協力隊の任期は2年。そして1年に3隊次やって来るので本当に入れ替わり立ち代りということになっています。
これはガーナ隊の話ですが、中でも4月にやってくる1次隊は人数が多いこともあり、リーダー格を背負うのでそれによってカラーがだいぶ変わるようです。(自分は2次隊)
さて今日のテーマはいなくなる人たちとの付き合い方。また難しいテーマをとったもんだ。
自分は15年度2次隊でガーナに来たのでここに着いたとき13年度2次隊から15年度1次隊の皆さんがいたわけです。13年度2次隊の皆さんはすぐに帰られましたがほかの方々には多くのお世話になることになりました。
特に自分と同じ州に住んでいる先輩隊員とはそれなりのやり取りがあり仲良くなりました。しかし彼らは自分よりも早く帰ります。特に自分の州は13年度3次隊と14年度1次隊が3分の2を占めるため、どかっとこれから帰ります。
そういう人たちとの付き合い方は結構難しいですね。だってたった半年です。メールとか渡しても続くか?たしかに仲は悪くないけど・・・仲良くなった女の子と恋愛するわけにもいかないしね。
別れがわかる付き合い。微妙です。

この文も出来が悪い。何がいいたいかよくわからん。ということで。


ガーナより一言
「がんばれという言葉の軽いこと、軽いこと」

世にいる日本人の中で「がんばれ」という言葉を使ったことがない人間はたぶんいないのではないかと思います。それほど日本人の中では定着している言葉だし、たぶん異国でも普通に使われている言葉ではと思います。
この言葉、しかしどういうときに使うのでしょうか?
運動会で「がんばれ。」
これからテスト。「がんばれ。」
これから何かする。「がんばれ。」

なんっっっっっっって無責任な言葉なんだ。自分は何もしないのに相手に無理を強いる。よく考えるとそんな言葉のような気がします。この言葉は明らかに自分を棚に上げている。このような言葉が普通に使われているのは、問題ではないのか?とか思ってしまいます。
そうでないときもあるかな。どこか外国に行って仕事をしてくる人に「がんばってこいよ。」
出張に行く旦那に「がんばってきて。」
うーん、やっぱり自分は棚に上がっている。
「がんばって。私もがんばるから。」
と補足しないと自分はって話にならない。やっぱりこの言葉は無責任だ。

もう一つ質問を。
今までの人生の中でがんばれ。という言葉が使えないシチュエーションに何度あったことがありますか?
自分は23歳という年齢ですが何度かそのシチュエーションにあったことがあります。最近も。というか記憶に残っているのは最近だけだな。もっと昔にもあったけど最近だな。やっぱり。
さてどんなシチュエーションでしょうか?
・・・・・しゃれにならないダークなシチュエーションだよ。
本当にがんばっている人にがんばれは禁句です。

この言葉は危うくて危うくてしょうがない。これからこの言葉は「あー、そうかい。がんばれ」みたいないやみとしてしか自分の中の辞書に保存されないでしょう。


ガーナから一言
「いじられ役って心の準備いるから」
さてガーナに来てからいじられ役をやっているということをたびたび書いていますが、最近またそれについて思うことがあったので書いておこうと思います。
人間それなりに親しくなってくると言葉遣いもそれなりに親しくなっていくものです。それは、人によって違うとは思いますが、自分が協力隊にいる今の状況では周りにいる隊員の大半が年上であるので呼ぶときは、たいていは敬称付け、敬語で話すのが普通です。敬語といっても「っす」がつくくらいの簡単なものなので、自分が言葉を使うことに関して問題を感じたことはありません。
しかし逆の方は、ちょっと大変です。年下だしまだ隊員としても新しいほうですから向こうとしては敬称を使う必要もなければ、敬語も使う必要もないわけです。そういう自分の立場もあって自分はいじられ役なんです。しかし最初ガーナに来た当初はそれなりに敬語を使う人は使うものです。そういう人はもちろん、自分をいじる役には加われませんから自分にとって気楽というか、返しを考えなくていいというか、距離を考えなくていいというか、切られる準備をしておかなくてもいいのです。
しかし親しくなってくるとある日、突然、いじり役をするんですよね。自分としては準備できてませんからたまにショックなときもあります。正直なところ。絶対切ってこない、言葉という刃物が飛んでこないと思っているところから来るわけですから結構深く切られるわけです。
いいたいことは何かというと世の中にはいじられ役は必要だと思います。しかもその人が慣れているなら別に好き放題切ってもいいと思います。ただし辻斬りはやめましょう。何かしらワンクッションを入れていじり役ははじめましょう。ってことでした。


ガーナより一言
「XPは偉大だ」

最近、ガーナでも(日本ではもう違うな)コンピューター、携帯電話は流行です。近頃はカメラ付き携帯も当たり前だとか。その前に生活必需品でそろえるもんがあるだろう。という突っ込みはおいておいて・・・
コンピューターは、基本的にOSは98でした。しかしうちの近所では最近、そのOSをMeにするという動きが広がりターム休みが終わって任地に帰ってきてみると日本語が使えない。という状態になっていました。
今までの日本語ソフトは古いもので98までしか対応していなかったので、しばらくインターネットが使えない。と言う事態に陥りピンチになっていました。
そんな時、ある先輩隊員からある場所にOSがXPのところがあるという話を聞き、そしてXPは日本語を標準装備しているから、ためしにいってみて。という話になりました。
・・・
結果として日本語が使えるようになりました。
その方法は
1、コントロールパネルに入る
2、その中の日付、言語のところをクリック
3、ほかの言語を追加をクリック
4、東アジアの言語がインストールされているかチェックする。(チェックボックスがある)してなければインストール、再起動
5、Japaneseに設定する(地域オプションのところ)
てな感じです。
今までの日本語ソフトではだめであったメッセンジャーの日本語使用。読めないページの読み込みなど多くの点で改善されていました。また店の人とももめなくなったし。(ここで日本語使えるのか?という話)
専門の人はXPは使いづらくなった。という方もいらっしゃるみたいですが、とりあえず自分にとってはXPは偉大であると思った出来事でした。
おかげでこれからの残りの任期1年半ネットに困ることはなさそうです。よかったよかった。


今日の一言
「理系でありながら・・・」

自分が理系であると思ったのはいったいいつのことだったか。少なくとも小学校の時から算数は得意だった。でも特にほかの教化が苦手だったわけではなかった。それは中学に入ってからもいっしょで数学は得意だった。でも別にテストの点にすると実はどれも大差なかった。でも数学、理科の方が好きだったから、高校は理数科に進んだ。このときだろう。たぶん、理系に決めたのは。
しかし大学受験、その理数科の中で数学、理科科目(科学と物理)は平均だった。いや、平均以下だったかも知れない。しかし国語、英語が大きく平均を超えた。それによって国立大学に入ることができた。
そして気がつくと毎日のようにホームページの文を書いている自分がいた。
協力隊に来るとなぜか絵を描いている自分がいた。

自分は本当に理系だったのだろうか?

そもそも理系って何だ?数学、理科が好きな人か?得意な人か?それとも国語が苦手な人か?
文系って何だ?国語や古典が好きな人か?得意な人か?それとも数学、物理が苦手な人か?

自分の判断はただしかったのだろうか・・・


今日の一言
「恋とは、愛とは」

協力隊に来てなぜか恋とは何?恋とは何?という話を聞く機会が2度もありました。一度目は訓練所が終わったとき。2度目は最近の話です。
訓練所が終わったときは自分が答えねばならない状態で、正直なところ全く自分は覚えておりません。それくらい、いい加減に答えていたみたいです。
2度目の最近聞いたときは、誰かがいった言葉なのですが、なかなかに名言であると思ったのでまんまパクリたいと思います。
「恋とは相手のすべてを奪いたいという感情」
「愛とは自分のすべてを相手に与えてもいいという感情」
だそうです。
心も体も全部奪ってしまいたいのが恋。・・・うーん、恋ですね。
心も体もすべて与えてもいい。・・・うーん、愛ですね。

ちなみにもう一段階進むと情になると思います。
恋愛って言葉があるように愛情って言葉がありますからね。
情っていうのはどんな感情になるんでしょうか?
「情とは相手のすべてを許すという感情」
ってとこでしょうか?
えー、恋とは?愛とは?情とは?募集します。

以上


ガーナから一言
「たかが洗濯機といえども甘く見るな」

協力隊に参加して7ヶ月がたちました。それによって先輩隊員が何人か帰りました。先輩隊員が使っている日用品などは必要なくなるので後輩の自分たちに譲られることになります。
そんななか、我が家にやってきたのは洗濯機君です。
しかし洗濯機、実はガーナ協力隊員の中では非常に贅沢品です。持っている隊員は5人に1人もいないのではないかと思います。特に地方隊員にいたっては10人に1人くらいになるかもしれないものです。
その理由は水。地方隊員の多くは水に困っています。水道はあれどもあるだけで水は出ない。なんてところが多々あり、普通に水汲みをして暮らしている隊員も結構いっぱいいます。というわけで洗濯機を置ける隊員というのは水に困らない隊員だけということになります。うちは大都市と大都市の間にあるので何とか水に困ることはありません。だから洗濯機はうちに来たのです。
しかしいざ洗濯機が来てみると困ることがありました。それは置く場所です。
洗濯機が置ける場所というのは意外にも厳しいもので水が出るところ、排水ができるところ、電気があるところという条件がそろわなくてはいけません。
ガーナの家にそのような条件がそろうことは非常に難しいです。もう排水ができるところといったらもうだいたい2箇所しかない。シャワーが出るところとキッチン。普通はシャワー室に置きますよね。でもそこには電気はありません。というわけでおける場所というのはキッチンオンリーになります。しかし排水装置は流しだけですので洗濯をした水が流しに流れていくという日本では納得のいかない状態になっています。
別に協力隊員はそんなことは気にしない。むしろ洗濯機が置けることを幸運に思っているけどね。
日本では、さも当たり前に置ける洗濯機。でもそれには水が出る。排水ができる。電気がある。という3つの結構厳しい条件がそろっているって事を、日本という国がいかにすごいかということを実感して欲しいですね。
以上


ガーナより一言
「手紙のいいところ」

手紙というよりむしろEメールが盛んなこの時代。皆さんはどっちを使っていますか?
自分もEメールが使えるようになってからというもの、Eメールばっかり使って手紙なんてものは年賀状すら書かなくなっていました。というわけで手紙なんていうものはこの協力隊に来るまでもらうことはあっても書くなんてことは考えてもいなかったわけでして・・・
しかしこの協力隊に来るとなんとなく手紙を書いてみようかな?なんて思ってしまいます。何で?と聞かれてもわかりませんが、一番の理由はEメールを使えない祖父や祖母に手紙をかこうと思ったのがきっかけではないでしょうか。それ一枚だけだすのは寂しいのでいろいろな仲間内に出した。というのが本当のところです。
しかしながら手紙をだす。っていっても始めはそんな気がなかったわけで住所をあまり聞いて来ませんでした。手紙が欲しい方はメールで送るか、ホームページのボックスに書き込んでください。

今日のテーマは手紙のいいところでした。何が一番といいと思ったか?それはすぐつかない。ということです。特にガーナにいるのでその手紙が向こうに届くのにはだいたい一週間からそれくらいかかる。たぶん、こっちに来るにいたってはもっとかかるでしょう。Eメールだとすぐ届いてしまうのでなんとなくすぐ返さなくてはいけない。それを繰り返しているとじきになんとなく話すことがなくなってなんとなく疎遠になってしまうことも多々あった。その対策としてメーリングリストを作ったり掲示板を作ったりしたんですが、そんなことせんでもただ手紙というものを使えばよかったということを最近知りました。
手紙はなんとなく連絡とろうかな?なんて時に送って、しばらくすると帰ってくる。その間の空白の時間にまた何かあって手紙を贈ろう。なんて思える。その手紙が行き来、している時間。それがなんともいえずいいのでありました。こういうのを赴き深い。いとをかし。というのでは。なんて思ってしまいました。
それに手紙は残るしね。自分が送ったのが残るのはあまりいい気がしないけど、他人が送ったのが手元に残るのはうれしいもので。それも手紙のいいところですね。
以上


ガーナよりの一言
「人は生まれながらに寂しがり屋である・・・のかな?」

協力隊員をしていると少なくとも日本よりは時間があります。一番の原因はメディアがない。新聞もありますが、ガーナの新聞ですから、政治とかスポーツとか興味がもてないし、テレビはないし、そういうもので時間をつぶすことがない。
それに通勤。少なくとも日本よりは短いです。自分の場合にいたっては歩いて5分で学校。帰って5分。これも大きく時間短縮ですね。それに自分の場合は買出しは週に一回まとめて行うので買い物などの時間も必要ない。
というわけで普通に先生の仕事をしていると言ってもいろいろ考えることができてしまうわけです。

そんな時間、いったい何をして過ごすのかは協力隊員によって違うみたいです。自分の意見では大きく2つに分かれると思います。
それは、その人間が寂しがり屋であるか、そうでないかによって別れると思います。
寂しがり屋の人はやっぱり人間が近くにいないとだめであるので多くの現地の人間と関わりを持ち、いろいろな話をするようです。土日祝日なども、寂しがりやだから人とかかわりたいのでしょう。クリスチャンでもないのに教会に行ったりしているみたいです。
自分みたいにホームシックなどという言葉を自分の辞書に持つことがなく、寂しいなどと一人暮らしをしていて思ったことのない人間は結構家に閉じこもってしまいがちです。まだ、来て半年、いろいろな仕事を抱えていないという理由もあるとは思いますが・・・
別に一人で過ごしていても寂しくない。
日本にいるときでさえ、3連休に誰とも会わずに話したのはコンビニの姉ちゃんだけ。という生活をしてもなんとも思わない自分ですから、ガーナでも別に誰とも話さなくても生きていけるわけです。
後者の人間は、こんなところにすでにいる自分で言うのもなんですがどっちかというと協力隊員には向いていませんな。
・・・逆かな?むしろむいているのかな?
それがむいているのか、いないのかは任地によっても違うだろうし、周りの人間によっても違う。と思います。自分のように隣が女子寮で夜、ご飯を食べにいくと周りの先生が自分には言わないで生徒にのみ注意する。みたいなシチュエーションでは自分のような人間であるほうがむいているような気がします。

そもそも「寂しがる」ということはどういうことなんでしょう?誰かとただいっしょにいたい。と思うのか、それとも誰かとコミュニケーションをとりたいと思うのか、ただ単に人肌が恋しい。という意味という人もいるでしょう。
その言葉、上記したように自分はよくわかりませんが、たぶん
「一人でいる」
ということがただつらいって事でしょうね。
子供とかはただいっしょにいてくれるだけで満足していますよね。協力隊の訓練所で所外活動というので保育園にいきました。そのとき、トントンというのがありました。それは子供が寝るまでの間、手であやすように優しくたたいていてあげる行為です。つまり寝るまでいっしょにいてあげますよ。安心して寝てください。という合図なんですが、ここからもわかるようにいてくれるだけで寂しさがなくなるのです。
何もしなくて良い。ただいて欲しい。そういう要望は人生たったまだ23年ですが結構ありましたね。大人になってからのほうがむしろ多かったかも。そのような状況はちょっと他人のことになるので具体的に書くことはできませんけど、ここからわかるように人間はうまれもって寂しがりやなんでしょうね。

追伸
自分がどうして寂しく感じないかの理由は、自分に満足してないからだと思います。これやりたい、あれやりたい。やらなきゃいけない。なんて人生ずっとそんなこと思っていて、満足するようにやっていることは少ない。だからそれに頭がいっていて寂しく思わない。満足しているときももう疲れ果ててしまってそんなことを思っている暇がなかった。
そんなわけで寂しい人は何かやることを探しましょう。
以上


今日の一言
「自分が他人を見ているとき」

人が他人を見るとき、いったい何を見ているんでしょうか?顔を見ているとか胸を見ているとか、おしりを見ているとかそんな話をしたいんじゃなくて、その人間の何を知っているからその人間を知っていることになるんでしょうか?

その人間と仲良くなるということはその人間のことを知っていなくてはいけないと思います。しかも知るといっても表面のことではなく、内面のことがわからないと自分はその人間とはなかよくなれないようです。自分がひん曲がっているからかもしれませんが、自分はだいたいその人間の事を、内面を知ってからではないとその人間とは仲良くならないようです。そうすると自分の本当の内面を隠すことが得意な人間とはあまり仲良くならないようです。
だから自分はあまり集団で話すのが好きではない。なぜなら集団で話すとき、人間の内面が出ることが少ないからだ。一対一で話しているとき、やっぱりその人の内面がでる。だから自分は一対一で話すことが多く、それを好んでいる。
だからすごい不思議なことなんだけど、いつも笑顔で誰とでも気安くしゃべっているような人間と仲良くならなかった。話す機会が多くあったにもかかわらずである。
笑顔というものは意外と曲者である。いつも明るく笑顔の人間は、周りもいつもそういう目で見ているためにちょっとでも元気がないと周りがすごく気になる。そうするとすごい心配される。本人はそれを良く知っているから元気がないときでも心配かけまいと笑顔で元気でいる。そうすると笑顔という仮面をかぶっているその人間の内面を見ることができないのである。
昔は、そういう人のつらいときの相談役などもやっていたが、協力隊では若いし、いじられ役という役柄上、そういうわけにもいかず、結局なんとなく内面が見れなかった。それによって自分も近寄りづらくなってしまい、結局、そんなに仲良くならなかった。

人によってはやっぱり自分と違って、まず自分をさらけ出す人もいるのでしょう。内面のことがわからなくても表面だけで仲良くなれる人もいるのでしょう。
普通の人はいったい何を見て仲良くなるんでしょうね???
追伸
自分でも無条件に仲良くできるときがあります。それはその人が尊敬できるときです。この人間はすげー。と思うと自然に教えを請いたいと思うらしく、近寄っていけるみたいです。
人と人との付き合い方は千差万別ですね。


ガーナより一言
「境目」

ガーナに来て7ヶ月。ガーナの多くのことがわかってきました。男同士が手をつなぐとか日本では結構気になることでもそれがガーナの習慣なんだからと思うと別に最近はなんとも思わなくなるようになりました。
しかし知れば知るほどわからなくなっていくものもあって・・・・
雨が降ったら学校はない。授業に来ない先生。それらも習慣かな?と思うと何もいえなくなってしまいます。日本では認められない。日本人から見たらそれはおかしい。でもそれはガーナの習慣かも知れない。そうすると何もいえない。
彼らの目指すものが先進国ならなおすべきなんでしょうが、彼らは口ではそうなりたいとは言っていますが、彼らをみているとそうとは思えず、今の自分たちにそれなりに満足しているような気がします。
直すべきところ、自分が何か言わなくてはいけないところと、これはガーナの習慣だからしょうがないと思うところとその境目がなんとなくわからない今日でした。
追伸
ガーナのことはガーナレポート1に載せてありますので。これを読むとガーナの当たり前が少しはわかると思います。


ガーナより一言
「時代の終焉」

自分がガーナの協力隊に来てから実はもう7ヶ月もたちました。月日がたつのははやいもの、本当にはやいものです。
協力隊というのは一次隊、二次隊、三次隊がありまして年中入れ替わり立ち代わりするわけです。7ヶ月もたつとまず13年度3次隊の方々が帰り、今度は14年度1次隊の皆さんの帰国の番になりました。それに換わって15年度3次隊が来て3ヶ月たち、つい最近16年度一次隊の方々がやってまいりました。
ガーナ協力隊は、教職を持っていなくても理数科教師が来れる土地であり一次隊はちょうど4月に訓練所入りであるので新卒がいっぱいくることになります。そうすると一次隊の人数が多くなります。そうすると自然と一次隊がリーダー格をとるようになり、時代を作っていくのが一次隊ということになります。
つまり14年度一次隊が帰って16年度一次隊が来た。これは一時代の終焉を迎えることとなります。
こうやって理屈だけで書いても時代が変わるってのがわかります。しかし理屈ではない本当に今まで14年度一次隊がリーダーとしてやってきた。ということを知っている自分にはこのことは非常に大きな衝撃なのです。
15年度2次隊で来てたった7ヶ月であるけども、14年度一次隊は本当に頼りになった。だから自分が教育実習でボケボケしようが、実験ツアーで失敗していようと彼らのバックがあるので全く心配がなかった。しかしこれからは自分たちに近い15年度一次隊がリーダーをとり、16年度一次隊がそれに続く。もう15年度2次隊の自分たちはリーダーの一員とならなくてはいけないような気がします。特に今のガーナ協力隊は14年度二次隊、三次隊に理数科教師が少ない。教育分科会に入っているのは、一人しかいない。15年度一次隊だって理数科教師は3人しかいない。
そうやって考えていくとまだ7ヶ月なのにリーダーです。
正直書いてもうボケボケしていられない。今までは全く責任がなかった立場の平社員から係長を飛び越えて課長になった。いや部長になったレベルかもしれません。それはどんな人間でもあわてますよね。いやー、大変だ。こりゃ。
しかも責任が来るというだけではない。リーダーが換わって新しい風が入ってくる。これはガーナ協力隊の家風が変わるということも意味します。今までこんな雰囲気だった協力隊が変わる。これまたいじられ役の自分は役どころが大変です。それをつづけるのか、誰かに譲っていじり役になるのか?もうとにかく多くのことが変わること間違いなし。これから先、どうなっていくのか、不安極まりない自分なのでありました。
以上


今日の一言
「機嫌」

自分という人間を見てみると機嫌が悪い。なんていう日がないということに気づく。そのことは自分に余裕を常に持っていられている。ということを意味し、非常にいいことである。
しかしそれでも自分も人間、ごくごくたまに機嫌が悪い日というものが存在し、振り返るとたぶん、1年に1度くらいあるのではと思う。そんな日に自分に会う人がかわいそうだと思うがそれはそれでしょうがない。
今日はそういうわけで1年に1度の機嫌の悪い日であった。それでもそこまで悪くは無い。自分が機嫌が悪い。とわかるくらいの機嫌の悪さだから。

そんな日は誰にも会わずに家で一人でじっとしているのがいい。自分の機嫌が治るまで、いや治ることは無いのかも知れないけれど、それでもボケーっと掃除や洗濯などやらなきゃいけないけど何も考えなくてもできることをやる。

機嫌が悪いのは精神的な問題だ。ただ虫の居所が悪い。っていう感じの機嫌の悪さではない。

文章もただボケーっとかく。これもボケーっと書いている。こんな駄文を書いて更新している自分にもなんとなく機嫌が悪くなるから、そんなことも考えないようにボケーっと書く。
ただただ時間が過ぎていく。機嫌が治るとも治らないとも知れず。
はーってため息をついてこの文章もおしまい。


7月20日。ガーナより
「ホームページ解禁」

青年海外協力隊に参加している人間は実は、自由にはホームページを更新することができません。というのも協力隊は、OBの書いた文が原因で訴えられたりしているので、それを防ぐため、ホームページであったり、本を出すにあたっては許可をとらなくてはいけないからです。
自分も協力隊に来る前からホームページをやっていたのですが、協力隊に入ってからは、更新は上記の理由からおろそかになっていたわけです。
しかし、自分はどうやら文章を書く趣味があるというか、自分のたまった物を文章を書いて整理するという習慣がついているらしく、こういうことを書きたいな。という思いをずっと持っていました。そしてこの前の学期が終わって長期休みの間にホームページをやれないか?という申請を出したわけです。

しかしながら、やっぱりうったえられたりしているJICA(協力隊員が所属している組織)なので、簡単にYESとはいえなかったようで、最初はオフィシャルの文を書き、更新する前に事務所に提出するという条件でOKが出たのですが、自分が毎週やろうとしていることがわかると調整員(協力隊員の面倒を見てくれている人。そのほかいっぱい仕事がある)の方が骨を折ってくださって自分の責任でやるのなら、何を更新しても良い。という条件で上に掛け合ってくださって、つい先日、いくつかの条件付で自由に更新できるようになりました。
その条件というのも、派遣されている国を批判しないとか、訴えられるようなことは書かない。など自分のホームページなら特に問題にならないようなことであったので、自分はこれから書きたい放題書きたいと思います。
自分のホームページはまず、基本的に自分の事を書く。自分の心を掘り進める。それを通じて他人の心もわかるようになろう。というのがテーマですので、他人に対して批判をするようなことは書く気はさらさらありません。というわけでこれから毎週更新をしたいな。なんて思っております。
基本的に読んでいるのも仲間内が大半であるので問題は起こらないと思いますが、もし何か訴えようと思う方、相談してくださいね。訴えられて時の賠償金は自分が払わなくてはいけないので・・・


ガーナより一言
「ホームページを誰が読む?」

ホームページが解禁になりました。解禁になるまでにホームページをしたいという申請を出しています。現役の協力隊員でそんなことをいっているのはガーナでは自分だけらしく、ガーナの狭い狭い日本人社会では知っている人も多くなり、ホームページを読んでみようかな。なんていう人が現れてもなんらおかしくないわけです。というわけでURLを教えてくれ。なんていわれるわけです。
しかしこのホームページ、それなりにはずかしいと思う気持ちがあるわけでして・・・
というのもこのホームページは自分の心を掘り下げる。それを通じて他人の心もわかるようになろう。というものでとにかく自分の本音が書きたい放題書いてあるからです。
今までも更新をし続けていましたが、本当によく顔を合わせる人間にURLを教えていたことはなく、今でも長野の仲間内、名古屋の仲間内は読んでいるとは思いますが、別に顔をあわせることはないので恥ずかしいことはありません。

でもこれもいい機会なので教えようかと思います。今までずっと書き続けていましたが、あまり周りから帰ってくる反応はうすく、ちょっと寂しい思いをしてはいるので恥ずかしいけれども何かしら反応が帰ってくるこの状態にしてみるのもまたいいか。と思います。今は多くの本などを読んでいるのでいろいろ文章形態を変えたりとかもありえる話でいろいろ状況を変えてみるのは悪くないと思うので周りに教えようかと思います。
どのような反応が帰ってくるのか?楽しみにしたいと思います。

以上